第470話 毅然とした態度で
「ねぇ聞いてますか。さっきからこの家大和の匂いがすごくするんですよ。それってつまりそういうことですよね。というかそもそもあなたは大和とどういうご関係なんですか。中にいるこの女物の靴の人たちも誰なんですか。ねぇそろそろもういいですよね」
捲し立てるように伝えられる言葉が、まるで波状攻撃のように迫り来る。
その言葉たちを耳にする度に、俺の脳裏に刻まれる恐怖。
え、てか何!? もういいですよねって何!?
なまじ童顔気味な顔つきとのギャップもあるせいか、これまでに感じたことのない恐怖感の前に、俺はまた一歩後退する。
そしてそれに呼応するかのように、目の前のヤバい女が一歩前に出て、玄関のドアを背中にした。
こうなってしまっては、もう彼女の侵入を防げない。
そんな絶望感が俺の中に高まった、その時——
「ごめん倫、怖い思いさせて悪かった」
シャッと横開きのキッチン側と部屋側分ける境界線が開かれる音が背中から聞こえ、その直後にこれ以上ない安心感をくれる声が現れた。
その声の主は言わずもがな——
「大和! よかったやっと会えた! 待たせてじらすなんてひどいんじゃないの? なんですぐ出てきてくれなかったの? 私何回も合図送ったよね? 深夜にインターホン鳴らすのは迷惑だからって二人で決めた合図してたの分かってたよね? まさか二人で決めた約束なのに忘れてたなんて言ったりするの? そしたらちょっと寂しいし悲しいな。うん、そうだったなら私に怒られてもしょうがないよね。それにまずこの人誰? 家に女の人もいるみたいだけどどういうこと? あ、もしかして浮気? 浮気は駄目なんだよ? そんなことされてたら悲しいな。怒っちゃいそうだな」
……言わずもがな大和だった、って言って安心したかったのに、予想以上の長台詞に俺の恐怖心が再燃する。
だってさ、一つ一つの言葉に感情を込めて話してくるならまだ受け入れられたかもしれないけど、この長台詞をこの人、ニコッと笑いながらほぼ同じトーンで言い切ったんだぜ……?
言ってることの内容も気になるけど、それ以上にやはり、その雰囲気が怖かった。
でも——
「迷惑です。帰ってください」
全てを切り捨てるような冷たい声が、俺の頭上から玄関先の女性に告げられた。
その声は大和からは聞いたことがないような、嫌悪感をはらんだ声だった。
「え……」
そんな大和の言葉を受け、さしもの来訪者さんも言葉を失くす。
途中に約束とか浮気という単語が出てきたから、察するにたぶんこの人、大和の元カノ、なんだと思うけど……たしかに大和が彼女がいたのって、直近でも俺が星見台に異動してくる前だから、1年半以上前だよな?
それなのに浮気とかって、どういうことだ?
そんな疑問を抱いてると。
「俺とあなたの関係はとうの昔に終わっています。今更何も話すことはありません。お帰りください」
さらにズバッと、大和が刃を振り下ろす。
その言葉に、明らかに女性の顔に不安と戸惑いの色が浮かび出していた。
「なんで……なんでそんなこと言うの? 私のこと好きだって言ってくれてたじゃない! 嘘だったの? 嘘つきなの? ねぇ——」
「これ以上居座ると警察を呼びますよ?」
「なんで!!!!!」
そしてよろめきながらも縋るように大和の家の中に入ってこようとする女性に対し、大和は完全なる拒絶を示す。
そんな大和に来訪者さんが金切り声を上げるが、大和の表情は無表情よりも冷たいまま、変わらない。
「ねぇなんで? なんでそんなこと言うの? 何であの時追いかけてくれなかったの? そうだよ大和がいけないんだよ。あの時私を追いかけてくれなかったから! あの時追いかけてくれてたら本当に出て行ったりしなかったのに! なんでなんでなんで!!!」
そんな大和に対して、ヒステリックな表情で喚き散らす女性の目には、はっきりと涙が浮かんでいた。
その涙に俺は少しだけ同情する気持ちも湧いてくるが——
「出ていくって言い出したのはそっちだろ。それにあの時もう一回向き合い直してやり直そうって言った俺に、今更無理って言い放ったのはお前だろ。それがどの面下げて言ってんだよ? 頭良かったはずなのに、馬鹿になってんじゃねぇか」
そんな涙、大和には一切通用しないようで、明らかに迷惑そうな声で大和は女性に言い返す。
リアルでの俺と大和の付き合いは去年の4月からになるが、こんな大和を見るのは初めてだった。
お調子者だが、いつも優しく見守ってくれる兄貴分、それが俺の知る田村大和という人間なのに、そんな様子は微塵もない。これほどまでに大和に嫌悪される人がいたなんて、正直意外過ぎて驚きだ。
「なんでなんでなんで! 大和はそんなこと言う人じゃなかったのに!!」
「そんなことを言わせるようなことをしておいて、ひでぇ言い草だな。それにそもそも俺にはもう大切な人がいるんだ。だからもう関わんな。本当に警察呼ぶぞ?」
「裏切り者!!!」
「身に覚えのない言葉です」
「私のお腹の中に今赤ちゃんがいるんだよ!? それなのにそんなこと言うの!?」
「いたとしたら俺の子なわけねぇだろ。適当なこと言ってくんなよ本当。いいから帰れ。二度と関わんな。分かったな?」
そして今日一番の圧を発して、大和が女性を威圧する。
背の高い大和が見下す様は、自分だったら完全にビビって固まってしまうだろうなと思うほど、怖かった。
その雰囲気が、彼女にも伝わったのだろう——
「裏切り者っ!!!!!」バタンッ!!
怨みがましく吐き捨てると同時に力いっぱいドアを閉め、深夜の来訪者は姿を消した。
その光景を呆然と眺めていた俺をよそに、大和は迷うことなくパッと鍵を閉める。
そして——
「あー……焦った……」
「え?」
空気が抜けたかのようにへにゃへにゃとした様子で、大和が床に座り込んだ。
そして間の抜けた声を出した俺を疲れた顔で見上げてきて。
「まさかあんな感じとは思わなかったからな……ほんと、倫ごめん。怖かったよな」
「え、あ……いや、まぁ、うん。大和が来る前の目つきとか、ちょっとヤバかった、かな」
「マジか。マジすまん! 俺は後ろに倫がいたからちょっと安心出来たのに、マンツーであれと対面してたとか、マジすげーし、申し訳ねーよ」
そう言って大和が両手を合わせてくるけれど、申し訳なさそうにしつつ、そこに浮かぶ表情は本当に安心したような、いつも見る大和の表情に他ならなかった。
その顔に、俺もやっと知ってる親友を目にすることが出来てホッとする。
「とりあえず、元カノ、だったんだよな?」
「ん? ああ。いや、でもヤバかったな」
「うん。ヤバかった」
「ちなみに、あれだぞ?」
「ん?」
「俺、あいつにこの家を教えたことないんだぞ?」
「……え?」
だが、ホッとしたのも束の間、本当にヤバい人だったことを告げる大和の発言に、俺は改めてさーっと血の気が引くのを感じるのだった。
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