第498話 今と昔は違う君
「ドライヤーどこー?」
「なんでバスタオルしか巻いてねーんだよっ」
「ふぇ? だって先に服着たら、髪当たって服濡れちゃうじゃん?」
「そんな長さねーだろっ」
「はっ! たしかにっ」
……はぁ。
少し前まで浮かべていたセンチメンタルな表情はどこへやら。風呂に入ってさっぱりしたからか、慣れないショートヘアを照れ笑いを浮かべながらいじる亜衣菜が全開の天然を披露してくれて、そんなこいつに俺は大きくため息をついた。
だが、たしかに言われてもみれば、亜衣菜がそういう行動パターンを持っていたのを、俺は知っていた。
だいが先に服を着る派だからこそ忘れていたが、俺の記憶の中の亜衣菜はたしかにこの順番で風呂上がりのルーティーンを行っていた。
つまりまぁ、俺が乾かしてあげてた時もこの姿だったってことなんだけど、今はそれはどうでもいいか。
「ほれ、ドライヤー」
そんなこいつに棚からドライヤーを取って渡す。
その行動に、思い出が蘇ったのは俺の脳で、いつもこのタイミングで「乾かしてー」って甘えられてたなぁとか、そんなことを思ってしまったんだけど——
「おー、そんなとこにあったのかっ。ありがとねっ」
軽やかな笑顔を浮かべて、亜衣菜は両手で俺からドライヤーを受け取った。
ただそれだけの、何の変哲もない至って普通な行動なのに、昔と今の違いを感じたのは俺だけだったのだろうか。
とか、そんなことを思ったのは亜衣菜が手を伸ばしてきた一瞬だけで——
「ちょっ!?」
「にゃっ!?」
バスタオルを押さえていた手も使ってドライヤーを受け取ったりしたら何が起こるかなんて、馬鹿でも分かるのに——
はらっと床に落ちたバスタオルが、隠していたものを曝け出し……小柄で華奢な身体には重いのではないかと思えてしまう昔よりも立派になった気がする二つのお山やら、見てはいけないゾーンやらが露わになる。
その出現があるや否や、刹那の間合いで俺は亜衣菜に背を向けた、のだが——
「見たっ!?」
「見てない!」
「えっちっ!」
「だから見てないって!」
「もう若くない身体なの恥ずかしいんだから、ダメっ!」
「いやそんな大して年取ったりなんかしてなかったと思——」
「やっぱり見てたじゃんっ!」
「は、計ったな!?」
「乙女の敵めっ! あっちいけーっ」
「わかったわかったってっ」
見事に亜衣菜の誘導尋問に引っかかった俺は、甲高い可愛いらしい声でキーキー言ってくる亜衣菜の声を背中で受けながら、強制退出を余儀なくされる。
いや、ここ俺んちなのに強制退出って何だよって思うけど、今ばかりはやむを得ん。
俺はささっと部屋側に退散して、おそらく顔を赤くして怒っているだろう亜衣菜の前から姿を消してやった。
「……何が若くない身体だよ……っ」
そして部屋に戻ってすぐ、亜衣菜のテリトリーとの境界線となる扉に寄りかかるように座り込むと、扉越しにドライヤーの音が聞こえてきた気がした。
普段ならドライヤーの音はかなりの大きさを発するはずなのに、今は俺の耳にその音があまり響かない。
何故かって言ったら、理由は一つ。
本当に一瞬しか見なかったのに、俺の脳裏に鮮烈に脳裏に焼き付いた姿があったから。
その姿を思い出してしまい、俺は扉によりかかったまま動けなくなった。
顔が熱い。そんな熱くなった顔を誰に対してというわけでもなく隠すように両手で覆うも、両手にその熱が伝わるのが止まらない。
亜衣菜は若くないから恥ずかしいと言っていたが、そもそもどの口がそれを言っているというのか?
月刊MMOの表紙やら特集で水着姿も披露してきてるくせに、今夏だってそんな表紙を飾ってたくせに、何が若くないから恥ずかしいのだというのだろう?
どう考えたって、見せる身体に仕上げてる今の方が恥ずかしくないだろ……!
メリハリある身体っていうのは、ああいうことを言うんだと理解した。
だいだって運動部顧問として引き締まった身体はしているし、スタイルもすごくいいけれど、それは一般人としてのレベルであり、意図して体型を維持している亜衣菜とは質が違う。
むしろ可愛い系の顔立ちでふわふわしている亜衣菜だからこそ、その体型のインパクトは強かった。
そんな身体の奴が、きっと今扉の向こうで何も着ないで髪を乾かしているのだろう。
そんな異常な状況を想像してしまって、俺の俺が反応する。
鎮めようと思っても鎮まらないその反応が、余計に体温を上げてくる。自分の鼓動が速まっているのも、はっきりと自覚ができたほどだ。
落ち着け俺……!
世界平和! 世界平和について考えろ……!
鎮まりたまえ俺……!
そんな風に自分と戦っていると——
「やー、短いと乾くの早いなーって、あり?」
気づけばドライヤーの音は止まっていて、その少し後、さっき俺を追い出した奴とは思えないほど弾んだ声が聞こえてきて、俺の背中に力が加わり、誰かがドアを開けようとしたのが伝わった。
「んーっ、とわっ」
そしてさらに加わってきた力と声に、俺は慌てて立ち上がるが、慌て過ぎて上手く立てず、そのまま前のめりに手をついて床を進み、何とか180度回転して、両手も尻もついたまま、バッと開かれた扉から現れた奴に視線を向ける。
「ほえ?」
そこには小柄な身体には明らかにオーバーサイズな、ギリギリ股下まで隠してしまっているTシャツと、膝丈ほどのハーフパンツをはいた、活発そうなベリーショートの美女がいた。
そのいわゆる彼シャツ的な格好は、正直さらに男心をくすぐった。
そんな俺の内心とは裏腹に、その顔は相変わらずあどけなさを宿していて、焦った様子をしているだろう俺を不思議そうに見下ろしている。
「バスタオルどうすればいいって聞こうと思ったんだけど」
そんな彼女が手にバスタオルを持ったまま、座り込む俺の顔を見下ろしながら口を開き——
「りんりんなにしてん、のー……」
何故か亜衣菜の語尾が、段々消えていく。
そこで俺は気づいた。
いや、気づいてしまったのだ。
そう、段々とその頬に紅色を生んでいく亜衣菜の視線は、床に座り込んだ俺の顔よりも明らかに、下腹部側に向けられていたのである。
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