第467話 初めて来る場所はキョロキョロしちゃうよね
「わたし板橋区って初めてきたかも〜」
「横浜様と比べたら特筆すべき点はねぇからなぁ」
「町田のが正直色々ある」
「知ってる」
「なんつーか、高円寺以上に住む街感あるな」
「東京の動脈たる中央線沿線様と比べんなって」
10月17日土曜日の24時20分、つまり10月18日日曜日の0時20分、俺たちは板橋駅を降りて本来の大和んちの最寄駅だという新板橋駅方面に、大和、ぴょん、ゆめ、俺という横並びで向かっていた。
都内とはいえ当然さきほどまでいた新宿区とは当然色が違っていて、賑やかさは既にお休みになり、穏やかな夜の時が流れている。
少し肌寒くなってきた夜を見上げれば、月だけでなくいくつかの星も見える、そんな夜だった。
「そいえばせんかんはなんで板橋に住んでるの〜?」
「ん〜、成り行きかなぁ」
「なにそれ〜」
「こいつも色々あるみたいだぜー」
既にみんなの酔いも覚めたみたいで、会話の雰囲気は非常に穏やか。さらに向かう先が俺んちじゃないこともあり、俺の心中も平穏だ。
何これラッキーイベント? 普段ツッコミ頑張ってる俺へのご褒美? いやぁ、悪いね大和くん!
「割と長く住んでるとなー、そのエリアでの生活に慣れちゃうんだよな。社会人なってからずっと板橋だから、何かホームって感じなってんだよね」
「ほ〜ほ〜。わたしはずっと実家だからわかんないけど、ゼロやんとぴょんもそうなの〜?」
「まぁ住んでるとそういう気持ち湧くのは分かるかなー。あたしも職場近いから町田住み選んだけど、帰ると落ち着くし」
「ゼロやんは〜?」
「たしかに高円寺帰るとホッとするかも」
「実家じゃなくても住んだことあるとこって、そんな感じなるんだね〜」
「うむ。俺が学生の頃大学近かったから文京区住んでたけど、あの辺は第二の故郷感だからなっ」
「え」
「あれ? ゼロやんは学生の時住んでたとこ、そうじゃないの〜?」
「え、いやー……俺はあんまり大学の頃のテリトリーには行きたくないかな……」
「ゼロやんってどこ住んでたの〜?」
「あの頃は北区だけど」
「北区には思い出がいっぱいかー」
「いや、掘り下げんなっ」
と、大和に対して優越感に浸っていたと思えば、話の流れが予想外の方向に進んでいって、あまり深掘りされたくない部分を見事にぴょんに突かれる始末。
いや、でもだってほら、学生の頃住んでた町は色々過去のことが思い出され過ぎちゃうじゃん?
気にしないふりしたって、ついつい思い出すもんじゃん?
くっ……やはり人の不幸を喜んだり、調子乗ったのがいけなかったか……!
「思い出なんか上書きすりゃいいじゃんよ?」
「お〜、せんかんカッコい〜」
「まぁな!」
そして調子に乗ったことを反省していた俺に対し、悔しいがゆめの言う通りに大和がさらっと素敵なことを言ってきて、俺は軽く胸を抉られた気持ちにさせられた。
だが——
「職場的にも今の家のが便利だし、何より今の家はだいの家に近い」
「おー、これは見事な反撃!」
苦し紛れではありつつも、俺は咄嗟に思ったことを口にしたのだが、その言葉がなぜかぴょんにウケて俺は賞賛を頂いた。
いや、っていうか。
「何の勝負なんだよこれ」
と、俺が呆れながらこの無意味な会話に釘を刺すと。
「まぁ、深夜テンションなんてそんなもんだろ? でもたしかに今となっては、彼女と家近いのは羨ましいな」
「お? 町田来るか?」
「いや、町田から中野区が遠すぎんだわ」
「んだよー。気合いいれろよー」
「せめて中間だろ中間」
「中学の朝練文化舐めんなよ?」
「すいやせんした」
あっという間に脱線して、結局大和がぴょんに怒られる始末。
でもまぁ、ほんとこの二人仲良しなんだよな。
友達としてほんと微笑ましい限りだよ。
俺と同じくゆめも楽しそうに笑っているし、うん、やっぱり平和だ。
そんな穏やかな時の中俺たちは途中コンビニに立ち寄ってあれやこれやと俺と大和の両手いっぱいにアルコール類やらを購入してから、電車を降りてからおよそ30分後の0時47分、ついに大和の家に辿り着いたのだった。
☆
「おじゃましま〜す」
「おうっ、いらっしゃいっ」
「いや、家主は俺な?」
「でもだいも最近はうちに来る時「ただいま」だぞ?」
「マジ? もうそれ嫁じゃん」
「もういっそ同棲しちゃえばいいのに〜」
「うむ。今住んでる辺りなら二人とも職場近いんだろ? 悪くないんじゃね?」
「いっそ一国一城の主になるのはどうだ?」
「ええいっ、飛躍すんなっ」
大和んちに着いて早々なぜか俺がいじられるハメになったが、みんなの提案は決して言われて嫌なものではなかった。
家持ちになるのは別として、だいとの同棲は正直望むところだし、毎日だいといれるとか幸せの極みなんだよな。
一緒に住んだら毎朝起きたらだいがいて、一緒にご飯が食べれて、寝る時まで一緒にいれる。
正直考えるだけでかなりの幸福度なのは間違いない。
もちろん世の中で結婚は墓場とか、そんな考えが広まってるのも耳にしたことはある。でも、少なくとも俺たちにそんなことはない、と思う。
……真面目に、伝えてみようかなぁ。
なんて妄想したりしながら、俺たちは靴を脱いで大和んちの中に入っていった。
その家の中は——
「物すくな〜」
「うおっ、マジで全然物ねーじゃんっ」
「うむ。その方が広く感じるだろ?」
「あたしもあんまり家に物置く方じゃないんだけど、せんかんはあたし以上だなー」
ってな会話からもわかる通り、おそらく8畳ほどありそうな1Kの大和んちは、白黒モノトーンの色しか使われていないシングルベッドに、黒一色で作られたデスクと真っ白な小さめのテーブル、黒色の収納ボックスがそれぞれ納められている白色の三段カラーボックスが壁際に2つあるのみで、室内に服やら漫画やらカレンダーやらが全くなく、あんまり生活感を感じない部屋になっていた。
クローゼットの中に色々入れてるのかもしれないが、正直これは予想外。
これがあれか? ミニマリストってやつか? 身体はでかいのに何というミスマッチ。
いや、でも職員室の大和のデスク、たしかにめっちゃ綺麗だったような……!
と、大和の家の物の少なさに驚いていると。
「テレビないの〜?」
「今の時代いらなくね?」
「たしかに子供の頃より見なくなったよな」
「ネット配信の見るにしても、おっきい画面の方が見やすいよ〜?」
「……ちなみにゆめんちのテレビって、何インチ?」
「え? インチとかわかんないけど、一番おっきいのでも、せんかんよりは小さいよ〜?」
「俺より、は……?」
「うん〜。ゼロやんと同じくらいかな〜?」
「え、俺くらい……?」
「つまり、80インチくらい、か?」
「なんか、改めてお嬢様だったわって思わされるな……」
「うむ。てかしれっと一番おっきいのって言ってたから、そのサイズ近いのがゴロゴロあるってことか……」
ぴょんが荷物整理のためか、キッチン側にあった冷蔵庫の方に戻る中、室内にテレビがないことに気づいたゆめがテレビトークを始めたわけだが、その流れの中で俺と大和は正直言葉を失った。
さすが専属ドライバーが送迎してくれるお家のお嬢様。
俺たち庶民には別世界だぜ……!
つーか80インチって、いくらすんだろ……。
「倫くん、これは玉の輿チャンスかもしれないぞ?」
「ブラックジョークやめい」
俺も頭に¥マークが浮かんでいたからこそ、大和の冗談に即座にツッコめたが、さすがに俺と大和が言うのは不誠実過ぎる発言に、俺は割と強めに大和の肩を叩く。
それにさっきの今だぞ、本当に俺に対しては笑えないからなそれ。
それでもまぁ、大和は笑ってたんだけど。
「ちなみにゆめんちって、何部屋くらいあるの?」
「え〜? 何部屋だったかな〜。わたしの部屋と、ピアノの練習部屋と、パパの部屋とママの部屋と寝室と、音羽さんの部屋と、他にも色々お部屋はあるよ〜?」
「わーお。倫くん倫くん——」
「だからやめいっ。よそはよそ、うちはうちっ」
そしてさらに調子に乗った大和がゆめの実家について尋ね、変なことを言ってきそうだったので、俺はそれを制止した。
横浜の地価を考えたらもういくらの豪邸なんだとか、想像もできないからな……!
「なーに無駄なこと聞いてんだおい」
「あ、今度みんなうちにも来る〜?」
「やめとけやめとけ。この社会科連中たぶんどうでもいいこと話し出すだけだから。でもま、女子会をゆめんちでやるのはありかもなっ」
「おお、やろやろ〜」
そんな下世話な話で密かに盛り上がっていた俺と大和を貶すように、飲み物やら何やらを持ってきてくれたぴょんがやってきて、ゆめんちトークが強制終了。
「ま、お嬢様だろうがなんだろうが、ゆめはゆめだし、あたしらと同じゲーマーで、同じ職業の人間。それでいいべって」
「ん〜? 元からそうだよ〜?」
そして上手くぴょんにまとめてもらったところで——
「うしっ! じゃあ四次会はじめっか!」
「お〜」
全員にコンビニで買ってきた缶ビールやら
缶チューハイが渡されて、俺たちは改めて乾杯の構えをし——
「朝まで遊び倒すぞっ!」
「「「おー!」」」
笑顔で無茶振り全開なことを言い出すぴょんのテンションに合わせ、何だかんだ俺たちもノリノリに乾杯を交わすのだった。
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