第550話 歩きにくいのは
「よう」
「こんにちは。来てくださってありがとうございます」
「うん。つかさ、今こっちこようとして、やめたなかったか?」
駅のホームのど真ん中で可愛らしい装いのゆきむらに俺が声をかけると、人混みの中では少し大きさが心許ないのに、何故かスッと聞こえる声で挨拶がかえってきた。
そのテンションは、普段通り。
平々凡々、上下するトーンのないものすごく自然なご様子で、さっきの謎の行動もなんかもう「ゆきむらだから」で諦めざるを得ない気にさせられた。そのせいか俺の
だったんだけど——
「待ち合わせは真ん中でしたから」
「……ん?」
「埼京線のホームと真ん中と約束しましたので、真ん中で待ってました」
「………あー…………」
そうかそうか、そういうことね!
……って、分かるかい! どんな天然だおい!
心の内で湧き上がるツッコミの激情を表に出さないように気をつけながら、俺はこの思いを「あー」に乗せる。
落ち着け、落ち着け俺。
今日の相手はゆきむらだ。こちらが勢いを乗せてツッコんだとて、そもそもそれが伝わらない可能性も高いだろう。というかたぶん、きょとん顔で首傾げてくるレベル。そう、それがゆきむらって奴なのだ。
この場面、だいなら真面目な顔を貫いた俺が戸惑い出したところで「冗談よ」ってドヤってくるだろし、ゆめなら「ゆめちゃんの天然さくれ〜つ」とか言って可愛い顔して誤魔化すだろうし、ぴょんなら「真ん中っつったら真ん中にいるのが礼儀だろうが!」とかって俺の激情を上回るテンションで言い返してきて、きっと豪快に笑うだろう。
俺のツッコミが同じだとしても、想像した【Teachers】ガールズの反応は様々だ。
だからこれがゆきむらの反応、うん。よし、耐えた。
「なるほどな」
「はい。それがどうかしましたか?」
湧き上がった気持ちになんとか整理をつけて、変な間を誤魔化すためににこやかに笑った俺に、ゆきむらは不思議そうな視線を向けながら、きょとんとした顔で軽く首を傾げてくる。
いや結局首傾げるんかい!
「なんでもないさっ。それで、どこで話す? ずっとここにいるのも邪魔だしな」
穏やかに、冷静に。
再度激しくツッコミそうになった俺の魂を抑えつつ、俺は相変わらず感情の読めないゆきむらに問いかける。
そんな俺にゆきむらは。
「予定を立ててきましたので、ついてきてもらっていいですか?」
「え」
さも私について来い、なんてことを言い出して、俺は思わず声が裏返る。
だがそんな俺の動揺をよそに、ゆきむらが歩き出したので、とりあえず俺は黙ってそれについて行ったのだが——
「むむ? ここはどこでしょうか?」
「いや、お前はどこを目指したんだ?」
「歌舞伎町の方なんですけど」
「はぁ!?」
待ち合わせ場所を出発してから約10分、右往左往しながらも少し前をゆっくり歩くゆきむらについて行った結果、やってきたのはまだまだ真新しい雰囲気を伝えてくる新南口。
右往左往はするものの、そこまで足を止めなかったし、時々上にある看板を見ながら歩いていたので頑張って目的地に向かっているんだろうなと思っていたのに、目指していた場所と実際に辿り着いた場所のあまりの違いに、俺はここで耐えきれず大きな声を出してしまう。
そんな俺の声に一瞬近くにいた人たちが振り向いたが、ここは人間ジャングル新宿だ。そんな声を気に留める人などほとんどおらず、俺の声はあっという間に雑踏に消えた。
でも、おいおい冗談だろ? と思う気持ちはそう簡単には消えはしない。
俺は唖然とした表情を浮かべ、ここはどこだろう? と困り顔のゆきむらを見つめていた。
そんな俺に何を思ったのか——
「大丈夫です。元々余裕見てますから」
「いや、何のだよっ」
全く持って意味の分からないことを言ってきて、俺はもうツッコまないという選択を出来なかった。
だがツッコミながら質問した俺に、何故かゆきむらは薄い唇をしまい込むように一の字を見せ、何も言い返してこなかった。
「いや、直接会って話したいってことだったんじゃねーのかよ?」
そんなゆきむらに俺は話が見えず少し苛立ってしまったので、軽くため息をついてから声を落ち着かせて問い返すが——
「プランを立ててみましたので、それを遂行したいと思うのです」
「いや、質問の答えになってねー……ああもう、とりあえず歌舞伎町なんだな? 俺が案内するから、ついて来い」
返ってきたのは全く要領を得ない言葉だった。でもそのせいでやや呆れ顔の俺を見返すゆきむらの表情に、なんだろう、少しの緊張が見えたような気もして、俺はそれ以上強く追及できなくなった。
よく分からないが、プラン通りにやらないと話しづらい、そういうことなんだろう。
なので色々割り切って俺は歌舞伎町までゆきむらを先導するように、ついて来いと言って歩き出したのだが——
「すみません、少しゆっくり歩いてくれると助かります……」
ささっと歩き出した俺が少し進んでから振り返った時、2,3歩遅れた位置のゆきむらが申し訳なさそうな顔を俺に向けていた。
……あ、そうか。
「慣れない格好は、歩きづらいか?」
遅くれたのは慣れない格好をしてるから。
前回のスニーカーだったけど、今日は靴まで格好に合わせたパンプスだ。
履き慣れない靴だから歩きににくい、そういうことなのだろう。
「すみません……」
そんなゆきむらを気にかけたつもりで声をかけたのだが、どうやらそうは受け取ってもらえなかったようで、ゆきむらの表情が少し暗くなる。
その様子にじわっと浮かぶ罪悪感。
ああもう、しょうがねぇなぁ……。
何を考えてるか分からない奴。
会った時からどこか様子がおかしいが、おかしいなんて今に始まったことじゃない。
だってそもそもゆきむらって、そういう奴じゃんな。
「いや、いいんじゃないか。そういう格好もたまにはさ」
それにほら、試験に落ちて落ち込んでるかもしれないのだ。俺がカリカリしてもしょうがない。
そう割り切って、俺はゆきむらの正面に向き直り、会った時に思ったけど、伝えてなかった言葉をかけた。
「変じゃないですか?」
「いや、前にそんな格好してた時も言ったけど、似合ってるよ」
「そう、ですか……嬉しいです」
そんな俺の褒め言葉に、ゆきむらが少し照れたような表情を見せる。
それはまぁ、普通に可愛い姿、だった。
ほんと、何考えてるかも、したい話がなんなのかも分かんないけど、ゆきむらの様子が変だからな。
しょうがない、もうちょっと付き合おう。
そう割り切れば、ゆっくり歩く気持ちにもなれるもの。
そうやって俺は、慣れない格好に苦戦するゆきむらに苦笑いしながら、迷子スキルカンストプリンセスを歌舞伎町まで案内するのだった。
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