第471話 撃退、その後
「家教えたことないって……え? じゃあなんで……」
「仕事の負担考えて、住み慣れた板橋離れなかったのはミスだったってことだろうなぁ」
「え、いや、でも板橋区に人が何人住んでると思って……え?」
「さっきのアレだぞ? たぶん見つけられて、尾けられたんだろうな。でも俺と別れた時はあんな奴じゃなかったのに、なんかで歯車狂ったのかしんないけど、ヤベー奴になってたな」
「いやいやいや! のほほんと言ってるけど、マジで正気の沙汰じゃなかったぞ? よく付き合ってたな大和……」
「いやいや、だから付き合ってた時は全然違ったんだって。どっちかってーと普段はザ・真面目ちゃんなクールだけど、二人の時には俺に甘えてきたりするタイプだったんだぞ? 性格的には……うん、ギルド内ならだいが一番近かった。昔の性格はな」
「……怖いこと言うなよ」
血の気が引くような恐ろしい話を聞いた後、俺と大和はそのまま玄関先に残って話を続けていた。
そんな中でさっきの人が昔はだいと似た性格だったとか、洒落にならないことも言われたが、たしかにちょっと、ほんのちょっとだけど、俺が関わった話に対するだいの食いつきというか、なんでも知りたがるとこなんかはちょっとだけ危険な匂いを感じさせる時があるのを否定出来ない俺もいた。
とはいえ俺はだいを見捨てないし、だいがいかに俺のことを好きであるかも知ってるから、そもそも別れる可能性がないんだけど。
「しかし、ぴょんとゆめの姿は見せてないから大丈夫とは思うが、なんかちょっとこえーよな」
と、大和の変な発言から脳内でだいのことを思い浮かべていた俺を、大和が引き戻す。
「え? あー、たしかにそう、だな。外で見張られたりしてたら、怖いな」
「巡回行くか?」
「いや、なんなら俺だって変に逆恨みされてそうでこえーけどなっ」
そんな引き戻しに対し、俺は大和の言葉に同意したわけだが、俺は俺でちょっと怖い部分があることも伝えるや、大和は思ったよりも神妙な顔つきを浮かべていた。
「たしかにそうだよな、わりぃ……」
「いやいや俺男だぞ? そんなガチな顔で心配すんなって」
そんな風に大和が神妙な顔を浮かべるせいで、かえって俺が気を使う形になり、俺は思わず苦笑い。
ほんと、他人ファーストな奴だよなぁ。
「とりあえず、大和が話してたことでさっきの人が誰だったのかも分かったし、家からは追い出したんだし、今はこれでOKにしよう! ぴょんたちも心配してるだろ? 部屋戻ろうぜ」
「ああ。でもほんと、悪かったな。マジで助かったよ」
「らしくねぇし、何回も言わなくたっていいってば。それに結局撃退したのは大和じゃん? 俺は後ろでただビビってただけなんだからさ。むしろあのビシッとした態度、勉強なったよ」
そう言って、俺は心配そうな顔を浮かべる大和に笑ってみせる。
でも大和を安心させようとしてるのもあるが、勉強なったってのが俺の本音なのも事実。
今の大和みたいな対応が俺にできてたら、そう思わずにはいられないことが、色々あったから。
さっきの人が涙を見せた時、俺は無意識に同情的な気持ちになってたし、そういうとこも変に付け込ませるところなんだろうな。
……あいつの時も……。
「倫?」
「え? あぁ。なんでもないよ。とりあえず戻ろう」
大和の振る舞いとかつての自分を対比させ、俺の脳裏に一人の人物が浮かび上がる。
もし彼女に対して俺が毅然とした振る舞いが出来てたら。
そんなifを考えていたところで大和に名前を呼ばれ、俺は現実に引き戻された。
そして立ち上がった大和と共に、すぐ背中側にあった扉を開けて——
「大丈夫か!?」
俺と大和の姿——いや、大和の姿を見たぴょんが心配そうな顔をこちらに向けて俺たちの方に駆け寄ってくる。
そしてそれに追随するようにゆめもやってきて——
「お疲れ様〜。怖い人はいなくなった?」
「ん? あぁ」
「そかそか。じゃあ、ぴょんをせんかんと二人にしてあげたいんだけど、いいかな〜?」
明らかにぴょんに気を遣ってるのは俺にも分かったが、小さな声で俺に耳打ちするように伝えてきたゆめの言葉に、俺は少し考えた。
ゆめの提案の気持ちは分かる。
でもさっきの人、本当にどっか行ったのだろうか?
もしどこかに行っていなかったら。さっきの今でまだ近くにいたら。
そう考えると迂闊に同意が出来ないのもまた事実だった。
「怖い人って分かってんなら、その人がいるかもしれない外、怖くない?」
だからこそ俺は囁くような声でそう聞き返したわけだが——
「ん〜、たしかに叫び声は聞こえてたけど、たぶん何かしてくるようなことはないと思うよ〜」
「え?」
「聞き耳立てて聞いてたけど、感情は爆発させてたけど、会話成立してたんだから理性的に頭は使ってたわけでしょ〜?」
「あー、それは俺も少し思ったけど……」
「そういう人は、人としての本当の一線超えたことは出来ないよ〜。たぶん損得で思考してるから〜」
意外にもたくましいゆめの分析に俺は押され気味に言葉を濁す。
だが、やはり思い出してみればあの表情はマジど怖かった。
だからこそ「うん」となかなか言えなかったのだが——
「も〜、なんかあったらわたしが守ってあげるよ〜」
「いやそれはおかしいだろっ」
「あなたは死なないわ、わたしが守るもの〜」
「そんなゆるく語尾を伸ばしたセリフじゃねぇし!?」
とまぁ、なんとも緊張感ないやりとりをしてしまったせいで、なんだか俺もだんだん気が抜けてきたのも事実だった。
そしてチラッと横を見れば、割と泣きそうになってるぴょんの肩に左手を置いて、右手で頭をポンポンと撫でている大和の姿があった。
しかしほんと、冷静に分析したゆめと違って、ぴょんはかなりテンパりながら待ってたわけなんだな。
そりゃまぁ、彼氏の元カノがあんなにクレイジーな状態でやってきたら焦るよな。
むしろこれはゆめの肝が座りすぎてるというべきか。
「ホッとしたらなんか甘いもの食べたくなっちゃったから、ちょっとゼロやんとお外散歩してくるね〜。鍵閉めておいてね〜」
そして、ちゃんと同意したわけでもないのに、結局ゆめの提案に押し切られる形で、驚いた様子を見せた大和たちをよそに、俺はゆめに服の裾を掴まれ、戻ってきたばかりの部屋からまた玄関の方に戻る羽目になった。
そしてゆめが靴に履き替えて、躊躇いなくドアを開き、外に向かう。
その姿を見て——
「ええいっ!」
先の分析があったとしても、やはり何かあった場合のリスクは拭えない。
俺はゆめを追いかけるように、夜の板橋区へと繰り出すのだった。
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