第495話 二度あることは三度あ……ってたまるかと言えない僕
「とりあえず、落ち着いて話せよ」
湯気が立つ紅茶の入ったマグカップをテーブルに置き、俺はPCデスクの椅子に腰掛けながら、1.5メートルほどの距離を置いた先で座椅子に膝を抱えて座り込む、実年齢より明らかに幼く見える美人に声をかけた。
ついさっきまでは完全に寝ぼけていたのに、予想外、理解不能、そんなことを受け入れるために脳はすっかり目覚めている。
現在時刻は午前3時12分。苦笑いしたくなる時間だが……これはもう、明日は覚悟を決めるしかないだろう。
しかしまぁ、この家そんな深夜に訪ねやすいのかね?
最早そんなことも考え出していると——
「……ごめんね、こんな時間に」
俺が置いたマグカップを両手で持ちはしたものの、口をつけることなく、近くに座る女性が謝罪の言葉を口にした。
視線は俯いていて、俺の顔は見ていない。
だがそんな彼女を俯瞰的に眺めるだけでも、やはりこの女性、武田亜衣菜が美人だというのははっきりと痛感させられる。
もちろん俺の記憶が1番強い学生の頃と比べたら多少は年を重ねているのだけれど、それでも北の大地が生んだ透き通るように白くて綺麗な肌と、大きくて綺麗な黒瞳を宿した猫目を筆頭に、全てのパーツが【可愛い】のために集まっているのは変わらない。その顔立ちは、憔悴した様子の今でもやはり、可愛いのだ。
全てのパーツが【美しさ】の下に整っているだいとは系統が違うが、それでも彼女も美人と称されるのを誰も否定しないだろう。
「ホントだよ」
亜衣菜の見た目に密かに色々思いながら彼女を眺めつつ、俺は渡された「ごめん」という言葉に対して、相手の非に同意した。
普通こういう場面は、社交辞令的に「そんなことないよ」って言ってあげるのが優しさなんだろうが、たぶん今はそんな気遣いをする場面じゃないから。
そんな俺の予想通りに、俺の言葉を受けても彼女は驚きも悲しみもしない……というか、むしろその答えが分かっていたように顔を上げて——
「言うと思った」
と、弱々しい笑みを浮かべながらそう言ってきた。
明らかに部屋着で、化粧もしていない、違和感ある姿であっても、その笑みはやはり……可愛かった。
「でもさ、普通こういう時って、気を遣って優しくしてくれる場面じゃないの?」
一度笑えたからだろう、少しだけ落ち着いた様子になったのが、この発言で伝わった。
だから——
「こんな時間だぞ? 誰だって迷惑だろうが」
「りんりんでも?」
「人のこと何だと思ってんだよ?」
「優しさの
「いやそれ中古の安売りじゃねぇかおい? マジで人のことなんだと……っつーか、そもそもさ、今、優しくされたかったのか?」
「……ううん。さすがだね。……ありがと、りんりん」
「ん」
俺はなるべく彼女の気が楽になるように、気を遣ってないように見えるよう気を遣って亜衣菜と話した。
その甲斐あってと言っていいのかは分からないが、来た時より明らかに落ち着いた様子になったのが伝わった。
もちろん元気そう、という風にはまだ見えない。
基本明るくて元気で周囲を振り回すという強力なアタッカー属性の亜衣菜なのに、今はそれが姿を消している。
なんで気落ちしてたのかとか、そもそもこんな時間にどうして現れたのかとか、聞きたいことは色々あった。
だけど、明らかにそれより先に触れた方がよさそうな、俺としても聞きたいことがあったから、今度は俺から話題を振る。
「つかさ、ドア開けた時、最初マジで誰か分かんなかったぞ?」
「えー? あたしの名前呼んでくれてたじゃんっ」
「むしろ見た目情報に脳が誤作動起こしたんだっつーの」
「あー……そんなに変わった?」
「変わりすぎだろ」
「そう?」
「いや、マジで
「えー、ド◯キー可愛いじゃん?」
「いや今はそこじゃねぇだろっ」
こんな会話からも分かるだろうが、俺が聞きたいこととは、見た目のこと。
だんだんといつも通りな様子を見せてきた彼女が、おそらくこの世界でたった一人の俺のことを「りんりん」と呼ぶ存在が、俺の記憶と大きく異なる見た目をしていたのだから。
その驚きに、さっき名前を呼び合って、玄関の扉を開けた直後、俺は数秒間言葉を失ったほどなのだ。
「似合って、ないかな?」
「あー……どうだろうな。まだ俺には違和感バリバリで似合う似合わないの判断がつかん」
「むぅ……そこは嘘でも似合ってるって言うもんじゃないのー?」
「嘘で喜ぶ女じゃないだろ、亜衣菜は」
「それは……そうかも」
その姿にようやく見慣れてきたからこそ今こうして普通に話しているが、やはりまだ慣れない部分は当然ある。
なんたって、髪がないのだ。
いや、ないって言うと物凄い語弊があるのだが、元々肩まで余裕で届くくらいあったはずの茶髪が、今はもみあげを刈り上げてるのが分かるほどに短くなっているのだ。
ぴょんより短く、ロキロキと同じくらいのベリーショート。一ヶ月前と比べてそれくらいバッサリと、彼女は髪を切っていたのだ。
しかも今までは前髪で隠れることが多かった額もほぼ全部見える状態になっていて、髪型という点で幼さが少し減っている。
もちろん顔つき自体の幼さは変わったりはしないけど。
「いつ切ったんだ?」
「今日……じゃなくて、もう昨日か」
「めっちゃ最近じゃん。で、なんでそんなバッサリいったんだ?」
「んー、失恋したから?」
「いや、それは昨日今日の話じゃねーだろ」
「あ。ひどいなー、振った側のくせにー」
「振った側に気遣われる方が気まずいだろうが」
「それはたしかに」
「それで? これから寒くなるんだから、そんなばっさり切る時期でもなかったろ?」
「んー? まぁそだねー。色々重なって、疲れちゃったから、軽くなりたいなーって思った感じかな?」
「いや疑問系で聞かれてもわかんねーし」
「いいよ別に分かんなくて。りんりんはりんりんなんだもん」
「いや、それも意味わかんねーけど」
「色々あるの。それだけだよ」
「はぁ……」
そんな髪型の大幅な変更理由は、結局俺には分からなかった。
何かしらのメンタルダメージのせいなのだろうが、その原因が何かは謎のまま。
……少なくとも切ったのが今日なら、失恋のダメージってのは違うんだろうけど。だってほら、夏にこいつ、これでもかってくらい泣いてたじゃん? あそこで明確に失恋はしたわけだし、うん。
とはいえ、深掘りするのも余計なお世話だろうし、亜衣菜のことだ、聞いて欲しくなったら向こうから話してくるだろう。
となると、か。
「それじゃ、そろそろ本題に入っていいか?」
ちらっと時計を確認すれば、うわ、3時半回ってる。
そんな時間に、物凄く髪が短くなった状態で急に現れ、現在我が家の座椅子に座って俺の方に視線を送ってくる元カノと目を合わせながら、俺は右手を上げて声をかけた。
「なーに?」
そんな俺に、こいつはきょとんとした顔をしながら、あざとくも可愛らしく首を傾げてきたのだが、そんな亜衣菜に可愛いとは思っても、それを俺は顔に出したりなんかしない。
心の中に浮かぶ「可愛い」の思いを抑え込んで、俺は問う。
ここからが本題。
むしろこの問いをここまで抑えた俺を褒めて欲しい。
そう、その問いとは——
「で、こんな時間に、何しにきたの?」
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