第475話 夜(明け前)に駆ける

「くそっ、どこだっ」


 現在時刻は午前5時25分、日出まではあと2,30分という、何ともじれったい薄暗がりの中、俺は軽い寒さを感じながら、ほとんど見知らぬ街を駆け回っていた。

 大和の家に戻って待つのがゆめとの合流手段としては最も楽だが、それをやるとまだあの来訪者が見張っていた場合、俺とゆめが別々にいることに疑問を持たれ、ゆめの目的を邪魔してしまう可能性が高い。

 それ故に俺は脳内で大和の家を起点として同心円状の地図を展開し、大和の家を遠くから観察出来そうな場所を探し回った。

 とはいえ知らない街で、色々遠回りをしながら特定の人間を探し出すのはかなり過酷な作業で、さっき流したはずの汗がまたじんわりと浮かびだし、腹部を中心にべったりと張り付いてきて不快感を募らせた。


 ちなみにゆめに電話すれば早いだろって誰もが思うだろうけど、そんなことは既に実行済みである。

 だが探し回っている現状からも分かる通り、ゆめが出ないのだ。

 意図的か、気付いていないのかは分からないが、これはゆめがまだ大和の家には戻っておらず、索敵中か、会敵中と考えるのが妥当だろう。

 せっかくゆめを一人で向き合わせない約束をしたのに、このままではゆめは一人で片をつけようとしてしまうだろう。

 やはり色んなリスクを考えて、それだけは避けたい……!


 朝の冷たい気温の中、濡れた髪はかなり体温を奪っていき、汗をかく身体とは対照的に頭だけは冷えていて、それが逆に思考をクリアにさせてくれた。

 そんな頭で俺は大和んちを監視するならどこがよかったかを、全力で思い出そうとしながら走り回った。


 走れば走るほど息が切れ、回復しきっていない体力が着実に消耗していく。

 だがそれでも足を動かす。

 ゆめの言葉を信じ、大丈夫と思い込むことがきっと出来たはずだが、俺は意地で自分にそれを許さない。

 そうやって探して探して探し回って、もう黎明を迎えそうな、そんな時間——


 いた!


 出発したホテルから大和んちを挟んで丁度対角の方面で、曲がり角を曲がった直後、俺の視界に二つの人影が現れた。

 その距離はおよそ30メートルほどあったが、人影のサイズ感から、俺は直感的にゆめとあの女だと判断した。

 俺の希望とは裏腹に既に会敵してしまった状態だったわけだが、向かい合って対峙する二人のうち、片方がやたらと大きな動きを見せながら、もう片方へと何かを伝えていた。

 その方向へ駆け寄りながら察するに、身振り手振りを交えた大きな動きをしながら何かを伝えているのは来訪者の女で、淡々と何かを伝えているのがゆめのようだった。


「邪魔……でっ!」


 そして声を荒げる女の言葉が部分的に聞こえるようになった時、女が鞄から何かを取り出すのが目に入る。

 その動きに俺の第六感が働いて、俺は駆け寄る足に最後の一踏ん張りの力を込めた。


「ゆめっ!!」


 そして駆け寄る俺の存在に少しでも気付かせ、ゆめから気を散らせるため、走りながら駆けつけた相手の名前を呼ぶ。

 その声に振り向いたのは、ほぼ二人とも同時で、二人とも俺の接近に気付いていなかったのか、揃って驚きの表情を浮かべていた。

 だが俺への目線は先に外した女が、鞄の中から取り出した何かを、ゆめの方に突き出す動きが目に入り——


「だぁぁぁぁ!!」


 己の脚に強引に負荷をかけ、俺は飛び込むように、女とゆめの間に割って入り——


「ガッ!?!?!?」

「ゼロやんっ!?」


 バチバチバチッと鋭い音が聞こえると同時に、身体に痺れるような痛みが駆け巡る。

 その痛みと痺れに俺はその場に倒れ、心配するゆめの声が頭上から響いたのが分かった。

 

「邪魔しないでっっっ!!」


 そして次に聞こえたのは、金切り声のような女の声。

 大和んちで対峙した時の淡々としたトーンはそこにはなく、悲痛な感情が、大和に訴えていた時のような想いがその言葉には込められているように聞こえたが——


「ああああっっっ!!」


 感情が、身体を動かした。


「う、嘘……なんで……!?」

「失せろ。俺の友達の前に、二度と姿見せんな!!」

 

 ゆめを背にするように立ち上がった俺へ、大人しそうな顔をして苛烈すぎる女が驚嘆の表情を浮かべていたが、俺はその女へ、自分でも驚くほど冷たい声で命令する。

 そんな俺に女が泣きそうな顔で狼狽えたが——


「いいから失せろ!!!」


 朝っぱらから何とも迷惑な声量だとは思うが、この時はもうそこを気にする気持ちなんかどこにもなくて、俺は目の前の仲間を守るため、全ヘイトを目の前に女にぶつけるように睨みつけてそう言った。


 そして、そんな俺の威圧を前に女がどこかへ走り去っていくのが視界に入り——


「ゼロやんっ!?」


 その走り去る姿が消えたのを確認するとほぼ同時に、俺の全身にかつてないほどの疲労感が大波のように押し寄せて——


「ゼロやんっ!!」


 視界には心から不安そうな、心配そうな、ほんの少し前、夢で見てしまった女の子の顔がうっすら映ったような、映らないような。

 その子が発する聞き慣れた声に応えようとしても応えられないまま、世界を照らし出した朝日を受けながら、よろめく身体に逆らえず、俺は意識を失うのだった。

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