第548話 珍しいRing-Ring

「よしっ、じゃあ俺のこと気持ち良くしてくれっ」

「え……え?」


 腕の中に、最愛の人。

 その人が待っている、俺の命令お願い

 そんなどう考えたって楽しくて幸せな状況の中、俺は努めて爽やかな笑顔を浮かべてこう言った。

 そんな俺の言葉にだいは最初はきょとんとしていたが、みるみるそのお顔が赤くなっていき……その姿に俺は自分の策が成功したと実感する。

 

「おいおい菜月ちゃんや、何を求められてると思ったのかな?」

「えっ、えっ、えっ?」


 そんなだいに、堪えられず俺はニヤついてしまったけれど、まだまだだいは恥ずかしそうな様子を見せていて、俺はそんな赤くなった頬をむにーっとつまむ。


「身体疲れたって言ったじゃん? だからマッサージしてって意味だぞ?」

「えっ、あっ……もうっ」


 そしてここでようやくからかわれたと気付いたのだろう、だいはつままれてない方の頬を膨らませて、ポカポカと俺の胸を叩いてきた。

 その様子もまた可愛くて、俺はだいの頬をつねるのをやめて、一度ギュッとだいを抱きしめる。

 それでもだいはまだ怒ってるようで、腕の中で「むぅ」と不満を訴えてくるが、それもまた愛おしいんだから、この可愛さは手に負えない。


「気持ち良くしてって言われて考えたことは、マッサージの後な?」

「っっっ! むーっ」


 そんな愛しさ大爆発のだいへ、俺が耳元でそっと囁くと、これ以上ないほどだいの顔が赤くなったのは言うまでもない。

 

 ああ俺は幸せだ。


 その後の流れは、ご想像の通り。

 強いて言うなら、いつもよりだいがたくさん色々頑張ってくれました、って感じかな!

 まぁ結局前半のマッサージの甲斐なく、身体の疲労は増えたけど……そこはほら、気持ち的に無問題。

 だいがそばにいてくれること。その大切さを感じながら、その日眠りについたのは、言うまでもない。

 








「じゃあまたな」

「ん、気をつけてね」


 11月15日、日曜日、午後10時14分。

 なんだかずっと一緒にいたような休日も、もう終わり。その最後に俺はだいの家まで彼女を送って、ドアの前で手を振ってバイバイした。

 明日からまた仕事だからなと、俺んちを出発したのは午後9時前。そこからだいの家までそう長くはかからない、のだけど、結局バイバイがここまで遅くなったのは、玄関前で「バイバイ」→最後にハグ&キス→「もうちょっといたいね」→「じゃああと5分」→「バイバイ」→最後にハグ&キス→「やっぱり」……ってのが何回か繰り返されたから。

 いやぁ、でもいじらしくおねだりされたらさ、可愛いじゃん?

 そのおかげでこうして帰るのが遅くなったが、そこに対する後悔はない。

 ほんと、なんて言うか付き合いたての頃より好き合ってる感じ強くなった気がするね。以前よりもだいの甘えたいが隠されなくなってきているし。

 これがきっと本来のだいだったんだろう。可愛い。


 そんなことを思いながら、俺は歩き慣れた夜道を歩く。

 そんな心の温かさとは裏腹に、11月半ばの夜は既にだいぶ寒くなり、自然と背中を丸めてポケットに手を入れて歩いてしまうが、暖を求めてポケットに突っ込んだ手が、中にいれてたスマホの振動を察知した。

 最初は帰ってから見よう、そう思ったけど、どうやら何やら振動が長い。

 そこで俺はようやく、これ電話か、と気がついて、誰からのものかと思って画面を見てみれば——


「ゆきむら?」


 そう、表示されていた名前には神宮寺優姫の文字があった。

 でもなんだ?

 俺のことを好いてくれてるのは知ってるけど、普段電話をかけてくるような相手ではなくて、俺はその名前の表示に少々戸惑った。

 とはいえ、ここでスルーする理由もないので——


「もしもし? どうした?」


 その着信を取って、俺は電話先の相手に声をかける。

 街の静けさは、そんなに大きくもない自分の声をやたらと大きく感じさせた。

 まるで自分の声がそこら中まで響いているような、そんな錯覚を与えるような、そんな感じ。


『こんばんは』

「あ、うん。こんばんは」


 そんな俺への第一声は、さすがゆきむらという感じの落ち着いた挨拶。

 声のトーンから……この電話の意図は分からない。

 なので。


「電話なんて珍しいな? どうしたんだ?」


 もう一度俺がどうしたのかと尋ねると——


『直接お伝えしたいことがあって、お時間を作っていただけないかと思いましてご連絡させていただきました』

「直接? まぁそっか。うん、いいぜ。聞くよ」


 相変わらず淡々とした丁寧な口調で話すゆきむらが、俺に何か伝えたいのだと言う。なので俺が話を聞く旨伝えると。


『あ、すみません。言葉足らずでした。会って直接お伝えしたいことがあるのですが』

「会って? なんだよ改まって——」

『ダメでしょうか?』


 予想外の答えが返ってきて、俺は思わず聞き返す。だがその言葉を遮るように、少し強い口調で、逆にゆきむらが俺に尋ね返す。

 その口調に俺は一旦推し黙る。


 でも、なんだろう? 直接伝えたいことって。

 

 一つ浮かぶのは、ゆきむらが受けた採用試験のこと。

 今日空いた時間に調べてみたから、合格発表はもう既に終わっているのは知っている。

 でも発表以降、ゆきむらがその話題を口にしたことは一度もない。

 ゆきむらの性格を思えば俺にはすぐに教えてくれそうな、そんな気がしたけれど……教えてくれないってことは、言いたくないから。

 そう考えるのが妥当だろう。

 あれかな、面接練習とか色々してもらったのに申し訳ないとか思ってんのかな。そんなの気にすることないんだけど。

 でもゆきむらが自分から言ってこないことを、無理にこちらから聞くのも野暮だろう。


 そんなこんなから予想するに、ようやく結果を伝える踏ん切りがついた、そんなとこかもしれないな。


 少し返事が遅れたが、俺はこんな予想立ててから、それならばと判断し——


「分かった。いつにする?」


 その勇気を無碍にするのは心苦しい。

 そんな気持ちで、俺は少し優しい声を意識しながら、ゆきむらのお願いを受けることにした。

 すると——


『本当ですか?』


 ……あれ?

 なんか、少しだけ……ゆきむらを知らない奴には分からないレベルだろうが、今の声、なんか嬉しそうな感じがしたような……?

 ゆきむらの声にそんな感じも受けたけど、元々感情の乏しい声なのだ。もしかしたら気のせいかもしれないんだけど。


「ああ、なるべく都合合わせるよ」


 なので俺は最初の返事通り、その要望に応える旨を再度伝えた。

 だいと来週の予定はLAしか入れてないから、たぶんだいも大丈夫だろう。

 そう思ったのだが——


『あ、言い忘れましたが、二人で会いたいのですけれどよろしいですか?』

「え?」


 二人で会いたい。

 その言葉に俺は無意識に声を出す。

 

 いや、でもあれか?

 落ちたことを過剰に慰められるのも嫌だから、

か?

 たしかにだいはゆきむらに対して過保護なとこがあるし、慰めが欲しくない時もあるもんな。だならもしかしたらだいには俺から伝えて欲しいのかもしれないし。

 そんな解釈をして——


「まぁ色々あるもんな。だいには俺から伝えておくよ」

『色々、ですか? ……でもそうですね。色々ありますから、よろしくお願いします。それでは来週の日曜日の午後1時に、新宿駅の埼京線のホームで待ち合わせでもよろしいですか?』

「え、ホーム? って、あー、うん。分かった。それが安全だな。そうしよう」

『はい、ありがとうございます。それではよろしくお願いします。ゼロさんとお話できてよかったです。夜遅くに失礼致しました』

「大げさだなぁ。いいっていいって。それじゃ、おやすみ」

『はい。おやすみなさい』

 

 そんな感じで、通話終了。

 しかしホーム集合ってことは、ホームまで迎えにきてってことだよな。うん、偉いぞゆきむら。だいぶ自己理解が進んだじゃないか。

 と、そこには軽く感心しつつも、思うところは、やはりある。

 二人で、か。

 どんな言葉で慰めてあげればいいんだろう。

 なんだかんだギルドのメンバー資格とか、そういうとこも律儀に気にするタイプだし、ゆきむらなりにこれを告げるまでと、だいぶ思い悩んだんだろうな。

 ……真実とか全然学校と関係ない仕事の奴もいるのにさ。


 とりあえず明日だいに話そっと。


 そんなことを考えたりしながら俺は今し方終わった電話の内容を振り返り、心の中でそっとゆきむらを慰めたりしながら、冬が近付く秋の夜更けの街並みを、一人静かに歩くのだった。

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