第477話 やってきた愛
抱きついてきた身体をポンポンと撫でる。
なんでここにいるのかは分からないが、でも、会えて嬉しい。
俺の視界に現れた女性の姿に、自分の心が高揚していく。
「おはよ。なんか久しぶりだな。でも、いつ来たんだ?」
「大丈夫? どこか痛くない?」
「いや俺の質問……って、そんな泣きそうな顔すんなって」
俺は割と明るい声を出したつもりだったのに、それに何を思ったか、ずっと俺を抱きしめていただいが両手を俺の顔の横について少しだけ俺から身体を離し、心配そうな顔を俺に見せてきた。
その顔を見上げれば、どうやら化粧もしていないようだ。
それはそれでむしろいつもより少し幼く見えて可愛いし、こいつが圧倒的美人なのは変わらないのは、流石としか言えないんだけど。
「危ないことしちゃダメでしょ!」
「へ? いや、俺が何したって——」
「ゼロやんが起きないって聞いて、すっごい怖かったんだからっ!」
「ご、ごめんなさい……」
しかし相変わらず美人だなー、なんて思ってた俺の考えをよそに、俺の顔の真上にいる美人さんの顔は、溢れ出る涙を隠しもせず俺のことを叱責してくれた。
その顔を見て、あー、また泣かせちまったと思ったり、泣きながら怒る顔もまた綺麗だな……なんて、言ったら間違いなく怒られることが浮かんだけど、俺はとにかく涙を浮かべて訴えてくるだいの圧に負けて、言い返すことなく謝った。
でも危険なことなんて……そう考えてみて、俺は記憶を辿り、駆け付けた先のゆめを守ろうとして、身体に刺激を受けたのを思い出した。
たしかに俺は、そういう可能性を、あの女が他者に危害を与える術を持っているのではないかという予測を、自分の中に持っていた。
現にその通りになって、初めて食らったが、たぶんあれはスタンガンによるダメージ、だったんだって思うし。
そう判断していくと、たしかに危険って怒られるのは的外れじゃないだろう。しかしながら俺としては、ゆめの独断専行が招いた事態だったというのは、主張出来るなら主張したいとこではあるが。
とはいえ、正直痺れる感じに驚いたけど、あんまり痛くはなかったような……?
俺が倒れたというか意識を失ったのは、ほぼほぼ疲労困憊のせいだったような……?
そんなことを思っていると——
「上杉さんにお礼言わないとね。あなたの雑誌が守ってくれましたって」
目の端にまだ涙を溜めたままのだいが、不思議なことを言ってくる。
上杉さん……って、あれだよな、ルチアーノさんの友達の、月刊MMOの編集者の……あ!
そこで俺は思い出す。
そう言えば俺、ホテルを出発する時コンビニで買った別冊MMOをお腹に入れといたんだった。
……だからダメージ少なかった、のか?
それを思い出してお腹周りを触ってみたけど、流石にもう本は入っていなかった。
「これからも毎月買わせてもらわないと、か」
「どうせそれはやってたでしょ」
「ごもっとも」
そんな俺を守ってくれた雑誌へ感謝し、ちょっとボケてみたのだが、だいはクスリともしてくれなかった。残念。
「そういや、他のみんなは?」
で、入れたはずの本がないから、誰かが取ったってことは分かったのだが、そこで初めて俺は、ここが大和んちのはずなのに、さっきまでいたはずのメンバーがみんないないことに気がついて、俺は真上にある顔に聞いてみた。
「あ、ぴょんとせんかんは、ちょうどさっき買い物に行って、ゆめは少し前にお家に帰ったよ」
「あ、そうなんだ」
「うん。だから今は私一人でゼロやん診てた」「さんきゅーな。……ちなみに今何時だ?」
「んっと、今14時18分」
「え」
「私が来たのが11時過ぎだったんだけど、ゼロやんずっと寝てたから、一回起きたって聞いてはいたけど、やっぱり不安だった」
「あー……なんか、ごめん」
そして返ってきた言葉から続いた会話でまたちょっとだいが泣きかけたので、俺は「おいで」をしてだいのことを抱きしめ、心地良い重さが身体にのしかかった。
なんか友達んちのベッドの上で彼女のこと抱きしめてるとか、とんでもない状況だとは思うけど、まぁ大和なら許してくれるだろうし、ちょうどあいつらがいないならいいだろう。
「ぴょんとかから、どこまで聞いたんだ?」
そしてだいを抱きしめたまま、俺はだいとの共通認識を確認する。
意識を取り戻してから少し経ったからか、身体の怠さは拭えないが、思考はもう通常運転だ。
だからこそ、みんながいない間に色々あった話を整理しようと判断したわけである。
そんな俺の問いかけに。
「んっと、たぶん全部?」
と、だいから返事が来る。
この返事をする際、俺の左肩に顎を乗せる形になっていただいの顔が俺の顔の方を向いたせいで、さらさらの髪の毛が俺の顔に当たりくすぐったかったのを何とか耐える。
「ゆめからも?」
「……うん」
そしてまた次の質問をして、耳元のすぐ近くから返事が来る。
その「うん」にはさっきの返事よりも長い溜めがあり、色々思うところがありそうな雰囲気を感じることが出来た。
これはおそらく、ゆめと色々話したってことだろう。
そしてそれがゆめが先に帰った理由、でもあるのだろう。
「じゃあほとんど話は聞いてるんだな。つまりほんと、色々あって大変だったんだけどさ、やっとだいに会えてなんかすげーホッとしたよ」
でも、話を聞いたというのなら、色々だいも思ったことがあっただろうから。
俺はひとまずだいが全て聞いたなら、と思って覆い被さってきているだいの身体を改めて強く抱きしめた。
それに応えるように、だいも力を入れてきて、安心してくれたのが伝わった。
「あのね」
「うん」
そしてしばし何も言わずにただただだいのことを抱きしめていると、おずおずといった様子でだいが話を切り出してきた。
その声は、甘えるような声に、少し不安の色を滲ませる声だった。
「ぴょんから話聞いた後、ゆめとね、二人で話したの」
「うん」
「でね、その……ゆめね、ゼロやんのこと好きなんだって」
「え?」
そんな声音のまま聞かされた、まさかな話。
でも、どうせ友達としてとか、そんな意味だろうと思って。
「まぁゆめはみんなと仲良いしな」
なんて言ってみたのだが——
「男の人として好き、なんだって」
「……え?」
いやいや、だってそれは、ほら、あれじゃん?
カラオケで暴走したあと、ぴょんがちゃんと話してくれてたじゃんな……?
でも——
「でも、私のことも好きだって言ってくれた」
「……え」
「私が楽しそうにゼロやんといるところも、ゼロやんが私のことで必死になってるとこも好きなんだって」
「えっと、それは、つまり……」
「自分でもよく分かんないって言われちゃった」
「そう、なんだ……」
「そんなこと言われても、私もよく分かんないし……」
「だよな……」
「私は、どうすればいいのかな?」
「……そうなぁ」
語られただいの言葉は、いつの間にか完全に困惑の色に染まっていた。
たぶんだいとしては、ゆめのことは好き、なんだろう。
いや、たぶんなんかじゃない。これまでずっとゆめとぴょんに支えられてきたんだから、好きに決まってる。
「私もゆめのこと好き。友達になれてすごい嬉しかった。だからこそ、どうするのがいいのかな……」
だよな。
耳元で聞こえてくる声は、答えを求めて彷徨う子犬のような、そんな雰囲気を帯びていた。
そんな声に、俺は——
「今まで通りでいいんじゃないか?」
「え?」
「ゆめが俺を好きって言ってくれても、俺はゆめとだいを比べたら明確にだいが好きなんだから、俺は何も変わらないよ」
「……そっか」
「うん。自分で言うの恥ずかしいけど、ゆめだってだいから俺を奪おうとしてるとか、そういうことを言ってきたわけじゃないんだろ?」
「それは……うん。言われてない」
「だったらさ、ゆきむらと同じようにドンと構えて、今まで通りにしてればいいと思うよ。俺も変わらずいるからさ」
何も変わることはないと、今まで通りにしてればいいのだと、はっきりした声で言ってやった。
まぁゆめをゆきむらと同格に据えるのは適切じゃないだろうが、結局対応はおんなじだ。
俺はだいが好き。これを貫けばいいんだから。
そんな気持ちで、俺は自分の考えを伝えると——
「変わらず、みんなに優しくするんだろうね」
「え、いや……それは、そうだろうけど……」
なんてだいがジトっとした声を出すので、俺はさっきまでのスマートさを失って言い淀んだが——
「冗談だよ。そこは私が好きなところなんだし」
「だ、だよな……」
と、ちょっと冷や冷やした気もしたが——
「……でもそうね、そう言われればゼロやん、ゆっきーにもキスされてたもんね」
「えっ!? 今そ——」
今そこを掘り起こすのかよと、俺は抗議の念を込めてだいの顔がある方に顔を向けるや否や——俺の口から、発言する力が奪われた。
視界いっぱいに広がる、だいの顔。
でも今は、それでよかったんだと思う。
触れ合った唇を通して、お互いに安心が伝わっていく、そんな気がしたから。
そうやって俺たちは少しの間、お互いの不足分を補い合った。
……大和んちのベッドの上ってことは、とりあえず気にしないで方向で。
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