第517話 ハロウィンシュガーナイトⅡ

「お腹すいた」

「ははっ、たしかにっ」


 見上げる天井、右腕に感じる重みと温もり、触れ合う素肌の感触。

 自分の中の狼モードが終了して、何も言わずただ寄り添って余韻に浸っていた中聞こえてきた声に、俺は思わず笑ってしまった。

 正直最近色々と溜まるようなことが多かったから、早々に狼的大人な展開になってしまったけど、本当なら先に夕飯でもよかったはずなのだ。

 でももちろんそこに後悔はない、というか、むしろ満足なんだけど——


「はむっ」

「おいこら、噛まない噛まないっ」


 そんな甘美な気持ちでいたところ訪れた、肩への甘い痛み。

 「お腹空いた」からって噛んでくるとか、やばい何この子、超可愛い。


「うちにカレー作ってあるからさ、ちゃっちゃっと洗濯物干して行こうぜ」

「うん、食べる」


 ほんと、まるで小さい子どもだな。

 そんな印象を抱かせるだいの反応に、俺はまた笑ってしまう。

 でもこの食欲に忠実な感じ、ああだいだなぁって、なんかもう安心するよ。


「じゃあ起きるぞ?」

「起こして?」

「はいはい」


 そして身体を起こそうとする俺に、自分のことも抱き起こすようにおねだりもしてきて、俺はお互いの肌を密着させながら、だいの細い首に腕を回し、ぐいっとその身体を持ち上げた。


「ふふんっ」


 持ち上げた身体は、すごく軽い。

 そんなことが楽しかったのか、身体を起こしてなお俺にくっついたままのだいは、ご機嫌そうににっこりしていた。

 その様子はまるでごろごろのどを鳴らすにゃんこを連想させて、可愛らしい。


 ……相当会いたかったんだろうなぁ。


 火曜から今日の土曜まで、4日間も会わなかったのは久々か。ここ最近の日々を思えば、水曜はご飯の日で会って、金土はうちに泊まるから一緒にいて、日曜も一緒にいるがデフォだったから、長く会わなくても月火の2日間くらいだったからな。

 今回はその倍。

 4日間会えなかったからって、なんだそれくらいと思うなかれ。普段よりも倍長く会えない日々が続いたって言われれば、すげー長く感じるじゃん?

 寂しがる期間が長かったせいか、過去最高の甘えたモードを炸裂させるだいに、俺も俺で愛しさが止まらない。

 ……ああそうか、つまり俺も寂しかったんだな。

 誰かといても、だいの代わりはいないんだ。

 

 そんな自覚もしたりしながら、俺とだいはお揃いの生まれた時の姿のまま、洗濯物を一緒に干してから着替えをして、いつもの荷物を持っただいと共に、再び夜の杉並区の街並みを歩き出すのだった。

 






 21時12分、だいを連れ立って我が家に到着したのは、既にだいぶ遅い時間になっていた。

 LAの中では、きっと既にみんなが集まっているのだろう。


「とりあえずご飯食べたら、一応みんなのとこに顔出すか?」

「うーん、今日はいいかな。お腹空いたし疲れたし、明日にする」

「了解。じゃあ欠席って連絡して、今日はとにかくゆっくり休むか」

「うん」


 その返事を聞いて、俺はスマホで【Teachers】のグループに二人欠席の連絡を送る。

 でもほんと、週始めから体力を奪われるイベントスタートだったもんな。だいは出発前日はゆっくり休んだとて、宿泊行事の大人はなかなか気が休まらないし、だいにとっては初めての宿泊を伴う引率だったからな、今日はゆっくり休ませよう。

 もちろん、楽しむところは楽しむけど。

 なんたって今日は、約束してたハロウィンだし。


「そういえば、何か衣装用意したの?」


 そして俺がだいを部屋で休ませながら、夕飯の準備をしつつちょうど今日という日のことを考えていると、背中越しになんともタイムリーな質問がやってきた。

 でもそれはまだ、教えない。


「お風呂上がりに用意しておくよ」

「え、一緒に入らないの?」


 で、俺は振り返らないでだいの質問に答えず、後でのお楽しみばりに返事をするや、だいからは俺の予想を超えた可愛すぎる反応が返ってきて、俺はまたしてもその可愛さにやられかけた。

 危ねぇ……! 振り返ってたら、にやけたのバレるとこだった……!


「一緒に入りたい?」

「うん」

「お、おう……っ。じゃあ、一緒に入って、俺が先に上がって準備しておくよ」

「ん、わかった」


 だいの愛おしい希望は本当に可愛すぎて、俺は平静を保つのに必死だったけど、とりあえずこれで風呂上がり後の流れも確定する。

 やばいねほんと、ビバハロウィン。


 そんなワクワクを抑えられないまま、俺はささっと夕飯の準備を済ませ、だいと仲良く我が家での時を過ごすのだった。







 22時32分、夕飯を食べ、先に風呂を上がった俺の準備は既に完了。

 ちなみに俺の着ている服は、ぶっちゃけ一回着たもののリバイバル。そう、文化祭で使った魔王という名目の、ドラキュラ衣装である。

 もちろん今日はノーメイク。前はほら、闇堕ちとかそんなことを言われてたから、今日は格好だけにしたわけである。そもそもあれは十河がいないとメイク作れないのもあるし。

 

 それに対してだいの衣装は、言うなればドラキュラに捧げられた可愛い生贄とでも言うのだろうか。

 正直だいなら何着ても可愛いのは分かるけど、だからこそ今回は、衣装の生地面積は少なめに、だいという素材を思いっきり活かす衣装を買ってみた。

 いやマジで、何を着てもらうか考えに考えて、値段も気にせずめっちゃ迷い続けたからね。

 総検索時間で言えば、おそらく5,6時間は使っただろう。

 ああほんと、この目にするのが楽しみだ。

 

 とまぁ、俺が完全無欠の浮かれ気分でいるところに——


「入っていい?」


 風呂側への扉を閉め、だいの準備を完全に俺の視界からシャットアウトした状態の中、ついにだいから声がかかる。

 その少し恥ずかしそうな気配を感じさせた声に俺はもちろん。


「いいよ」


 と、一声かけると——


「おお……!!」

「お腹と足出てるの、ちょっと恥ずかしいんだけど……」

「いや、やばい。可愛い。可愛いすぎてやばい!」

「もう……語彙力どこやったのよ?」

「いや、だって可愛すぎるだろってっ」

「そ、そうかな……」


 恥じらいに軽く頬を染めながら現れただいは、足首からふくらはぎ、手首、そして胸周りと腰回りを白くてふわふわなファー素材で着飾って、頭にも白くて可愛い長い耳をつけた状態でやってきた。

 逆に言えば、ふくらはぎから足の付け根近くまでの太ももと、手首以外の腕、お腹周りと肩周りは、白く透き通るような素肌をさらけ出している。

 そう、俺がだいに着てもらったのは、ふわふわが可愛い白うさぎ。バニーじゃなくて、白うさぎの衣装である。

 しかもあれだね、お風呂上がりなのに軽くメイクもしてくれてる。

 そんなのなくても可愛いけど、余計に可愛さが際立ってる。

 なんだこいつ、最強か……!


 そのあまりの可愛さに俺は思わず飛びかかりたくなる欲求をなんとか堪え、恥ずかしがるだいの姿をパシャパシャと写真に収めていく。

 それも最初こそ恥ずかしがっていたものの、だんだん慣れたのか諦めたのか、次第によく亜衣菜……じゃなくて、セシルが撮ってるポーズも取ってくれた。

 特に前屈みに胸の谷間を強調してきた写真なんか……ヤバいね、ちょっとこれは人には見せられない可愛さエロスです。

 

 そしてひとしきり写真を撮り終えたら、だいの甘えたい欲が抑えられなくなったようで、俺の方にぴったりとくっついてきてくれました。

 おいおいドラキュラにくっついてくるうさぎとか、食べてくださいって言ってるようなもんじゃんか。

 それはもうお望みのまま……なんだけど、しかしすごいなこれ、マジでファー素材ふわもこじゃん。奮発した甲斐あったなマジで。

 

 とまぁ、その後は俺とだいのツーショットコスプレ写真を撮ったり、脱がさないでもにょもにょしたり、ところどころ脱いでもにょもにょしたり、結局寝る時は何も着てなかったり……数戦に渡る何ともまぁ欲望と本能に身を委ねた時間を過ごして——


 終わり良ければ、それでよし。

 俺にとってもだいにとっても激動の1週間だったけど、こうして今が幸せなら、それでいいのだ。


 こうして俺たちは10月を終わらせ、11月を、待望の拡張データ配信の行われる11月を迎えるのだった。

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