第491話 流れない時間はない

〈Cecil〉『ゼロさんと知り合いの理由ー?』

〈Cecil〉『んーとね』


 穏やかに和やかに、そんな空気の中に投下された言葉俺にとっての爆弾

 その爆弾処理がどのように為されるのか、手に汗をかくのを自覚しながら、俺はあいつの発言を待っていた。

 いや、俺だけじゃなく、きっとみんなが〈Cecil〉の発する答えを待っていた。

 なんて言うか変な言い方なるけど、アイドルにスクープが発覚した後の記者会見みたいな、薄暗い洞穴の中がそんな状況に変化しているような、そんな心地である。

 そして——


〈Cecil〉『私にガンナーの楽しさを教えてくれた人で』

〈Cecil〉ガンナーを始めるきっかけになった人、かなー』

〈Yamuimo〉『あ、そんな古い知り合いなんだ!』


 現れたログから、いもが俺とセシルの関係が古いものだと判断したのが伝わった。

 もちろんそれは間違ってない、事実であるが……俺はその発言から、何故セシルが俺にガンナーの楽しさを教えてもらうに至ったのか、その経緯についての質問が派生することを恐れた。


 のだが——


〈Exelile〉『それってつまり、セシルの師匠枠ってこと!?』

〈Foxfox〉『二つ名がまた増えた!w』

〈Cecil〉『あ、それは間違ってないかも!w』

〈Cecil〉『初期のガンナーとかきつかったんだぞっw』

〈Yakob〉『その師匠とやらはサービス間もない頃の、ガンナー暗黒時代における数少ないガンナーガチ勢だったもんなw』

〈Reppy〉『なるほどねー。あの時期のガンナーに楽しさ見出すとか、セシルもなかなかマゾいな』

〈Yamuimo〉『レ、レッピー!?セシルに失礼なこと言うなよ!』

〈Cecil〉『あはは☆言われてみるとそうかもねw』

〈Cecil〉『【Vinchitore】に拾ってもらってなかったら、私も埋もれてたかもだしなぁ』

〈Integral〉『いやいや!セシル様ならば必ず自ら輝かれてはず!!』

〈Cecil〉『私そこまですごくないよーw』


 幸いにも誰だか知らない人の発言から、話の流れが俺の危惧した方向とは違う方向に進み出していった。

 とはいえ、途中途中で口を挟み出してきた俺の知り合いたるフレンド懐古厨たちが危うい発言をしてきたせいで正直緊張の連続だったのだが、蛇行に蛇行を重ねたログたちは、結局セシルの話に収束した。

 そりゃまぁあれだよな、みんな聞きたいのはセシル自身の話だもんな。


 ……あぶねぇセーフ!!


「なんか安心してる?」

「へ? あ、いやいや……いや、うん。なんか変なこと聞かれたりしなくてよかったって、ホッとしてる、うん」

「ふーん……」

「な、なに?」


 俺が会話の流れに安心したと思えば、前門の元カノ後門の、今度はだいが何だか怪訝そうな様子で俺を見てきていた。

 でもなんだろう、俺は包み隠さず思ったことを言っただけ、なんだけど……。


「そんなに亜衣菜さんこと、意識しなくてもいいんじゃない?」

「え」


 冷たい、というわけではないが、何だか思うところ有りという表情を見せるだいの言葉に、俺は意味がわからず問い返す。


「最後に会った時、私と揉めちゃった記憶があるからゼロやんは気を遣ってるつもりなんだろうけど、今日の亜衣菜さんは別に変なこと言ってるわけじゃないよ? そもそも今はリアルで一緒にいるわけでもないし、そんな変に意識しなくていいんじゃない?」

「あー……」

「それにさ、亜衣菜さん、ゼロやんが巻き込まれかけた変な空気を直してくれたんでしょ? 今だって事実しか言ってなさそうだし、普通にする方が普通な気がするけど」

「……ごもっとも」

「うん、話に入るのは難しいかもだけど、そんなに警戒しながら眺める会話じゃないよ」

「……だな。うん、だいの言う通りだわ」


 問い返した俺に返ってきた言葉は、それはまぁ俺の心を見透かすようなごもっともな意見で、俺はだいの意見に全面的に降伏した。

 たしかに、うん。

 助けられた、ってのは、事実なのだ。


 そう思って改めてモニターに目を見やる。

 そこには昔のガンナーの過酷さというか、不遇さについて思い出を話し合ってる人々のログが写っていた。

 その会話には、むしろ俺も入りたいほど。

 ただそんな気持ちは抑えておいて、俺はただただログを眺めてみた。

 そこでは楽しそうに色んな人と話す〈Cecil〉のログが並んでいる、ただそれだけだった。

 

 人に見られる仕事してるわけだもんなぁ……。

 そりゃ色んな人と話せるようになるわな。

 

 そう気づいて、びくついて、小さく固定された見方しか出来なかった自分のバランスの悪さに気づき、俺は一人苦笑い。

 

「ありがとな」


 そんな自分を客観的に眺めてみたら自分の心が落ち着いてきたので、俺は色々な意味を込めてだいにお礼を言う。

 すると——


「ううん。私も、亜衣菜さんのこと嫌いじゃないから」

「……そっか」


 躊躇うことなく返ってきた、嫌いじゃないという言葉。だが俺はその言葉の受け取り方は分からずに、一旦だいから視線を外す。

 でもだいの中に養われたみんなと仲良くしようとする感覚は、きっと俺の感覚に影響を受けたものだろう。

 だから俺は再びだいの目に視線を向けて小さく笑った。

 そんな俺の表情に何かを察したのか——


「うん。じゃあ、真実ちゃん待たせてるから戻るね」

「おう、真実のことありがとな」

「いいえ。未来のお姉ちゃんですから」


 ちょっとだけドヤ顔をしただいが気が早いことを言ってから、椅子に座ったままの俺に軽くハグしてきた後、俺の後方にある座椅子へと戻っていく。

 その動きはただただ可愛くて、頼もしい限りだった。


 さて、会話はどんな流れになったかなと思ってモニターに目をやると——


〈Pyonkichi〉『ヒーラー兼ねんのだりー!』

〈Senkan〉『ゆっきーの火力が高い件について』

〈Jack〉『おかえりーーーーwゆっきー強いよねーーーーw』

〈Yume〉『勝てた〜?』

〈Yukimura〉『タイムアップでした』

〈Senkan〉『ぴょんのヒーラー意識が高すぎてMP切れで押し切れんかったw』

〈Yume〉『過保護女か〜』

〈Pyonkichi〉『うるせぇ!』

〈Jack〉『でもそうやってMP配分覚えてけば勝てるよーーーーw』


 変わらず白い文字オープンチャットが盛り上がっている中、緑色の文字ギルドチャットが現れて、今回の突入2班目が帰ってきた。

 そしてどうやらリダチームと違ってぴょんチームは敗れたらしい。

 まぁ、勝てるとは言ったけど簡単とは言ってないからな。そこは考えてもらうしかあるまいよ。


〈Yukimura〉『珍しいですね、オープンチャットでこんなに色んな人が話してるの』

〈Senkan〉『うむ。地味に気になってた……って、セシルおるん?』

〈Pyonkichi〉『おー、なつい名前だなー』

〈Jack〉『なんかねーーーー色々あったみたいだよーーーー』


 そしてリダパーティが戻ってきた時同様、ぴょんパーティもオープンチャットが気になったようで、今度はジャックがみんなに説明してみせた。

 でも今回はロキロキ黙ってたな。


 ……あ。

 

 ……これは、めっちゃ真剣にあーす入りパーティの作戦考えてくれてる?

 ってそうだよ、俺もそれやらなきゃ……!


 そう思った、瞬間だった——


〈Yukimura〉『セシルさんって、どうしてここに来てるのでしょうか?』

〈Zero〉『え』

〈Yukimura〉『どこのパーティにも加わってないみたいですけど』

〈Zero〉『え、そうなの?』

〈Yukimura〉『はい。ここは3人コンテンツですし、ソロで来るような場所じゃないですよね』

〈Jack〉『たしかにーーーー』

〈Yukimura〉『もしやゼロさんが知らない人たちに絡まれたのを、助けに来たとか?』

〈Zero〉『いやいや・・・そりゃねーだろ』

〈Yukimura〉『聞いてみましょう』

〈Zero〉『え、ちょ!?』


 ゲームの中で好き勝手動くのに理由なんてないだろと、それを伝える暇もなく、緑色の文字による会話が一旦止まって——


〈Yukimura〉『セシルさんお久しぶりです。色々お話の流れは伺ったのですが、今日はどうしてここにきたんですか?』


 わいわいと溢れる白い文字たちの中に紛れるように、だがそれでいてはっきりとした意思を持って、その発言がモニターに現れたのだった。

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