第546話 勝つ為に血道を上げてきた

〈Zero〉『あーすゆめ!!』


 一瞬の判断が求められた戦局で、俺が選んだのは退避。

 即座に戦闘態勢を解除して、俺はゆきむらと対峙するあーすの元へと駆け出すことを決定した。

 伝えた言葉は時間がないから端的だったが、ゆきむらと対峙するあーすの向きが変わったことで、俺は自分の意図が伝わったと確信する。

 俺の移動速度は通常の30%増し、それに対してゆめは通常速度なのだから、これで当面の危機は抜け出せる。

 そう思ったのだが——


「っ!?」


 声にならない声が、思わず口を突く。

 デバフが切れた直後、ゆめは一目散に俺に狙いを定めた駆け出した。

 それは絶対間違いない、はずだったのだが、俺が戦闘態勢を解いて俺が駆け出した瞬間、まるでそれが分かっていたかのように、ゆめもまたあーすの方へ駆け出したのだ。

 その動きに俺は思わず足を止める。

 それに合わせ、ゆめも微妙に走る方向を修正したのが目に入る。

 現在の立ち位置は、俺からおよそ7秒ほどの距離であーすとゆきむらが対峙していて、俺とあーすたちの位置どちらに対してもおよそ4秒ほどの距離にゆめがいる。そしてあーすたちから5秒ほど、俺から最も遠い位置にジャックが立つ。

 どうする? このままあーすの元へ向かえばそこでゆめと鉢合わせる。近接アタッカーのゆめに近づくのは死と同義。

 でも、俺にもあーすにも迎えるゆめが、確実にあーすの方に向かう保証もない。

 しかし立ち止まり続ければ、東山ゆめは俺を射程距離に捉えてくる。

 この局面でどうするか。

 どうする、どうする、どうする——


〈Zero〉『あーすゆめ!』


 そして俺が選んだのは最初と変わらない選択だった。

 一瞬立ち止まった直後、俺はあーすを信じて再び走り出す。

 このまま走れば俺がゆめとぶつかるのは避けられない。1発程度は攻撃を受ける可能性もある。

 でも、俺はここであーすを信じたのだ。

 俺のログを察したあーすはきっと、ゆきむらの攻撃の直撃を受けてしまっても、俺の期待に応えてくれると。

 そして——


〈Earth〉『☆戦うみんなのアイドル参上☆あーちゃんが守ってあげる☆>>>〈Yume〉さんにはこれ以上いじわるさせないよ☆』


 鬱陶しいと思ったあのログが、これほど頼もしく思えたことはない。

 俺とゆめが限りなく近づいた瞬間、ゆめの進行方向が一気に変転させられる。

 それはあーすのチアアップヘイト固定スキルの発動の知らせで、これで30秒ゆめはあーすから目を離せない。

 それを確認した直後、俺はゆきむらに即時発動出来る空砲を発動し、ゆきむらを強制的に俺の方に向けさせて、あーすと相対する相手をスイッチする。PvP仕様の空砲は10秒間のヘイト固定、これであーすがフルボッコになることもない。


〈Zero〉『立て直す!』

〈Jack〉『@20ーーーー』


 そして俺はあーすとジャックに指示を出す。

 それに応えるように返ってきたジャックのログは、きっと移動阻害魔法の残りのリキャストタイム。

 それを確認し、俺は進行方向を翻してゆめとあーすから距離を取る。

 そして十分に距離を取ってから振り返り、ゆきむらがまだ俺から遠いことを確認すると、即座にベノムシェルに銃弾を変更し、俺に背を向けたゆめにそれを2発発射した。そして続けて他の2種も撃ち込んで、あーすの支援も忘れない。

 さらにブラッドブレッドに銃弾を換装したから2発ほどゆめにヘッドショットを食らわせて——


〈Zero〉『ヘヴィショット60s』


 ジャックにも伝わるように俺は仕込んだマクロでヘヴィショットを使用してゆめの移動速度を下げてから、だいぶ近づいてきたゆきむらから離れるように戦闘態勢を解いて逃亡開始。

 そして移動速度が上がっているのもあり、俺は時折ゆきむらの位置を確認しながら45秒ほど移動を続けつつ——


〈Zero〉『あーす、ゆめから離れて回復だ!』

〈Earth〉『OK☆』


 ゆきむらとの戦闘と、流石のゆめを相手に40%ほどのHPを減らしていたあーすへ、移動速度が下がったゆめからならば離れられると指示を出す。

 続けて——


〈Zero〉『もっかいゆきむらを頼む!』

〈Earth〉『OK☆』


 そう指示を出して俺は旋回移動しながら、HPを回復させたあーすのほうへ走り出す。

 そして移動速度の下がっているゆめから離れたあーすと合流し、俺はそろそろ毒が切れているだろうゆきむらにベノムシェルの一撃をお見舞いしてから、あーすにゆきむらのタゲを任せてあーすから離れる。

 その状況が完成したところで。


〈Jack〉『見事な作戦勝ちだねーーーーw』


 俺たちの勝利が揺らがないことへ、ジャックからのお墨付きが与えられる。

 そう、この状況が完成したら、このあとはもう時間の問題だ。

 俺とジャックは交互にゆめの移動を制限する。

 あーすはゆきむらのヘイトをキープする。

 俺は常に毒をゆめとゆきむらに付与して、着実にHPを削っていき、ガードされようが安全圏からゆめを攻撃して、着実にダメージを積み重ねる。

 ジャックは切れたバフをかけ直す。

 時間はかかるが、確実な勝利への着実な道筋がそこに見えた。

 だが油断は出来ない。

 ゆめにはそれだけの力があるし、ゆきむらはあーすよりも格上だ。ジャックが回復魔法をセットしてないから、減ったHPは戻らない。

 それ故に攻撃を食らわないように。綻びが出ないように。


 そんな戦いが行われる中で。


〈Yume〉『さすがにこれは詰んでるね〜』


 と、ゆめがギルドチャットに呟くと——


〈Yukimura〉『ちょっとどうにもなりませんね』

〈Soulking〉『毒戦法なんて戦い方もあるんだねっ』

〈Yume〉『降参だぜ〜』

 

 と、5分ほど俺が地道な削りを進めていると、途中で相手チームがギルドチャットに半ばギブアップ宣言を出してきて、ゆめがガードをやめた。

 その急な無抵抗も一瞬作戦かと疑ったが、結局俺のヘッドショットをまともに受け続け、そのまますんなり俺に倒されてくれた。


 〈Zero〉は〈Yume〉を倒した。


 そのログが、俺の目に止まる。

 そう、ついについに、俺はゆめを倒したのだ。


〈Jack〉『おーーーーw』

〈Earth〉『やったね☆』

〈Jack〉『ってあーすーーーーw』

〈Zero〉『おい!w』

〈Earth〉『はわっ』


 そんな状況に油断したのだろう、集中を欠いたあーすがしれっとゆきむらに倒される場面が最後に起きたりもしたのだが、その頃には毒効果でゆきむらのHPは残り3割を切っていて、ゆめと同じく移動を俺たちに止められた後は、それこそ時間の問題だった。


 そしてコロシアムフィールドに入ってから10分27秒で。


〈Jack〉『ナイス作戦ーーーーw』

〈Earth〉『やったね☆』

〈Zero〉『っしゃあ!w』


 それはみんなが俺の作戦を信じ、実行してくれた結果に他ならない。

 途中焦ることもあったが、あーすがよく対応してくれたのも大きいかった。

 うん、ちょっとこいつ見直した。


「流石だね。勝てるって信じてたよ」

「伊達に長いことやってるわけじゃねーからな!」


 いつの間に後ろで見てたのやら、近くに来てたのに全然気付いていなかったが、勝った俺たちを賞賛するように、先に戦闘を終えた女神からも声が届き、俺は振り返ってドヤ顔笑顔で応えてみせる。

 そう、こうして俺たちは見事に、ここまで無敗だったゆめ・ゆきむら・嫁キングチームに勝利して……俺はだいの期待に、応えたのだった!

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