第515話 その笑顔にはかなわない
まっすぐな瞳が、俺を捉えて離さない。
それはまるで一大決心をした言葉を告げられる前のようで、変な胸の高鳴りが止まらない。
でも、よもやまさか、そんなことはない、だろう。
……え、ないよな?
いや、ない。ないはずなのだ。
だって昨日、だいが怖くなくなったって言ってたし……となれば、何だ?
ひとしきりの高速思考の末、結局分からなかった俺は果たしてお願いとは何なのか、緊張の面持ちで亜衣菜の言葉を待つ。
だが亜衣菜もその言葉を発するのに、相応の覚悟が必要なのか、じっと俺を見つめたまま、実際では1分にも満たなくても、体感ではかなり長めの間が訪れた。
PCから聞こえるBGM以外この世から消えたのかと錯覚する静寂が、そこにはあった。
そんな時を経て——
「あのね……えっと、前もお願いはしたけど……さ」
前?
え、なんだ?
おずおずと切り出された言葉は、その部分だけでは全く分からない。
だから俺は続く言葉を待つ。
そして——
「やっぱりあたしを仲間に入れて欲しいのっ」
…………ん?
やっぱり? 仲間?
「は?」
「だからっ、前にも話したけど、来月から始まるPvP、りんりんと菜月ちゃんの3人でパーティ組みたいのっ!」
「……は?」
待っても分からぬ、全く持って欠片も想像しなかったその言葉に、俺は完全に虚をつかれた。
そんな俺を、亜衣菜が懇願するようにじっと見つめてくる。
そんな瞳に対し、俺は2度の
いや、そもそも整理する必要性もない言葉だったのだが——
「3人パーティって、俺たちで?」
亜衣菜から言われた言葉を、俺は自分に言い聞かせるように反芻した。
「うん」
そんな俺に、変わらず真剣な眼差しの亜衣菜が頷く。
「俺と、だいと、亜衣菜」
よくよく考えたら、これも同じことを繰り返しただけだったけど、亜衣菜は律儀に。
「うん」
と、また頷いた。
そしてここで俺は本格的に思考し、思い出し——
「あ」
その言葉の意味が、ようやく分かったわけである。
たしかに亜衣菜の提案は8月の末、亜衣菜の家でPvPのシステムについて聞いた時に、こいつから申し込まれていたものだった。
11月から始まるPvP、そして12月から始まるという大会で、俺とだいと亜衣菜でパーティを組む。そんなお願い。
そのお願いを思い出し、俺は続いてまだ見ぬPvPに思いを馳せる。
あの時はトリプルガンナーとか言ってたけど、みんなのメインスキルを考えれば編成はガンナー・ロバー・ガンナー。とは言えそれもトリプルガンナー同様、完全無比なるノーヒーラーの脳筋編成だ。
でも亜衣菜は大半の武器をスキルキャップ近くまで育てているわけだし、色んな役割を担えるか? ……いや、コラムの仕事もあるんだし、新コンテンツでこいつがガンナーをやらないわけがない。
でも俺だってそこは譲れない。
となると、ガンナーは二人? いや、仕様がわからないからどうなるか分かんないけど、亜衣菜が出ようと言った大会は
考え出せば、亜衣菜の提案は大会の勝算へ繋がらない結論しか浮かばない。
でも——
目の前の、緊張した面持ちを浮かべる表情に、思うところはあった。
いや、違う。
本当は思い出した瞬間から、俺の胸の内に答えはあったのだ。
だから——
「ルチアーノさんの許可は……亜衣菜が言ってきたあの日に出てたっけな」
「あ、覚えててくれたんだ……」
「まぁな。それにあの時は、だいも構わないっつってたっけ」
「う、うん……今はまだ、わからないけど……」
「いや、だいがダメなんて言わねーだろ」
「だといいけど……」
「むしろ俺が反対したら悲しむんじゃねーか? ま、そんなことしねーけどさ」
「うん……え?」
まだ俺たちの目の前にないものについて、あれこれ戦略を考えてもしょうがない。
そもそも、さ。
「好きでやってるゲームだし、楽しめるメンバーでやるのが一番だよな」
勝率とか勝算とか、戦いなら勝てるに越したことはないけど、俺たちがやってるのは
勝つのは楽しむための一つの手段だが、目的は楽しむことそのものだ。
手段が目的の上に来るのは、違うだろ?
勝てなそうなら、勝てる道を探せばいい。
そこに楽しさは詰まってる。
これまでも俺はそうやってきたじゃないか。
「いいぜ、組もう。3分の2がガンナーだろうがトリプルガンナーだろうが、面白そうじゃん」
そう言って俺は亜衣菜に向けてニッと笑ってみせる。
そんな俺の表情に、目の前の美人の顔にパッと綺麗な花が咲く。
それは、悪い気のしないものだった。
「りんりんありがとっ! 好きっ」
「おおうっ!?」
しかし喜ぶ本人はこんなことで感極まったのか、大袈裟な言葉と共に立ち上がって俺に抱きついてきて、俺は危うくバランスを崩して椅子ごと転倒しかけたが、そこは何とか堪えてみせた。
でもまぁ……この笑顔を前に、「あぶねーだろ」と怒ったりするのも馬鹿馬鹿しい。
すっかりまたりんりん呼びに戻ってるなーとかも思うけど、嬉しい時は嬉しいし、誰かが喜んでるのは、いいものだ。
みんな仲良く。
子どもが大人に言われるようなことだけど、やっぱりこれが一番大事だと思う。
「いっちょ俺らで優勝すっか」
「うんっ」
あー、ぶんぶんと振ってる尻尾がよく見える。
そんな俺にくっついてくるやつの頭をポンポンと撫でながら、俺は改めて自分の信念を確かにするのだった。
☆
23時過ぎ。
「じゃ、俺風呂入ってくるから、ジャックにも報告しときな」
「うん、ありがとっ。行ってらっしゃいっ」
【Teachers】の活動を終えて、俺は椅子から立ち上がり、先に風呂を済ませた亜衣菜とその場所を交換した。
そして代わって椅子に座り、嬉しそうにコントローラーを操作したりキーボードを打ったりする亜衣菜を見て、ほっこりした気持ちが湧き上がる。
亜衣菜のトリオの提案に了承した後、俺は【Teachers】の活動日に勤しんだわけだが、俺がやってる横で亜衣菜は終始楽しそうだった。
そういえば、付き合ってた頃のLAのサービス開始時期なんかは、俺を後ろから抱きしめながら肩に顎を乗せて俺の画面を見ることもあったっけ。
まぁもちろん流石に今はそんな甘え方はしなかったけど、それでもモニター越しに見る
ちなみに今日はだいとあーすと嫁キングがお休みで、リダ・俺・ゆきむら・ゆめ・ロキロキ・真実の6人で、真実の実力試しと称してキングサウルス討伐に行き、大和とぴょんとジャックがこの前取れなかった魂取りに行っていた。
キングサウルス班の俺たちは時間とHPがギリギリになりながらも真実が頑張り、最後は火力に物を言わせて押し切って勝利し、大和たちも無事に戦果を上げていた。
戦闘が始まってからは、亜衣菜は俺の動きをメインに見てたっぽいけど、時折「なるほど」とか言ってたから、一応師匠としての面目は保てたのではなかろうか。
あ、師匠といえば、もうすっかりそう呼ばれなくなってきているけれど、その言葉は亜衣菜が俺とだいと組む理由に使うらしい。曰く「師匠から学ぶ」ための編成ということで周囲には説明していくつもりとのこと。
もちろん最初はいつぞや同様一部の心無いメッセージもあるかもしれないが、一部ネット界隈で俺が亜衣菜の師匠説が広まってくれてるのを利用して、それを事実として押し出していく方向にもさっき亜衣菜と話はつけた。
もちろんこれで亜衣菜の人気がまた落ちる危険性は否めない。でも、そこはコラムや写真で挽回してみせると、強い覚悟を見せていた。
甘い考えの部分もあるかもしれないが、結果を出せれば大半のプレイヤーは納得するだろうし、結果が出なければむしろ叩かれるのは俺かもしれない。
そんな状況がかえって俺のやる気に繋がったのは、俺の胸の内だけの秘密である。
やるからには、本気で楽しんでやるからな。
ああ、拡張データの配信が待ち遠しい。
そんなことを思いながら、ここ数日の嵐のような出来事が収まっていくのを感じながら、俺はのんびり風呂に入るのだった。
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