第522話 新しいものを楽しむ気持ちは大切です
「うお、なんだこれ?」
「視点固定みたいね」
「やりづらっ」
石造りの街から草原へとエリアが変わり、まず分かったのは、これまでとは表示されるプレイヤーの画面が全然違うということだった。
今までは画面の中央に自分のキャラクターが位置されていた。だが、今は画面の手前側に、自分のキャラクターがこちらに対して背中を向けて立っている。
そしてキャラクターの目線と地面が平行になるようにLA特有の美しい景色が映り、今までの俯瞰的な視点ではなくなっていた。
チュートリアルだからだろうが、現在画面上部に【キャラクターを移動させてみよう】とあったが、まず俺は今までの感覚で〈Zero〉を動かさずに視点カメラを色々動かしたりしようとしてみめ……それが出来ないことを悟らされた。
つまり
どうやら見たい方向を変えたいならば、キャラクター自身の向きを変えなければならないようだ。
今までなら俯瞰視点だったから背後からモンスターとかが来てもギリギリで分かったけれど、今は全く見えなくなった。
おそらくこの仕様は自分が戦っているという臨場感を高めるためなのだろうが、正直これは、今までの視点に慣れ親しんだ目からすればかなりのストレスだ。
周囲を伺おうとキャラの向きを変えれば、変える前の方向の認知が遅れるし、今までの戦い方からの変更を余儀なくされるのは必定だろう。
でも、これが新たな舞台ということならば、やるしかない、か。
そう割り切って、俺はとりあえず色々動き回ってみて、何となく動かし方の要領を得た。
そしてSTEP1的な動かしてみようを終了させると、続いて〈Zero〉の前方に1体の羊型モンスターが現れて、案の定次の目的として、【モンスターを攻撃しよう】が現れる。
ご丁寧に攻撃の手順も表示されたが、それは案外簡単というか、正直そこまで大きな変化はない。
まず指示通りに【構える】のコマンドを実行するとキャラクターが銃を構えて、見慣れた照準マークが現れる。そこでモンスターに照準を合わせて【攻撃】を実行すると、モンスターに銃弾が発射され、モンスターにダメージが表示される。
うん、この辺は今までとほとんど変わらない。というかむしろ、攻撃自体が当てやすい。モンスターの近くに出てくるターゲットマークがないのだから、サイズのでかい羊型モンスターは大きな的でしかないのだから。
で、当然攻撃を受けたモンスターがこちらに向かってきたので、俺はガンナーの癖で反射的に逃げようとしたのだが——
「むっ」
今までは構えたままだと動けなかったはずの〈Zero〉が、構えたままでも動かせた。もちろん構えたままだからか〈Zero〉の移動速度は遅い。でもそれ以上の驚きもある。
そう、構えた時に現れる照準マークが小さくはなったものの、消えなかったのだ。
「どうしたの?」
「後で話すっ」
だから俺は動きながら照準を合わせてみて、攻撃。照準を合わせ、攻撃。照準を合わせ、攻撃——
「おおっ……!」
連射攻撃も従来のシステムより明らかに速くなっており。4発の攻撃の末、羊型モンスターが倒れ伏せた。
驚きの声を上げた俺にだいが反応してくれたが、一旦そこは置いといて、俺はこの一回攻撃した後の構え直し無しや、構えていれば常時表示されている照準マーク、そして動きながら攻撃するという新たなアクションに正直感動を覚えていた。
そして今度は【スキルを使ってみよう】の目標とさっきと同じモンスターが現れて、俺はワクワクする気持ちのまま、今までと同じ感覚で設定したマクロを使用する。
チョイスしたのはとりあえず派手にサドンリーデス。そして見慣れたエフェクトの後、愛銃が闇を纏う。予想通りアホほど照準が小さくなったが、それは想定内だったので、それを敵に合わせて攻撃すると——
「おおっ」
発射地点が今までよりも手前になった分、闇の奔流の発射の臨場感が増し、俺はそのエフェクトにも魅了された。
もちろんモンスターは1発で撃破。まぁなんたって
たしかにこれは、今までよりも自分で倒した感が強いかもしれない。
ヘイト管理とか他のアクションとか、理解すべきことは無限だが、単純にこの新システムが俺にはすごく面白かった。
そしてシステムからもう一度戦うかを聞かれたので、一通り設定した全スキルを試したり、離れられるだけ離れてみて、最大射程がどの程度なのか測ってみたりしながら、俺はその後もしばらくチュートリアルを続けたのだった。
⭐︎
「なっ、すごいなこれっ」
「そうねー……。ゼロやんが楽しそうでよかった……」
結局俺がチュートリアルを終えたのは、説明を受け始めた頃からおよそ80分後。
途中でだいは自分のチュートリアルを終えたようで、なかなか終わらない俺の画面を見にきてたけど、だいが見ながらも俺は嬉々として色々試していたわけである。
だが色々試しても、まだまだ試してみたいことがたくさんある、のだが——
「短剣はどんな感じだった?」
「んー? んーとね……」
あれ?
……あ!
時計を見れば現在26時半を回り、丑三つ時すら過ぎている。
たしかに今日を楽しみにしていたとはいえ、もうだいの眠気が限界か!
「ごめんな、街の外は、明日起きたら行こっか」
「んー? だいじょーぶだよ?」
「ううん、俺がもう寝たいからさ? 一緒に寝ようぜ?」
「んー……それなら、しょーがにゃい……」
そんな感じにだいと話すと、俺の横に立って俺のモニターを見ていただいが少しずつふらふらし出したので、俺はそんな彼女を抱き止めてから、ちょっと頑張ってお姫様抱っこして、先にだいをベッドへ運んだ。
そしてプレイヤーハウスまで〈Zero〉も〈Daikon〉も運ぶことなく、チュートリアル用NPCの前でログアウト処理をする。
早く遊びたい、新しい世界を見たい気持ちはあるが、LAは逃げないからな。一人で見るよりだいと二人で見る方が結果的に楽しいし。
明日もまた遊べるもんな。
ベッドの上で可愛らしい寝顔を見せるだいの頬にそっと手を触れて、俺は幸せを噛み締める。
さて、じゃあ寝るか。
そう思って俺もだいが横になっているベッドに身を預けようとしたら——
「ん?」
横になった瞬間、ギュッと俺にくっついてくる温もりが、一人。
なんだまだ起きてたのか、そう思ったところ——
「あの子ばっかり……可愛いって言われててずるい……」
「へ?」
温もりを伝えてくる愛おしき存在が、不意に俺の胸に顔を当てながら、よく分からないことを言ってきた。
でも「あの子」って、誰だ?
「私よりぃ、いーっぱい、言われてた……」
だが、理解不能の俺をよそに、ねむねむなだいは睡魔との戦いに滑舌を奪われ、舌っ足らずな甘い声で俺に不満を訴える。
でも、俺が可愛いって言った相手?
……あ。
自分の言葉を思い出し、俺はピンときたものがあった。
だがまさか、そこに嫉妬するかね君?
ピンときたからこそ、俺は思わず苦笑い。
でも、「うーうー」言いながら不満を訴えるかのように強くギューっとしてくるだいは、それはもう可愛くて——
「俺には菜月が1番可愛いよ」
押し当ててくる顔をつかまえて、俺は耳元でそう囁いた。
その直後、だいの動きが止まり……耳が赤くなり、押し当てられる顔から伝わる温度が上がる。
でも——
「もっかい……」
と、何とも可愛らしいわがままを伝えられたので——
「菜月が1番可愛いよ」
とね、リクエストに応えてOne more say。
その言葉を聞いたからか、だいはご機嫌そうに「ふふん」と鼻を鳴らして、俺に向かって軽くチュッてしてきたあと、さらに俺にべったりとしてきたけど、ああ本当もう、可愛いなこいつ……!
「俺には菜月、〈Zero〉には
「……ん」
そんな甘々な空気の中には、幸せ成分が強めなようで——
俺はだいとともに多幸感に包まれながら、明日への楽しみを強まるのだった。
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