第528話 仲間たちとの戦い

「予定通り、だいはロキロキを、ゆきむらはゆめを抑えてくれ!」

「了解」

『はい』


 5秒前のカウントダウンが終わり、Battle Startの合図が出た直後、俺たちは一も二もなく走り出す。

 向こうの狙いはきっとだい。

 だからこそ俺はだいが突っ走らないように移動速度上昇を使わせず、ゆきむらを先頭に後列へ俺が位置し、だいを挟み込むように移動を開始した。


 何もないフィールドは全てが丸見えで、俺たちの反対側には小さくジャックたちが見えている。

 だが向こうチームは予想通りジャックがバフをかけているのだろう、スタート直後に動く様子は見えなかった。

 

 ここまでは予想通り。

 あとは俺がヘッドショットを狙えるフィールド中央部より少し自陣側くらいまで進んで、向こうのアタッカーがこちらに近づくまでに、後列の離れたところに位置取るだろうジャックを狙う、と見せかけて、1発狙った後はジャックに警戒だけさせて、後は全力でロキロキを狙う作戦だ。

 突っ込んで来るロキロキとゆめを比較すれば、スキル値はロキロキが上だが、HPも防御力もファイターであるゆめが上。なので、ジャックが警戒している間にゆきむらにゆめを抑えてもらって、近づいてくるロキロキをだいと二人で落とすのだ。


 もちろん相手は俺やだいですら比較にならない戦歴を持つジャックとロキロキだ。

 そう簡単にはいかないとは分かっているが……敵が強いからといって、はいそうですかと諦めるのは話が違う。

 いかにロキロキといえど、俺とだいの二人相手なら倒せるはず、そう踏んでの作戦なわけである。


「止まるぞ」

『はい』

「了解」


 そして俺たちが予定地点に到達するのと、向こうのメンバーが動き出したのはほぼ同時だった。

 それを見ながら、俺は即座に銃を構えて、1番遠くに見えるであろうジャックに照準を——


「あ!?」

「あら」

『むむ』


 合わせようと思ったのに——

 予想外過ぎる状況に、俺たち全員が声を出す。


『先頭を抑えるでいいですか?』

「分からんけど何か策があるんだろっ。ゆきむらは様子見、俺は予定通り狙う!」

『了解』

「2番手、止めに行く」


 そして何とか軌道修正を試みるが、俺たちは初手からパニック全開待ったなし。

 予想に反するどころじゃない。

 だってそこには、最早に反する光景があったのだ。

 

 それでも既にゴングは鳴った。

 やらなければ、やられるのだ。


 俺は先頭を突っ走ってくる銀髪のエルフに狙いを定める。

 

 動揺はある。

 だが、それで照準を外すほど、俺だって下手じゃない。

 移動速度上昇魔法をかけているのだろう、最後方の斧を持った銀髪女エルフの倍ほどの速さで向かってくる相手は、俺を警戒して少し蛇行して走っている。

 だがそんな動きは大した影響を与えない。俺はその動きに合わせて——


「なっ!?」


 Bang!! と小気味良い音を響かせ、その攻撃は相手の頭に当たったと思ったのに、俺の画面に表示されたログのダメージは、予想より極端に低かった。

 たしかにPvPで今までの攻防比とは別な計算式になっているのかもしれないが、防御力が低く、おそらくHPも5000程度だろうを相手に、クリティカルヒットに該当するヘッドショットを当てて、ダメージが200程度しか与えられていないのだ。

 ミスショット? いや手応え的に当てたと思う。

 なんかのバフか?

 そんな少なすぎるダメージ量にもやもやが募り——


「どうなってんだよさんよぉ!?」


 俺は思わず聞こえないとは分かっていても、この理不尽を与えたきた相手の名を叫ぶ。


「ゼロやん落ち着いて」

『ジャックさんを止めますか?』

「とりあえず頼む!」


 そんな俺を宥めるだいに、改めて指示を聞いてくるゆきむらと、完全に二人の方が冷静だった。

 だが迸る嫌な予感が募る中、俺は改めて先陣切って突っ込んで来るジャックにもう1発攻撃を打ち込むが、焦りのせいか今度は肩らへんに当たったせいでダメージは二桁しか出ず。

 というか——


「おいおいサポーターにあんな装備あったか!?」

「見たことない、というか……あの系統のグラフィックパターンは、新装備かも」

「マジ!?」

『そういえば公式HPに載ってたイラストに、似たような装備着ている杖を持った人がいましたね』

「さすが【Vinchitore】の職人部門。お仕事が早いわね」

「いや早すぎんだろ!?」


 なんでこいつらこんな冷静なんだろな!


 でもたしかに言われてみれば、目の前に迫るメイスを構えた銀髪エルフが纏うのは、データ購入や公式サイトチェックの時に見たことがあるような深緑色の鋼鉄製っぽい鎧だった。

 え、あれ後衛用なの!?


 そんなことも思うけど、でもでもコロシアムに入る前のジャックは、いつものローブ姿だったと思う。

 ならいつの間に……って、そうだよな。もうそっから戦いは始まってたってことなんだろな!

 そんないかつい姿で迫るジャックは、鎧と相まって構えるメイスもやたらと強そうに見え……って!


「おいおい、あれモーニングスターじゃん!?」

『強そうですね』

「物理攻撃力はファイター級。製造可能武器だけど素材が高いし求められるスキルが高いから、バザールの供給はほとんどなし。でも物理攻撃だけならメイス最強武器ね。あとは、攻撃力がある反面MP半減に魔法詠唱時間2倍だっけ」

「いや、冷静に解説しとる場合かっ」


 そう、性能は今だいが話してくれたが、その名前からも分かる通りジャックが手にしている武器は、いつもの美しい魔法使いっぽいメイスではなく、先端にいかついトゲトゲがついた灰色の鈍器なのである。

 身につけた鎧、手に持った鈍器、高身長のエルフという種族も相まって、それはもうめちゃくちゃ強そうで、後ろに続いてくる可愛らしい小人族のロキロキとの差がえぐかった。

 しかもどう見ても鎧は重そうなのに、鎧着てる奴の方が接近スピードが速いっていうね!


 そして——


「くるぞ!」

『はい』


 ついに会敵し、ゆきむらがジャックの前に立ち、迫り来るメイスを防ぎ出す。


『むぅ……』


 だがやはり対人戦だからか、AIのモンスターと違って繰り出させる攻撃のタイミングが違うようで、上手く捌けないことが多く、着実にゆきむらのHPが減らされていた。

 ちなみにゆきむらのHPは8200もあるのだが、捌けなかった時のジャックの攻撃は、一撃で300程度与えてきて、ゆきむらのHPを4%弱削っていた。

 いや、これどう考えても後衛の物理攻撃じゃないよね……!


「ゆめにも気をつけてね」

「了解っ」


 そして最前線の攻防が始まって、だいが後続として迫ってくるロキロキへ向かい出す。

 既に作戦が崩壊したと判断したのだろう、移動速度上昇スキルを発動させただいは、あっという間に俺とゆきむらのそばを離れていった。

 うむ、こうなってはしょうがない。


「こっからは臨機応変だっ」

「了解」

「承知しました」


 俺はみんなに声をかけ、少しゆきむらから離れて最前線から距離を置くべく移動した。

 そして向こうチームの最後方にいるゆめに狙いを変更。

 ゆめは通常速度の移動だが、ジャックがあまりにも速かったせいで、遅く見えるのは幸いだ。

 そんなゆめに俺は照準を合わせ……Bang!! っと狙撃を行うと、見事にヘッドショットが炸裂し、ゆめに500ほどのダメージを与えられた。

 うん、やっぱクリティカルってこれくらいでるよな。となると、マジでジャックの性能どうなってんのと思うのだが、そこに思考を割く余裕はない。

 俺はなんとかゆきむらが時間を稼いでくれてる間にゆめを倒そうと次射を放つが、今度は与ダメが50ほど。

 遠目にゆめが自身の前面に斧を構えるのが見えたから、なるほど今のがガードってわけね。

 だが防がれても構わない。

 俺は速攻を意識して、ガードを解き再度向かってくるゆめに対して早くもサドンリーデスを起動する。

 これで倒せるとは思わないが、大きく削ることはできるだろう。そう思ってその一撃を放つため、豆粒みたいな照準を合わせようとしたのだが——


「マジか……っ」


 俺のエフェクトに気づいたのか、向かってきていたはずのゆめが立ち止まる。それはまるで俺の照準合わせに協力してきたような光景だった。

 だが、かえってそれが俺の手を止める。

 正直動いている相手の動きなら何となく想像も出来るのだが、止まっている相手となると話は変わる。

 俺が撃とうとした瞬間、ゆめに動かれたら避けられる。

 新しい戦闘システムの銃撃は、モーションの仕様上、発射の直後、少し銃口が上を向いてから着弾までに0.1秒にも満たないラグがある。

 おそらくさっきは、そのタイミングでゆめにガードをされたのだろう。

 だからこそ俺は照準はピタっと合っているのに簡単に発射が出来ず、硬直せざるを得なくなった。

 既に戦闘開始前に描いたイメージ図は完全にくしゃくしゃポイと捨てられて、盤面は俺対ゆめ、だい対ロキロキ、ゆきむら対ジャックの構図が出来上がっている。

 細かくログは見えないが、だいのHPバーの推移を見るに、だいvsロキロキはロバー同士のガチンコ手数勝負になっているようだ。そのせいでだいのHPは、刻一刻と減っていく。

 それと同時にゆきむらも、まさかのジャックの猛攻に、じわじわHPが減っていく。

 現在動かないのは、俺のHPバーのみ。

 今二人を支援できたら、きっと二人の戦いを有利に進めることが出来るだろう。

 その猶予が与えられるのなら、だけど。

 だが、そんな猶予をゆめが与えてくれるわけがない。

 むしろ隙を見せれば、やられるのは俺だ。

 だからこそ俺はゆめから目を離せなかった。


 何とももどかしい雰囲気の中、俺は何とかゆめの隙を見つけようとするのだが——


〈Yume〉『へいへ〜い。撃ってこないのか〜い』


 挑発するように現れた白い文字オープンチャットに、俺は一瞬目を取られる。

 その瞬間ゆめがジャックの近くに動き出そうとしたのが見えて、俺は今がタイミングだと僅かに照準を動かし闇の奔流サドンリーデスを撃ち放つ。

 だが——


「くそっ」

「大丈夫。落ち着いていきましょう」


 ゆめの動きはフェイントで、オープンチャットを餌にジャックの方に動こうとすると見せかけて、即座にゆめが小さく切り返しを見せ、俺の攻撃は無辺世界へ吸い込まれた。

 そして走り出した流れのまま、再度俺から通常攻撃を受けるのも気にせず突っ込んできて——


『大丈夫ですか?』

「やばいっ」


 近寄られるまでゆめにはスキルも含めて合計10発くらいの攻撃を当てて、5000弱くらいダメージを与えたと思うのだが、削り切るには至らなかった。

 そしてもうゆめは俺の目の前にまで迫っていて、逃げることも出来ず、ガードなんて素敵なコマンドのない俺は、思いっきりゆめの攻撃をくらってしまう。

 その被ダメージ、通常攻撃で600です。

 ちなみに俺のフルHPは6176。

 割合にすると……なんて計算してる間に2発、3発と攻撃をくらい、ガンガンHPが減っていく。

 しかし被弾して分かったけどさ、リアル現実に寄せてんのか、攻撃を受けると合わせてるはずの照準ブレんのね。

 サドンリーデスも再使用までリキャストだし、俺はとにかく削れるだけゆめのHPを削ろうと照準合わせはほぼ適当に、殴り合い上等って気分でガンガン速射でゆめに反撃を仕掛けるが……。


「あー……」


 追加でゆめに1000ちょっとは与えたと思ったが、攻撃に夢中になりすぎたせいだろう。ゆめの大技に気づかなかった。

 目の前で斧を振り上げて跳躍したゆめが、ダイナミックに振り下ろしてくる姿が目に入る。

 俺はそれを、まともに受ける。

 炸裂したスキルはグラウンドダウン。

 その直撃を受け、俺は残りHP1500くらいのところ、1900のダメージをくらって死亡した。


「すまん、死んだ!」

〈Yume〉『ゆめちゃんV☆』

『すみません……』


 俺の報告とゆめの勝利宣言に、凹むようなゆきむらの声が聞こえた数秒後——


〈Loki〉『くっそー、悔しいっす!w』


 こんなログが現れる。

 そして——


「間に合わなくてごめん」

「え」


 ロキロキのログ出現から10秒ほど。

 不意に聞こえた声の直後、ログ上に、『〈Daikon〉は〈Yume〉を撃破した。』という言葉が現れる。


〈Yume〉『あちゃ〜』

〈Yume〉『あとちょっとだったのに、ロバー動き速いな〜』


 その撃破ログの直後、撃破されたゆめの声がオープンチャットに溢れるが、よく見れば撃破した側のHPは残り8。

 ロキロキをギリギリで撃破した後、即座にゆめに詰め寄って、ゆめの反撃を掻い潜りながら撃破した、そんな戦いだったのだろう。

 その撃破がいかに神がかっていたかは、推して知るべし。

 だが、もうほぼ何も残ってないだいのHPバーの下に並ぶゆきむらのHPバーも、気付けばもう残り1割を切っていて——


「むぅ」


 倒れた俺のモニターではゆきむらとジャックの方が見えなかったので、俺はこそっと立ち上がり、だいの背後からその画面を覗き込みに行ったのだが、その直後——ゆきむらを助けに向かったであろうだいにジャックのメイスが炸裂し、そのHPが0になる。

 そして可愛らしい黒髪の美少女が地に伏せた。


「負けちゃった」

「いや、ロキロキとゆめ倒してんだから、すげぇよだい」

「そんなことないよ」

『すごくなくてすみません』

「えっ、あっ!」


 そしてちょっとだけしょんぼりした声を出しただいに対し、俺が慰めるように声をかけると、続けて聞こえた静かな声音。

 だいのモニターを見れば、いつの間にかゆきむらのHPも0になり、だいの画面にも、俺の画面にも『You lose.』の文字が現れていた。


 ……そう、か。


「ゆきむらは悪くないからなっ。1から10まで俺の作戦負けだ。ごめん!」

「おつかれさま」

『精進します』


 その文字を前に、俺らのテンションがやや低めだったのは言うまでもないだろう。


 俺・だい・ゆきむらvsジャック・ゆめ・ロキロキの戦いで行われた【Teachers】初のPvP。

 戦闘時間は5分12秒。


 その戦いは、完全に作戦が機能しなかった俺たちの敗北に終わったのだった。

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