第473話 リスク回避は大人の基本
「ゼロやん何か買う〜?」
「あー……あ、別冊MMOあるじゃん。LAのパッチ情報ちょっと書いてそうだし、買おうかな」
「……ほんと好きだねぇ〜」
「う、うるせぇなっ」
午前3時25分、辿り着いたコンビニに入って店内をぶらつく俺たち。
流石にこんな時間だからか店内に他に客はなく、店員も一人で、店内は夜の静寂を歓迎するように閑散としていた。
そんな店内でゆめは何やら色々カゴにいれていて——その中身に俺は思わずギョッとした。
「え、風呂でも行くのか……?」
「ゼロやんはシャワー浴びたりしたくないの〜?」
「え、あー。それはまぁ、思うところあるけど……」
「じゃあ着替え買っといたら〜? 好みのシャンプーとかあったら、その辺も買ってもいいかもね〜」
「は? ……え?」
「今あのお家は二人のものだから、せんかんちで借りるのも悪いじゃん? ネカフェとかあればよかったんだけど、この辺にはないみたいだから、ホテル入ってシャワー浴びよ〜」
「はぁ!?」
そしてカゴの中身にギョッとした以上に、ゆめの発言に驚嘆する。
その俺の声の大きさにレジの向こうにいる店員も、何事かと様子を見てきたほどである。
でも、それほどの発言だったのは間違いないだろう。
「そんなおっきい声出さないでよ〜」
「いやいやいや、ゆめが変なこと言うからだろってっ」
「別にそういうことしに行こうって言ってるわけじゃないってば〜。わたしだって今日のことはちゃんと反省してるもん。これもちゃんと作戦のうちです〜」
そんな俺の大声に反論するようにゆめの言葉が返ってくるが、いまいち信じきれない気持ちが俺の顔に出たのだろう。
「あ、信じてないな〜? そんな頭の中ピンクな奴だと思われてんの、逆にショックだな〜」
俺の表情を察したゆめが、割と本気で拗ねたように唇を尖らせた。
とはいえやはり彼女の友達とホテルに入るって、はたから見れば100人中100人が認める120%浮気現場に他ならないんだから、俺が躊躇うのも納得して欲しいとこなんだけど。
「いいかい? せんかんの家から出てきた男女がホテルに行ったらさ、残された二人も二人きりになって何をするかって、中学生でも想像出来そうじゃん? それを逆手に取るのだよワトソンくん〜」
「……へ?」
「だからさ〜、わたしたちを尾けてきてる人の思考を誘導するんだよ〜」
「ゆ、誘導……?」
「そ〜。しかもわたしたちがホテルに入る姿を見せれば、わたしたちに探されてる不安もなくなるし、しばらくはわたしたちが出てこないって思うでしょ〜? そうやって思わせて、せんかんとぴょんが何してるかを想像した犯人の行動を誘導するんだよ〜。きっとせんかんちに戻って聞き耳立てたり、様子を窺いにいくわけじゃん? それこそわたしの思う壺。わたしたちはそこを叩くって寸法だよ〜」
「いや、叩くって……つーか、まずそもそも——」
「——わたしたちが尾つけられてるか分からないから、作戦と呼べる代物じゃない、って言いたいんだろうけど〜」
「っ!?」
「さっきお店入る時、ちょっと離れたとこに立ち止まってこっちを見てる誰かがいたのは見たから、たぶんわたしたちが出てくるの今もどこかで見張ってると思うよ〜?」
だが、俺の戸惑いをよそにズバズバとゆめの作戦が公開される。そして告げられた、さっきの来訪者が俺たちの近くにいるという事実。
対峙した時の記憶から、きっとひたすら凝視するようにこちらを窺っていたのだろうというのが想像出来た。
しかし俺はあんなに辺りを探していたというのに、なんで気づかなかったのか。
そしてゆめは気づくことができたのか。
……俺に気取られないようナチュラルに、それだけ積極的に探してた、ってことか……?
本気で怒ってるからこその、索敵能力?
そうと仮定すれば、ここまで言ってることは、全部冗談なく本気、ってこと……?
……マジ?
そうか……話し方がいつも通りだからわからないけど、これがスイッチが入ってる状態、周りが見えなくなってる状態ってことか……!
そりゃそうだよな。さすがに通常思考状態なら、いくらゆめでも一緒にホテルに入って相手を騙そうなんて、客観的に見たらヤバいこと言わないよな……!
……ふむ。
「ゆめの作戦は分かったけど、一回冷静になろう」
ゆめの本気度が分かったところで、かえって冷静になった俺は改めてゆめと向き合い、彼女の顔を見ながら話し出す。
「ん〜?」
「ゆめ自分で言ってたじゃん? スイッチ入ってるって」
「うん〜。そうだと思う〜」
話し方がいつも通りだからあまり伝わらないが、たしかに言われてみればいつもより目が笑っていない、気がしてくる。
だがこういう状態の人を相手にする時は、冷静に、冷静に……。
「じゃあまずもう一回確認しよう。さっき大和んちにやってきた人を見つけて、ぴょんのために怒ってるゆめはどうするつもりなんだ?」
「そんなこと〜? もちろん、もうぴょんに迷惑かけないでくださいねって、話すだけだよ〜?」
努めて冷静に、そう心がけながら俺はこれからやろうとしていることをゆめに確認すると、やはり言葉のトーンの割に目が笑っていない答えが返ってきた。
むしろその返事のトーンが、俺の脳裏に危険シグナルを出してくる。
「危険はない?」
だからこそ俺は含みを持たせてこう聞いたわけだが——
「わたしが暴力振るうんじゃないかってこと〜? さすがにそんなことしないよ〜?」
ゆめの返事が自分が振るう側、という視点での答えだったので、俺は改めて聞いてよかったと確信する。
普通「危険」という言葉を聞いた時、まず考えるのは自身の危険度だ。
だがここでゆめは相手に暴力を振るう可能性を否定してきた。
つまりこれは、少しでもゆめの頭にそういった考えが浮かんでいたことの裏付けと言えるだろう。
やはりこのままだと色々危険、だと思う。
「いや、そんな心配はしてないって。俺が心配してるのは、ゆめが危険に晒される可能性」
だからこそ、俺は冷静さを取り戻させるべく違った視点の考えをゆめに伝えた。
そんな俺の言葉にゆめは一瞬きょとんとした、素の表情を見せた後。
「さっきも言ったけど、それは大丈夫だと思うよ〜?」
そう言って笑っていた。
その笑い方に、俺は少し手応えを得る。
何となく、直感にも似た何となくだが、いつものゆめの笑い方に見えたから。
だがここで俺はゆめのペースに付き合わない。
「何%くらい?」
追質問を、変わらず心配する様子でゆめに投げかける。
「ん〜……95%くらい、かな?」
そしてまた俺が聞いてゆめが答え、こうして会話の主導権を握ることに成功した。
この状況に、俺は内心で自分に
「だとしても、5%危険なのはちょっと怖いな」
「大丈夫だよ〜?」
「いやいや、あのとんでもない言動の女が相手だぞ? 回避できるリスクは回避すべきじゃないか?」
「ん〜……なんか今日はすごい過保護だな〜。ゼロやんがそういうタイプってのは知ってるけど、どしたの〜?」
「ゆめが危ない目に合う可能性あるの、放っておけるわけないだろって」
「え〜、何それ元カレにも言われたことないよそんなこと〜」
「おいおい。俺ら友達だろ? それに俺の方が年も上なんだし、そこは少しくらい意地を見せさせてくれよ?」
「も〜しょうがないなぁ〜。じゃあ万一話す時に危なくなりそうだったら、ゼロやんがわたしのこと守ってね〜?」
その時、頑なに真剣な表情を浮かべる俺に、ゆめが折れたのが分かった。
口上の中でなかなか青くさいことを言ってしまった自覚もあるが、少なくともゆめの俺に対する「
そして同時にゆめが話をする時の状況にも俺が立ち会うことを確約出来た。
もちろん俺の中に恐怖心はあるが、2対1で当たれるならば、その安心感は激増だ。
そんな安堵をした、その時。
「じゃあ二人でぴょんを怖がらせた犯人を懲らしめる作戦、決行だね〜。さ、買うもの買ってさっさと行こ〜」
「……え」
俺の見事な交渉術でゆめの安全は担保した。
だが、見事にそれ以外は何も変わっておらず——
俺はぐいぐいと背中を押されるまま、ゆめの作戦に強制加入させられるのだった。
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