第529話 疲れに気づいたら休憩しましょうね

『おつかれ〜〜』

『あざした!』

『面白かったね〜』

「お疲れ様」

『勉強になりました』

「おつかれ! やー、悔しい!」


 バトルフィールドから排出され、俺たちはまた受付前に戻される。

 リアルではまだまだ昼下がりの明るさでも、ゲーム内時刻は夜のようで、コロシアム受付から見える窓の先には、暗闇が広がっているようだった。

 でも当然ゲーム内時間はプレイヤーに関係ないからな。

 昼食を終えた勢が増えたのだろう、俺たちのいるPvPの受付周辺には、かなりの人数が集まっていた。

 でもその中に今回俺たちの敗因を招いた格好をした奴は見えなくて——


「ジャックのあの装備っ。なんだよあれ!?」


 気づけばまたいつものローブ姿に戻っていたジャックに、俺はあのどう見ても後衛用ではない装備について訴える。

 そしてそれはやはりみんな同じだったようで——


「レシピってもう判明しているの?」

『うん、公開はまだだけどね〜〜』

『あれ強そうだったよね〜』

『公式サイトのイラストから予想して実装疑ってたとか、さすがジャックさんっすよっ』

『いやいや〜〜、しれっと各職人マイスターのとこに人を送って、レシピがあるのに気づいたのはくもんだよ〜〜。あたしはそのおこぼれを貰っただけだから〜〜』

「データ拡張きて、新天地の冒険もあるのにいきなり新レシピ求めるのを優先させられる奴とかいんの!?」

『ゼロさん、【Vinchitore】の製作職人たちっすよ? 舐めたらダメです。あ、ちなみにそこの統括もくもんさんっすっ』

『ロキロキ嬉しそ〜』

『でもすごいですね。くもんさん』

『いや〜〜ブラックだよね〜〜』

 

 俺が切り出した話題から、防具の製作職人としてレシピが気になるだいがいたり、【Vinchitore】案件のせいかなぜか自慢げになるロキロキなど、やはりみんなそこに興味はあったらしい。


「それで、あの装備ってどんな性能だったんだ?」


 だが俺も、知りたいことは譲れない。

 俺は新装備について、さらにジャックへ追求する。

 だってほら、あんなに俺の攻撃が通じないとか凹むじゃん。

 だったらまださ、防具のせいって思いたいわけですし。

 そんな気持ちで俺が問うと——


『ファイターたちの装備よりも攻撃性能は低いけど、防御性能は高いんだよ〜〜。でも後衛としての性能は皆無だけどね〜〜』


 その答えに俺は正直安堵する。

 防御性能が高い。

 俺のダメージがやたら低かった理由はちゃんとあった。

 そこに俺は本気で安心した。


『でもマジ硬かったっすね! びっくりしたっす!』

『まぁね〜〜。MP量と時間の関係で、自分にしかバフかけてないわけだしさ〜〜。弱かったら申し訳ないよ〜〜』

「いや、ほんと硬すぎる。俺ジャックよりゆめの方がダメージ与えられたくらいだし」

『でもさ〜。あんな遠いところからダメージ与えられるのは、ちょっとガンナーずるいよね〜』

『アレなんすか? 今まで通り、発射した時点で的中判定あるんすか?』

『ん〜ん。撃った反動的にくいっと銃が上向くんだけど、それと同時にガードしたら防げたよ〜』

『ふむふむ』

『でも防ぐにはちゃんと見てなきゃいけないだろうし、不意突かれたら防げないと思う〜』

「あれだな。接近戦のタイマンって状況作られた段階で俺の負けだったな」

『そだね〜。DPS考えて負けないって思えたもん。でも、ちゃんとガードも使ってけばよかったな〜。だいがあんなすぐに来ると思わなかったし〜』

『だいさん途中からマジ強くなったっす!』

「え、ううん。そんなことないよ。たまたま上手く出来ただけだから」

『だいさん、間に合わなくてごめんって仰ってましたから、ゼロさんのヤバいって声を聞いて急いだんだと思います』

「えっ、ちょっとゆっきー!?」

『それかーっ』

『愛だな〜〜』

『愛は強しだね〜』


 そして俺の切り出した話の答えが聞けた後は、どんどんどんどん話は変わった。

 でもやはり、みんな楽しかったのだろう。

 みんなの声からその気持ちが伝わった。


『じゃ〜〜武器変えたりチーム変えたりして、もっかいいこっか〜〜』


 そんな空気の中だったので、ジャックの提案を断る者は誰もおらず。


 俺たちはその後もチームや武器やスキルを変え、しばし新たなコンテンツをエンジョイするのだった。







「あー、さすがにちょっと疲れたな」

「うん。甘いもの食べたい」

「あ、たしかに」


 椅子に座ったまま大きく伸びをしながら、背後にいるだいに声をかけると、すごく素直な、そしてとても同感な言葉が返ってきた。

 現在時刻は16時34分。

 3時のおやつには少し遅いが、酷使された脳も目も、すごく糖分を欲している。

 エネルギーチャージは大事だし。

 何食べたい気分かなー。


 っと、ちなみに俺たちはあの後も合計3戦ほどPvPの実戦を重ね、戦闘が終わる度にみんなで振り返ったり反省したり、俺たちは充実した時間を過ごすことができた。

 2回目は俺はグラップラーになったジャックとゆめと組み、だいとゆきむら、そしてウィザードになったロキロキのチームと戦って、勝利した。

 3回目は俺とゆきむらとゆめのチーム対だいとパラディンになったジャックとロバーに戻ったロキロキと勝負し、敗北。

 最後の4回目は1回目のメンバーからだいとロキロキを交換したチームで戦い、敗北した。

 最多勝がジャックの全勝で、2位が3勝でゆめ、3位が2勝のだいとロキロキで、4位が1勝の俺、最下位のゆきむらはまさかの全敗と、流石ジャック&どんまいゆきむらな結果になったわけである。

 でも、この経験は間違いなくこれから先に活かせるだろうし、特にジャックやロキロキっていう色々武器を使える奴を相手にできたのは、各種武器への対応力を学べてありがたかった。

 で、そんな盛り上がる戦いを続ける中、17時が近づいてきて、予定通りゆめが一回落ちるということで、夜の再集合に向けて俺たちは一旦解散した。

 久々にマイクセットも外し、直にだいの声を耳にしたが、やっぱあれだね。さっきまでのみんながいた時よりも、俺と二人ってわかってるからこそ、今の方がちょっと声が甘えたな感じになってるの、可愛いよね。

 

「何が食べたい気分?」


 そんなだいの可愛さに当てられて、俺は席を立ってだいの後ろに座って、その華奢な身体を抱きしめつつ、リクエストを聞いてみる。


「カステラ以外」

「いや、それカステラ自体に罪はねーだろ……」


 そして腕の中で少し疲れてぐったりする様子の姫から返ってきた言葉に、俺は思わず苦笑い。

 絶対目の前にあったら食べるくせに、その食べ物と結びつくあの人のお店には行きたくない、そんな主張なのは間違いない。

 まぁ俺もあの人が得意ってことはないんだけど、だいはあの試合の日以来、割と本気で苦手になったらしい。

 見た目はマジでめっちゃ可愛いんだけど、まぁたしかに、中身がなぁ……。


 と、珍しいだいのわがままを受けて、俺は違うアプローチを考える。

 そうなると、つまり、えっと、要するに……あれだ!


「そういえば、うちから駅行く時の道よりも1本北側の道に、なんか新しい店出来たってチラシ入ってた気がする」

「何系?」

「たしか1階が青果店で、2階に併設のカフェとかなんとか」

「行くっ」

「ったっ!!」

「あ、ごめん」


 俺の提案を聞くや否や、勢いよく顔を上げてきただいの頭が俺の顎にクリーンヒット。

 大丈夫か? 俺の顎、セクシーに割れたりしてねぇよな?

 そんな無駄な心配をしつつ顎をさする俺に、だいも振り返って一緒にさすってくれた。うん、可愛い。


「じゃあ、なんかいいのあったら、帰りにお土産フルーツも買ってくるか」

「うん、そうしよっ」


 しかしまぁ、相変わらず、食に従順なお姫様だ。さっきまでのPvPで鬼気迫る迫力を見せていた奴とは、とてもじゃないが思えない。

 でも今のだいの目はさっきまでよりも明らかにキラキラしてるから、LAよりは食欲、なんだろな。

 愛いやつめ。


 そんな感じで、俺は痛む顎とPvPによる疲労の回復を図るため、16時47分、だい共々今日初めてパジャマからの着替えを果たし、土曜の夕方デートへ繰り出すのだった。

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