第540話 殺るか殺られるか、笑うか笑われるか
〈Jack〉『ちょっと時間もらうねーーーー』
〈Earth〉『はーい?』
〈Zero〉『ジャックの強化タイムな。あーすも自己強化あればやっとけよ』
〈Earth〉『うんー・・・ってか、ジャックの装備、ほんとに後衛の装備なの??』
周囲を高い外壁と、その上に展開される無人の観客席がある見慣れた砂地状のだだっ広いコロシアムフィールドに転移して、早速ジャックが魔法の詠唱を開始する。
それは全て単体対象のバフ魔法で、最終的に使用されたのは攻撃力上昇、攻撃速度上昇、攻撃命中率上昇、クリティカルヒット率上昇、防御力上昇、バフ魔法効果延長という6種類だった。
6種類、つまりこれがジャックが設定しているスキル、ということか。
すげぇな、完全に自己強化しかないじゃんか。
でもこれが、あの強さの秘訣……。
自分でやるかは別として……メモっとこ。
と、俺がスマホにメモる中、あーすはジャックの見た目に興味津々なご様子だ。
そりゃまぁ、後衛のサポーターがあからさまな鎧着てたらな、当然不思議に思うよな。
俺だって最初我が目を疑ったもん。
あの鎧と、その手に握られたあのいかついエスカリ○ルグ……ならぬモーニングスターは、どう見ても物理アタッカーの姿なんだよ。
味方だから今は頼もしいけど、俺がコロシアムフィールドでソロでやり合ったら、99%負けるだろう。
それほどの強さ、迫力だ。
〈Zero〉『新装備だって』
〈Earth〉『え、手に入れるのはや!』
〈Earth〉『・・・もしや可愛い装備も増えた?』
〈Zero〉『いや気にするのそこかよ・・・ま、それは情報待ちじゃねーかな』
〈Earth〉『可愛くて強いドレスとかこないかなー☆』
〈Zero〉『ドレスで盾やる気かよ・・・』
〈Earth〉『戦うお姫様だよっ☆』
〈Zero〉『はぁ』
そしてジャックが強化中に俺はあーすと話しつつ、相変わらずなあーすにため息をつく。
でもドレス、か。
New〈Daikon〉が着たら……うわ、絶対可愛い。
そしてきっと俺は〈Nkroze〉にもそれを持たせちゃうだろう、そんなんあったら。
まぁ1番見たいのはだい自身が着てるとこ……って、それはまだ早いかっ。
そんな妄想をこっそりしたのは秘密である。
〈Jack〉『おまたせーーーー』
〈Jack〉『セット少しいじって、若干MPのゆとり出来たから、ゼロやんの攻撃力上昇させとくねーーーー』
〈Zero〉『お、さんきゅ!』
そしてジャックの自己強化が終わり、余ったMPがあったからと、俺にバフが使われる。
詠唱時間2倍のせいで通常より長い詠唱の末に魔法の赤い光を浴びた後、俺のステータス画面に7分半間の攻撃力上昇が表示される。
ジャックはこの時間を魔法で1.5倍にしてるから、最長で11分15秒の効果になってるんだろうが、それでも俺はその7分半という時間にいつもながら驚きを超えて苦笑いせざるを得なかった。
こうしたバフの効果時間はだいたい3分〜5分なのだが、その時間はスキルや装備で最大50%延長することが出来る。
今回もらった魔法の基本は5分だが、それが7分半ということは、ジャックは最大限の効果時間延長を、装備のみで達成しているということである。
理論上50%アップが可能な装備一式はLACのサイトなんかでも示されてるけど、正直35%まではそれなりの労力でなんとかなる。だが、そこを超えた領域は尋常ならざる努力が求められるのである。
装備強化のために果てしないアイテム集めや、莫大な資金や、壮絶なドロップ運など、50%を達成しているサポーターは間違いなく全サーバー含めても片手で数えられるくらいしか存在しない。
まぁジャックだからで説明はついちゃうんだけど、これってほんとすげーことなんだよな。
ちなみに俺もサポーターは多少出来るから、延長は35%までは持ってるぞ。でもこれ以上は……ちょっとやる気にはならないよね。
つまり50%ってのは、そういう世界の話なのである。
〈Jack〉『じゃ、あーす先頭に移動しよーーーーw』
〈Earth〉『おー☆』
〈Zero〉『うい』
俺が胸の内でどれほどジャックを賞賛したか、きっとジャックには伝わっていないだろうけど、改めてこいつが味方でよかったぜ。
そんなことを思いながら、俺は二人に続いて駆け出した。
おそらく向こうも既に動き出してきているだろうから、会敵は割とすぐだろう。
そんな想像したのだが——
〈Jack〉『一旦ストップーーーー』
〈Zero〉『k』
〈Earth〉『おー?』
そろそろ戦端が開かれてもいいのではないか、そう思ったあたりで告げられた、ジャックの静止。
でもその静止の理由は明白だ。
だって、敵と出会っていないのだから。
〈Jack〉『ボイチャじゃないから戦闘始まるとほとんど喋れないので確認だけど、とにかく予定通りの分担よろーーーーw』
〈Zero〉『k』
〈Earth〉『ゼロやん守るぜー☆』
〈Zero〉『でもあれか?もしやリダたちスタート地点にステイ、か?』
〈Jack〉『かもねーーーー』
〈Zero〉『それなら俺は最大射程からぴょんを狙う』
〈Jack〉『よろーーーー』
〈Jack〉『ゼロやん撃っても向こうが固まったままなら、あたしたちは向こうが向かってくるまで待機しよーーーー』
〈Earth〉『おっけー☆』
〈Jack〉『あーすはとにかくロキロキだけ探してねーーーーw』
〈Jack〉『じゃあ、前進再開ーーーー』
相手が動いてこない。
その不気味な状況に包まれつつ、やはりジャックは冷静だ。
バフには時間制限があるのに、決して焦って行動は起こさない。
そこに俺は改めてジャックのすごさを感じたぜ。
そして、そのまま少し進んだ辺りで——
〈Zero〉『ストップ』
リダたちが小さいながらも見えてきたことで、俺は立ち止まり先行する二人に声をかける。
しかしほんとにスタート地点から動かず、だったんだな。
でも、動かないならただの的だ。
〈Zero〉『そろそろ射程範囲だから、攻撃を開始する』
〈Jack〉『おけーーーーじゃあゼロやんからもうちょい前出たとこにあーすはいてねーーーー』
〈Jack〉『あたしは隙を見てリダを狙ってくるーーーー』
〈Earth〉『おっけー☆』
〈Earth〉『でも、こんな遠くから当てれるの??』
〈Zero〉『見てろって』
そして、立ち止まった俺に対して他の二人が前に出たから、きっと向こうからは俺たちがまだ近づいて来ていると思えたのだろう、まだ待機を続けたその隙に——
Bang! と俺の放った銃弾が、リダの脇に控えたぴょんに向かって放たれる。
与えたダメージは、約500。
相手が後衛で、こちらにはバフあり。でも、この距離でヘッドショットじゃなくてこのダメージと考えると、これはなかなかいいのではないか、とかそんなことを思って次射に備えた時——
「むぅ……」
聞こえてきた、可愛い声。
最早完全に集中していたせいで軽く忘れていたけれど、それは紛れもなく背後にいるだいの声だった。
そんな可愛い声を聞きつつ、俺は俺の攻撃を受けて動き出したリダチームの様子を目で追いながら、俺に向かって一直線って感じに突出してくるぴょんに追撃を放ちながら——
「どうした?」
と、だいに声かけてみたら——
「ゆっきー可愛くなって、
「は?」
返ってきたまさかの返答に、俺は一瞬気が抜けた。
そのせいで3発目に放った攻撃が動くぴょんの目測を誤らせて完全に外れてしまったが、まさかだいがそんなこと言い出すなんて思わないわけじゃん?
可愛くなったから?
たしかに赤髪イケメンだった〈Yukimura〉が、リアルゆきむらそっくりの美人ちゃんに変身したのは分かるけど、これは今そこを気にする場面じゃなくないか?
あと単純に見た目で可愛いのは、犬耳になった〈Yume〉の方だと思うけどな!
そんなことを目はモニターに留めながら、脳の片隅で瞬時に考えつつ——
「妹が多くて大変だなっ」
「はっ。そうね。真実ちゃんのために負けるわけにはいかないわよね……」
「うむ。うちの妹のこと、頼んだぞっ」
「当然よ」
と、自分の戦闘を疎かにしないギリギリの集中力を残しつつ、だいとそんな会話をしたわけだけど、ほんと何の会話だって話だな! 変身恐るべし。
とはいえ、俺は当然この間も手は休めず、1回攻撃を外しはしたけど、その後は順調にやたらと突出してくるぴょんを削り続け、そのHPを30%ほどまで削ってやった。
……しかしぴょんのやつ、なんで回復しないんだ……?
え、まさか?
ってか——
〈Earth〉『ゼロやんすごーい☆もうちょっとでぴょん倒せそう!』
〈Jack〉『こっちも同じだから、二人とも油断しないでねーーーーw』
俺の頭に浮かんだことを肯定するジャックの言葉。
その意味はさっきジャックが使った6つの魔法だ。セットできる魔法は、6種類。あれ以外には何もない。その内容は、全てがバフ。
つまりこちらは、ダメージを負っても回復することが出来ないのだ。
そして「こっちも同じ」とジャックが言ったってことは、きっと向こうもそういうこと。
さすがぴょん。火力全振りできてるってことなんだな!
そして奇しくもそう思ったタイミングで、ぴょんの足が止まり、何かの魔法詠唱が開始する。
当然その動きに、ガードなんかない俺は立ち止まったただの的を一気に落とすべく、ここで一気にスナイパーショットを発動し、確実なダメージ量を狙った、のだが——
「なっ!?」
ぴょんの詠唱開始を目視しててから、おそらくわずか1秒ほど、俺の攻撃よりも早く、俺のモニターに映るぴょんが手のひらを向け合って詠唱する様子から、両手を広げて魔法を発動する姿に変わっていた。
詠唱時間が短い、あまりにも短すぎる。
そう文句を言いたくなるが、目の前の光景は変わらない。
ぴょんの魔法発動直後、大きな雷の群れが、俺や俺から少し離れたあーすの位置まで飲み込むように現れたのだった。
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