第476話 知らない天井
どこからか、誰かの話し声がする。
その声の調子はさっきまで聞いていた気がする争うような声ではなくて、通常のトーンの会話で、その声音にホッとするような、そんな感覚を覚えた。
だが身体はひどく怠くて、思うように動かせない。頭もぼんやりとしていて、上手く動いてくれはしない。
というか、どこだここ……?
強い倦怠感に抗いながら、俺が薄っすら目を開けば、そこにはうちと同じ白い天井、だったんだけど、見慣れない電気がついていて、ここが自分の家ではないことが伝わった。
どうやら体勢としてはベッドに横になっているようだ。
えっと……たしか俺はゆめを探してて……。
そうやって霞のかかったような頭で繋がらない記憶を辿り——
「ゆめっ! っっつ!?」
探し回って、何とか無事を確保したはずの相手の安否が記憶にないことを思い出し、俺は身体に鞭を打って勢いよく上体を起こし
だがその直後、ズキっとした頭の痛みに身体の力を奪われて、俺は上半身を丸くするようにうずくまる。
くそっ、なんだこの痛み?
そんな疑問を思う俺に——
「「ゼロやんっ!」」「倫っ!」
似たような方向から、俺の名を呼ぶ声が一斉に聞こえ、室内に響き渡る。だが、痛みのせいで頭を抑えていた俺は、それらの声に応えることが出来なかった。
でも、全部聞き慣れた声だった。
一人だけ呼び方が違う大和は分かりやすいと思うけど、その声からゆめもぴょんもそこにいるのが分かって、姿を確認せずともみんな無事なことが分かり、俺はうずくまりながらも安心した。
「頭痛む? でも、目を覚ましてよかった〜」
「全然起きないから夜までこのままだったら、さすがに救急車呼ぼうかって思ってたとこだぞ?」
「ありがとう言うのはあたしの方なんだけど、あんまり無茶すんなよー?」
そんな俺を心配しながら近づいてきた声がバラバラともたらした情報に、俺は意味が分からないところがあってゆっくり、頭が痛まないように顔を上げていく。
「俺、なんでこんな頭痛いんだ……?」
そしてとりあえず分からないことをゆっくりと3人に問いかける。
「転んだ時ゴンッって音したから、その時にぶつけちゃったんだよね。ごめんね、支えてあげれなくて〜……」
その問いに答えてくれたのは、横並びになる3人の中で一番俺の頭側にいたゆめだった。
俺が話しやすいようにだろうか、俺と目線を近づけるように床に座って、俺のいるベッドに両肘をついて、心配そうな、申し訳なさそうな顔でうずくまる俺を少しだけ見上げつつ、俺の痛みの原因を教えてくれた。
でも、転んだ……?
……いつだっけ?
言葉の意味は分かるのに、言葉と記憶が繋がらない。
そんな不思議そうな顔を浮かべていたであろう俺に——
「朝方6時頃にゆめから電話きてよー、「ゼロやんを助けて」っつーから、何事かと焦ったぜマジでー」
「まぁ駆けつけたら呼吸は安定してて寝てる感じだったから、背負って連れてきて今に至る、だな。でも本当に、俺が巻き込んだ問題だったのに倫がここまで身体張る必要なんかなかったんだぞ? 迷惑かけて、マジごめん」
立ったままのぴょんと大和が俺を見下ろすように、段々と記憶が戻ってくるような話をしてくれた。
ぴょんも口調は軽いが明らかに心配した顔をしているし、大和に至っては心配と申し訳なさが際立って、死にそうな顔にも見えた。
……やっぱりいい奴らだなぁ。
「そっか、俺あの女を追い払って……ゆめも無事、なんだな」
そしてようやく色々結びついた記憶で、俺はちゃんと安心した。
そんな安心感に力が抜けて、俺は再び背中を倒し、大和のベッドで仰向けになる、と——
「ホントにごめんね〜!」
突如やってきた軽い重みと温もり。
いや、軽い重みって言葉の矛盾がひどいけど、聞こえた声からゆめが俺に抱きついてきたのは伝わった。
声の出どころ的に、顔がたぶん俺の胸あたり、なんだろう。
しかしあれだな、今日というか、今回のオフ会のゆめは謝りっぱなしだな。こんなゆめ、下手したらもう一生見れないかもしれないし、レアゆめだな。
謝ってくるゆめに俺は密かにそんなことを思って小さく笑いつつ、ゆめの背中を「生きてるから平気だよ」とか言いながら、ポンポンと叩いてやった。
何はともあれさ、みんな無事なんだから、それでいいだろってことだよな。
あー、安心したら余計疲れてきた。
そんな心地になったからか、軽く脇にどけていた疲労感がまた戻ってきて、俺は逆らうことなく目を閉じる。
みんなが心配モードだったから、多少甘えたって平気だろう。
そんなことを思いつつ、自分の成果を誇るように、口元だけ軽く口角は上げてみた。
上がったかどうかは、分かんなかったけど。
「も……ぐ、だ……も……らな」
そんな俺におそらくぴょんが何かを言ってたのが薄っすら聞こえてきた。
でも俺はそのぴょんの言葉を受け取ることもせず、疲労感に
☆
「ん……」
意識が動き出し、薄っすら目を開ければ、「またこの天井か」、なんて言葉を言いたくなった二度目の目覚め。
しかし友達んちのベッド占領してずっと寝るとか、ちょっと申し訳なかったよな。
でも頭の痛み、少し良くなったような気はするな。
とりあえず起きたことをみんなに伝えよう。
そう思って俺は近くにいると思ってた仲間たちに声をかけようと、上体に力を入れて起きあがろうとした1秒後というより、その刹那——
「ゼロやんっ」
突如現れた力の前に、俺の起き上がる力が押し負ける。
というかどんな速さで俺の覚醒に気がついたんだ?
でも、その声に「誰だ?」なんては思わない。
ただ、強い抱擁と温もりと落ち着く匂いと、何より心がふわっとする声は、俺が声をかけようと思ったメンバーの中にはいなかったはずの人物のものだった。
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