第472話 自制心の行方

 時計を確認すれば現在時刻は午前3時17分。

 いつもなら完全に熟睡している時間だし、LAで夜更かししたとしても、さすがにもう落ちてる時間である。

 そんな時間に、知らない街を歩く。

 年下の女の子と。

 緊張感を持って。


 ……なんだこの状況は。


 目指すコンビニは歩いて5分圏内のはずなのだが、今はその距離が果てしなく遠く感じた。

 いつの間にか出てきた夜の雲により月の姿も薄ぼんやり。

 朝からずっと遊んでいる身体には疲労感が押し寄せるが、変な緊張感のせいか眠くはない。

 そんな状態の中で俺は半歩分前を歩くゆめに置いていかれないように歩を進めていた。


 歩き出してからの体感は30分、チラッと時計を確認すれば実際は2分、屋外に出てからこの120秒ほど、俺たちは一言も会話をしていない。

 もちろん俺がゆめに対して警戒心を持っている、というのも嘘ではないが、最大の理由は先刻の来訪者の襲撃がないかへの警戒である。

 襲撃がなくとも、近くにいたかどうかだけでも、何か分かることが増えればもう少し安心感も増すのだろうけど、あいにくこの2分間は遭遇する気配0だった。

 いや、それはそれで平和なんだけどさ。


 と、しきりに周囲を窺う俺に対し。


「わたしと二人とか、気まずいだろうけどごめんね〜」

「え」

「あれ? 違った〜?」

「あ、いや——」

「やっぱりじゃ〜ん。でもとりあえずさ、さっきも言ったけど、さっきの人はたぶんわたしたちを見つけたとしても、遠くから観察するくらいだと思うよ〜」

「え?」


 一度立ち止まって顔だけ振り向いたゆめが沈黙を破り、かすかに申し訳なさそうにしながら俺に謝ったあと、半ば確信めいた様子でさっきの女の動きを予想してくれた。

 その突然の言葉に、俺は何も言えなかったのだが。


「さっき女物の靴を二足見つけた。せんかんが出てきてなくて、ゼロやんがわたしと歩いてる。つまりせんかんちから出てきたわたしじゃない女の人が、せんかんの彼女って思われるよね。だからたぶんこの後は、せんかんちの玄関を見張り出すんじゃないかな」

「……ふむ」

「でもたぶんまだわたしたちに探されてるんじゃないかって疑いもあるだろうから、どっかでわたしたちのこと様子見して、まだ見張り出してはいないと思うけどね〜」


 続けられたゆめの予想。

 もちろんそれは想像で確証があるわけじゃないのに、ゆめがあまりにもはっきりと言うせいか不思議な説得力を伴っていて、俺に反論の余地はなかった。

 

「だからわたしたちはあなたのこと探してませんよ〜、って油断してもらうために、今はほんとにコンビニ行くよ〜」

「お、おう……って、今は?」


 そしてその予想を背景にした作戦がゆめの中にはあるようだった。

 その言葉の意図を考え、想像する。


「今はって、大和とぴょんを二人にしてあげるために外出たんじゃなかったのかよ?」


 ゆめが考えていること、狙っていることはなんとなく想像がついた。しかしゆめなりの予想を立てているとはいえ、危険性との天秤にかけたらやはりリスキーな選択な気もした。

 だから俺は、なんとなくゆめの思惑に気付いたよ、ってのを苦笑いにより暗に伝えつつ、ゆめに聞き返したのだ。

 すると——


「そのために外出たんだよ〜?」

「いや文脈——」

「——どの口が言ってんだって話だと思われるだろうけど、わたしの友達を泣かせる奴を、許す気にはなれないよね」

「え?」

「ぴょんを怖がらせて不安にさせた。それだけでわたしには十分だよ」

「いや、え? 十分って……」

「絶対許さない理由だよ?」


 完全にこちらへ振り返って、ゆめがいつものふわふわした様子でニコッと笑う。

 でも、その笑顔にはどこか、何か背筋が寒くなるようなものが感じられ、俺は無意識に僅かながらじりっと少しだけ後方へと靴を滑らせた。

 だがそんな俺の様子に気づいた気づいてないか、いや、気にしてないのか、変わらずゆめはいつもの表情だった、のだが——


「わたしもあんまり自分で自分のことわかってないんだけどさ、目の前で友達が傷ついたりするの見ると、どうもスイッチ入っちゃうみたいなんだよね」


 何か急に別人にでもなったかのように、ゆめの声のトーンが変わる。

 それはいつものおっとりしたようなゆめの口調とは異なる、どこか寂しそうな、そんな声だった。


「感情昂った時のセルフコントロールって難しいじゃ〜ん? だからこそ普段はちゃんと意識してコントロールするように頑張ってみてるんだけど、コントロール効かなくなると、頭では分かってるのに色々止められなくて、けっこうひどいんだよね〜」


 だが、そんな声だったのも一瞬で、気づけばまたいつものゆめに戻っている。

 その変化は、まるで夢でも見ていたのか、キツネに化かされたかのような、そんな曖昧さを俺に残した。


「ゼロやんにも酷いこと言っちゃった時あったよね〜。あの時はごめんね〜」

「え……あ。あー……いつぞやの、飲み会とか?」

「そ〜そ〜。他にも宇都宮の時もだし、夢の国行った時も抑えられなかったんだよな〜。後で我に返って、あ〜、やっちゃったな〜、って毎回なるの。いい加減子どもじゃないんだし、なんとかしなきゃなんだけどね〜」

「ふむ……って、夢の国?」


 明かされるゆめの秘密というか、暴露に俺は頷くしかなかったが、その中に一つ、気になった言葉があった。

 それを俺は聞き返したのだが——


「でもやっぱり友達が傷つくのは黙ってらんないから、許してね?」

「お、おう……」


 有無を言わさないゆめの様子に、俺は何も言い返せず。

 だが、なんだかそんなゆめの様子に、俺は胸中に穏やかならざる気持ちが湧き上がる。

 さっきの来訪者さんが、大和の言葉を素直に聞いてもうこの辺からいなくなっていること、俺はそれを切に願うのだった。

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