18章

第518話 新しい冒険のプロローグ

 11月14日土曜日の0時。日付が変わった、その瞬間——


「いくぞっ」

「うん」


 小さく声をかけあって、俺とだいはそれぞれのPCで、全力でLAの追加拡張データのダウンロード購入を行った。

 そう、今日はついに全LAユーザー待望の拡張データ『勇気ある誓い』の配信日。

 この日をどれほど待ちわびたことだろうか?

 拡張データが配信されるということは、LAの世界がさらに広がるということ。そこにはまだ見ぬ冒険がある。期待に胸が高鳴るのは、当然のことだろう。

 本当、今日という日を迎えるまで、だいの短剣スキルをキャップまで鍛え上げるのはもちろん、色んな情報を草の根分けて集めたり、必要そうな活動を積み重ねてやってきた。

 そう、つい先日だいもようやく短剣スキルがキャップに至ったのである。

 一緒にスキル上げした〈Ikasumi〉いかさんも〈Honeysoda〉ハニーさんもレイさんも、何だかんだ半固定で組んでたみんなもスキルキャップに至ったし、11月前半は割とよく頑張った方だと思う。

 でも、拡張データに関する調査では、そんなに大きな収穫はなかった。肝心のPvPのシステムについても完全新システムの導入という話以外、結局どんなシステムなのかは何も分からないままだったし、先手を打って何かをするということは出来なかった。

 でも、分からないことがそのまま不安や不満になるわけではない。

 むしろまだ見ぬ未知に対し、俺は止まらないワクワクを感じている。

 このダウンロード画面が終われば、そのワクワクがそこに——


 なんて思いつつ、モニターを見れば現在進められているダウンロード作業の進捗状況が映されている。そうか、あと30%くらいか。なげぇな。

 そんな少しずつ進んでいく進捗を、実際俺もだいもほとんど確認はしていない。

 時は金なり、情報は金。俺もだいもダウンロードの終了をワクワク待ってはいるものの、指を咥えてダウンロード画面を眺めているわけではないのだよ。

 じゃあ何を見ているのかというと、配信開始と同時に公式HPが公開した拡張データの内容をスマホでチェック中ってわけである。

 このタイミングで公開されることは事前に周知されていたことだが、ほんと、そこには新たな情報が目白押しだった。

 まず今回追加された新しいエリアは、これまでの海やら空やら山脈やらとは異なり、リアルでもありそうな雰囲気の平野エリアにあるらしい。そして中心となる街の名は、武の都ハーヴェルトとのこと。

 街の周辺はシンプルな平野エリアであるパダーノヴァ平原というエリアを中心に、ストーリーを進めると森林エリアにも到達出来るらしい。

 ちなみに恐ろしいことにこの周辺エリアではモンスターとの戦闘システムにPvPで使用される新システムが設定されているようで、一言で言えばTPSシステムと3Dアクションバトルの複合仕様になるようだ。

 つまりそこらへんのモンスターで慣れて、PvPのスキルを詰めと、そういうことなのだろう。

 まぁ元々向かってくる攻撃に盾を繰り出して攻撃を防いだり、格闘でカウンターしたり、刀で捌いたり、銃の照準を合わせたり、敵から離れて攻撃を避けたりと、一部にはアクション要素がないわけではなかったんだけど。とはいえ今回からは攻撃のタイミングを示していたターゲットマークがでなくなり、完全に任意のタイミングで攻撃が出来るようになるらしい。

 むしろこれまでのメニューから選択していた魔法使用やスキル使用が出来なくなり、戦闘中に使用できる魔法やスキルの数は事前に使用登録が必要で、専用のマクロを組んで登録したスキルや魔法を発動させる感じになるとのこと。しかも登録できる数には上限もある。

 さらに魔法やスキルの効果範囲等も今回のエリアにおいては変更があるようで、ほんともう、ここからは別ゲームという様相だ。

 そうなれば、これまでの技量が通用しないことも出てくるかもしれないが……条件は全員同じだからな。

 武器のスキルレベルとか装備の性能はしっかりと影響するってのも書いてあるから、これまでの取り組みが無駄になることはないだろう。

 俺もアクションゲームはそこまで苦手ってことはないし、いやぁほんと楽しみだ。

 とりあえず新しい街についたら、ストーリーの確認もあるけど、戦闘システムの確認からかな。

 そこはちゃんと確認しないと、大会までもそこまで期間があるわけじゃないんだし。


 とか、終わらないダウンロード画面の前でスマホを見ながら、そんなこんなを考えていると——


「コンフォルセからハーヴェルトまで、交易船で15万リブラだって」

「え、そんなんどこに書いてた?」

「船着場のNPCが言ってる」

「へー……って、え!? NPCが言ってるって……え、早ない!?」

「ふふん」

「もう終わったの!?」

「まだあんまり人いないよ」

「そりゃ今が1番アクセス集中するからみんな混線状態だろうって……いや、どんな豪運だよおい」

「スタートが早かった自身はあるよ」


 俺がまだ見ぬ土地にわくわくしているというのに、聞こえただいの声は弾んでいた。

 そしてその声がもたらした情報に俺は驚くが、だいが既に膨大な量のダウンロードとインストールが終わったことには正直かなりの驚きだ。

 現在時刻は0時36分。俺の進捗は現在73%までが完了中。

 もちろん我が家の回線は家庭用通信回線としてはベストなものを使ってるつもりだが、まさか我が家の回線が俺よりもだいに味方をするとは……ううむ。


「船便は10分に1本だって。次は……0時40分ね。じゃあ、先に行ってるね」

「え、待ってくれないの!?」

「危険がないか、先に見といてあげるね?」


 間違いない。これはだいも浮かれている。

 でもそれも、気持ちは分かる。


「あ、レイさんと、せみまるさんも船乗ってる」


 そうやってだいが知ってる名前を挙げていたが、そりゃそうだ。

 ほぼ全てのLAプレイヤーが今日を待っていたのだから、みんな我先にと、新天地を目指し出すだろう。


 そこに悔しさがないと言えば、嘘じゃないけれど——


「待ってろよっ。俺もすぐ追いつくからなっ」

「ん。情報集めとくね」


 俺は自分ではどうしようもできない通信速度を心の中で応援しながら、だいに俺もすぐ行くアピールをしてみせた。

 だいのPCからは、聞き慣れぬ音が聞こえ出すが、きっとこれが新エリアに向かう船の音なのだろう。

 聴くな、まだ聴くな俺……!


 新しいエリアは、自分の目で見たいから。

 俺は決してだいの方に目を向けず、自身のモニターに表示される進捗情報が、早く完了を告げるのをそわそわと待ちながら、新たな冒険の幕開けに思いを馳せるのだった。

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