第497話 古い記憶は当てにならない

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『あれ?お兄様珍しいっすね!』

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『お忍びっすか??w』


 慣れた動作で起動したPCで何をするかったら、そんなのは当然一択だ。

 そんな作業の末、普段いることのない時間にログインするや、もしかしたら隣の家にいるのかもしれない風見さんから個別チャットがやってきた上に、何とも怪しい内容が書いていて俺は正直びっくりした。


〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『お忍びってなんだお忍びって』

〈Hideyoshi〉『てへ☆』


 嘘みたいな現実だが、今俺のいる部屋からキッチン側への扉を隔てた向こうにある風呂には、LAプレーヤーならば知らぬ者のいない亜衣菜〈Cecil〉の中の人がいる。

 風見さんのチャット内容からこの状況がバレたのかと一瞬焦りもしたが、どうやらそれはないようで、俺は密かに安堵する。

 そりゃな、普通にそんな予想できるはずがないし、さしもの風見さんも気付けるわけないよな。


〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『寝付けないからさ、ちょっとアイテム整理でもと思って』

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『えー、残念!あたしがクズんちいたら添い寝しに行ってあげたのに!』

〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『頼まねぇよ!』

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『照れなくてもいいのにーw』


 そしてホッとしている俺と風見さんの間にこんなやりとりが生まれて、俺はさらに安堵する。この会話の中の発言はつまり、彼女が今隣の家にいないことに他ならない。

 いや、別に亜衣菜がいるからって何もないんだが、もし家を出るタイミングとかで見つかって、変なこと思われたりしたら面倒じゃん?

 そういう意味での安堵だぞ!


〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『しかしこんな時間もインしてんのか』

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『そりゃそーっすよ、まだ魂取れてないんすから』

〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『あー。アーチャーなー・・・』

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『ガンナーだけずるいっすよ!』

〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『いや、そんなん俺に言われても』

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『なんかアドバイスプリーズ!』

〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『あー・・・このまえうちのあーすが弱くて時間切れなったけど、強いアーチャーならガンナー編成のアタッカー枠いけると思うんだよな』

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『でもうちのギルド、強いガンナーもロバーもいないんすもーん』

〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『あー・・・』


 そしてなんだかんだ時間潰しに風見さんと話をしてみたわけだが、今週実装されたコンテンツは、実力あるアーチャーの風見さんをもってしても未勝利状態らしい。

 たしかに実装から数日経ち情報が丸裸になりつつあるのに、アーチャー入り編成での攻略成功については話を聞いたことがない。

 とはいえ、タイムアップになりはしたが、昨日俺とロキロキが考えたアーチャーあーす入り編成は決して悪くはなかったと思うので、それを教えてあげようとしたのだが、ガンナーとロバーを前提とする編成だったので、どうやらそれも難しいようだ。

 たしかに俺が考えた、LACにも掲載されてるガンナー編成の攻略はガンナーがキングサウルスの落とす銃を持っていて、ロバーもかなり腕が立つことが求められている。

 LA内でアイテムドロップ率を引き上げるロバーはスキルを上げてる人口が多いだろうから何とかなるにしても、ガンナーとなるとやはりそう簡単に人材確保は出来ないことが多いだろう。

 

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『菜月とセットで手伝ってくださいよー』

〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『タイミング合えば手伝うよ』

〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『約束っすよ!』

〈Zero〉>〈Hideyoshi〉『はいはい』


 ということで、そんな不遇な境遇にあるアーチャーに手を差し伸べる約束をしつつ、俺は他にも知り合いから話しかけられる可能性のある〈Zero〉をログアウトさせ、別アカウントを起動し、今度は〈Nkroze〉でのログインを行なった。

 いつぞや〈Nkroze〉で知らず知らず市原や国見さんと遊んでいたことが発覚して以来、あまりインしてこなかったのだが、この時間ならあいつらがいるはずもないからな。

 そんなことを思いつつ、俺は久々の〈Nkroze〉をマジマジと眺めたが……うん、やっぱり可愛い。

 着せている白銀の鎧と黒髪の組み合わせも素晴らしいし、その凛々しく美しい顔は、愛しの人を彷彿とさせて見ているだけで癒される。

 いやぁ、我ながらいいキャラメイクしたもんだ。


 そんな風に愛娘にも似た感覚を覚える自キャラを眺めていると、扉の向こうからガタっと音が聞こえ、誰かが風呂の扉を開けるのが伝わった。

 それと同時に俺の中に一気に緊張が高まった。

 決して俺から開けることはないが、扉一枚隔てた先には風呂上がりの亜衣菜がいる。

 その姿を想像しないように俺は目の前のモニターに映る〈Nkroze〉をプレイヤーハウスの中で後衛職のローブやイベント装備だった着ぐるみなんかの色んな装備に無駄に着替えさせたりして時間を過ごす。

 だが意識しないようにすればするほど、かえって意識してしまう自分を抑えられないのは、どうしてか。

 一緒に風呂に入ったのとかもう何年前……いやいやいや! だから変なこと思い出そうとするな俺!

 むしろあれじゃん、亜衣菜+風呂の組み合わせで一番印象残ってるのは、一刻も早くLAに戻りたかった亜衣菜が、俺に髪を乾かしてと言ってきたことだろうって。

 いやぁ、今考えると俺よく尽くしてたな……。コントローラーを握る亜衣菜のためにご飯の準備して、洗い物して、洗濯して、髪を乾かして……。

 思い出せば思い出すほど、亜衣菜がLAにどれほどのめり込んでいたのかと、俺が甲斐甲斐しく尽くしてきた記憶が蘇る。

 そしてそれと同時に、さっきまで胸に湧き上がっていたはずのドキドキ感が姿を消していた。

 

 うん、そうだよ。今更風呂上がりのあいつなんて珍しくもなんともねぇ。

 むしろ今ならノーリアクションで会話出来る気もするね!

 

 そして蓋をしようとしても溢れてきたしまった記憶が、かえって俺の気持ちを武装してくれたような、そんな心地になった時——


「りんりーん、ドライヤーどこー?」


 おあつらえ向きに、防御値を上昇させたばかりの俺を呼ぶ声が扉の向こうから聞こえてくる。


「洗面台の横の棚にあるだろ?」

「えー、どこー?」

「横の棚の上の方」

「むー?」

「普通にあるって」

「わかんないよー」

「ったく……そっち行っても平気か?」

「うん、だいじょぶー」


 そしてあの頃と変わらず生活力のなさそうな声に呆れた俺は、既に服を着ていることの確認を取ってから立ち上がり、俺と亜衣菜を隔てていた扉をガラっと開けて、洗面台の方に視線を送って——


「っ!?」


 固まった。


「ほえ?」


 そんな俺の姿に、透き通るように白い肌をした、風呂上がりのせいか頬を紅潮させ、短くなったとはいえ、濡れた髪が幼さを激増させている可愛らしい女の子が首をかしげる。

 そして俺は自分の過失に気付く。

 

 俺が聞いたのは、こちら側に来てもいいかという確認だけで、それが服を着た姿だというのは、俺の考えに過ぎなかったことに。


 ええ、もうお分かりだろう。

 俺が置いた着替えは、俺が置いた場所にそのままだ。

 そう、俺の顔を不思議そうに見つめる亜衣菜はバスタオルを巻いただけの姿で、こちらを見ていたのだった。

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