第17章
第508話 勇気の結果は
10月26日月曜日、午後6時37分。
「あー……」
陽が落ちて暗くなった帰り道。
そんな道すがらの、我が家が見えてきた辺りで俺は思わず苦笑い。
その目的地が、明るい光を灯していたから。
今朝俺が出勤した時に全ての電気は消灯した、にも関わらず、今我が家の電気が点いている。
もちろん普段なら消し忘れかなーとか、だいがうちに来てるのかなって思うところなんだけど、今日ばかりはそうではない。
我が家の鍵は、管理会社の持っている鍵を除けばこの世に3つ。その持ち主は、1つは当然家主の俺。1つは何かあった時用に実家の家族。そして残る1つは普段ならだいが持ってるけど、それが今は故あって亜衣菜に渡っている。
つまりここから分かる通り、今我が家に電気が点いているのは、亜衣菜が戻ってきたからに他ならないのだ。
しかも残念なことに、今に至るまで亜衣菜から俺への連絡なし。
ってことは、あんなにいい顔して出かけたのに、目的の相手に会えず、我が家に帰れず、だったということだろう。
「ま、しゃーないか」
そう一人呟いて、俺は帰りがけに買った、食材の入った袋や、ちょっとお高めのアイスの入った袋を左手に持ちながら、亜衣菜がいるであろう我が家に向かったのだった。
☆
「ただいま」
「あ、お邪魔してまーす」
午後6時40分、玄関を開けてすぐ予想通りに女物の靴があったので、俺は普段はだいが言わない限り言わない
それに予定調和のように部屋の方から返事はあったが、意外にも返ってきた言葉が思っていた言葉じゃなかったのは、何というか正直意外。
そんなことを思いながら俺が食材をキッチンの辺りに置き、買ってきたアイスを冷凍庫へしまおうとしていると——
「えっ! アイスっ」
「むっ、バレたか」
「しかも
ひょこっと部屋から顔を出し、めざとくも俺が持っていたアイスに亜衣菜が気付く。
その目線は完全に俺の手元をロックオンしていて——
「何個買ってきたのっ?」
尋ねてきた声は、明らかに期待を込めたものだった。
「何個だと思う?」
そんな期待を込めた声を出されれば、軽く意地悪したくなるのが人の
そんな俺の答えに、亜衣菜は「むむっ」とじっと袋を見つめてきたが——
「3個あるから、安心しろって」
そんな様子がおかしくて、俺は笑いながらそう言うと、亜衣菜は分かりやすく嬉しそうな顔を浮かべていた。
その様子はまるで飼い犬。
ちょっとだけ昔飼ってた犬におやつをあげる時を思い出したのは秘密である。
「しかし会えなかったみたいで、残念だったな」
「だねー。2時間くらい家の前で待ったり、お昼頃にも行ったり、おやつ時にも行ってみたけどダメだったよー」
「めっちゃ粘ったなー」
「いやぁ、人少なめの時間だったとはいえ、この格好でアキバうろつくのはちょっとドキドキだったぜ」
「あー、逆に目立つか? ちょっと考えが甘かったな。悪い」
「いやいや、あたしが蒔いた種だもん。気にしないでよ」
そして、すっかり暗い様子のなくなった亜衣菜から今日の経過が伝えられたが、その話からは何とか山下さんに会おうとした努力が伺えた。
ちなみに亜衣菜が夕方前に撤収してきてるのは、夕方を過ぎると人も増えるため、山下さんに会えなかった時に変なやつに絡まれるのを避けるためだ。もちろん夜まで待てば山下さんに会える確率も上がるだろうが、その分のリスクも増える。それを考えての時間配分ってわけである。
しかもほら、今日亜衣菜が着てたのは来た時に履いていた部屋着のようなズボンと俺のロンTで、あまりにもラフすぎて変に目立ちかねなかったのだ。一応マスクと俺のキャップも貸してやったけど、やはり格好のアンバランスは否めない。
今日のところは、LA内で連絡取る作戦に変更だ。
そんな話をしながら俺が部屋に戻ると亜衣菜もついてきたのだが、俺はそこでテーブルの上に置かれた紙があることに気がついた。
「あ、今日の経費はちゃんと後で精算するからね。領収書置いといたっ」
そんな俺の視線に気づいたのか、亜衣菜がその紙について教えてくれた。
レシートではなく、領収書。
宛名が武田亜衣菜様で、但し書きにはご飲食代として、と書いている。
……いや、これを俺に出すの?
そんなことを思って思わず笑いそうになったが、ここで笑ったら頑張ろうとした亜衣菜に悪いと思い、俺は精一杯教員メンタルを発揮して——
「……立派になったなっ」
ニコッと笑ってそう言ってやった。
「えへへ……って、ほんとに褒めてる?」
すると最初は褒められて嬉しそうにしていた亜衣菜だったが、途中で俺の表情に何かを思ったのか、首をかしげてきたりしたけれど——
「褒めてる褒めてる」
「ほんとかー?」
そんな疑問はパワーで突破した。
でもまぁ、こうやって頑張ってもらったけど、結局はあれか、こっからはプランXか。
「じゃ、だいに連絡しとくわ」
今日亜衣菜が山下さんに会えなかった場合の対応は決まっている。
ということで俺はスマホをポチポチしてだいにメッセージを送信、と。
「ん、ありがとね」
「おう。じゃ、とりあえず着替えてカレー作るから、キッチンで野菜の皮剥きよろ」
そして昼頃に今日は定時より遅いかも、と連絡が来ていたこともあり、今日の夕飯担当は俺。
その役目を果たすため亜衣菜に指示を出すと。
「……一個だけリクエストよい?」
「ん?」
何故かやたらともじもじした様子で、亜衣菜がこちらを向いていた。
その様子は正直見たことがない姿だったので、単純に俺が疑問に思って首をかしげると——
「ネクタイ外すとこだけ、見たいなーって」
「は?」
「ほら、男の人がネクタイ緩めるとこってけっこうカッコいいじゃん?」
「いや、それが何だって——」
正直わけの分からないことを言われた、そう思ったのだが、たしかに思い返せば、クールビズをやめた今月くらいから、だいも俺の着替えるところをやたらと見ていた記憶がある。
……え、まさかあいつもそういうこと?
「まぁ、何でもいいや」
そんなちょっと想像するところがあったので、もういいやと俺は慣れた手つきでいつも通りネクタイを緩め、外してみる。
その光景を「おおっ」と言いながら眺めるやや興奮したの様子の亜衣菜さん。
いや、正直そんな風に見るようなもんじゃないも思うんだけど……。
「うんうん、スーツのりんりん、じゃないや、師匠がカッコいいって前に菜月ちゃん言ってたけど、分かる気がしたよー」
「……お前とだいのそういう会話の記憶は、俺に伝えなくていい」
面と向かってカッコいいと言われるのは、恥ずかしい。
とまぁ、そんな何と表現すればいいのやらというやりとりを亜衣菜としたりしながら、俺は亜衣菜と分業でカレー作りをしながら、だいの到着を待つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます