第466話 裏をかく
確認した左手首に何があるって?
そんなもん紳士の身だしなみとして、あれに決まってるだろう。
そして確認したが故に俺は冷や汗をかいたのだ。
だって——
「ゆめっ、終電何時だ!?」
「ふぇ? えと、たしか23時45分くらい、だったかな〜? え、もうそんな時間?」
俺の発言からも分かっただろうが、そう俺が確認したのはもちろん腕時計。
その時計が示す時刻は……23時39分。あ、今40分になった。
つまりゆめの言葉が正しいとして、終電まであと5分。
俺たちの現在地は土曜の夜の歌舞伎町。
ここから着替えて、人混みを抜けて走って……そう脳内シミュレーションをしてみるが、正直これは——
「さすがに時間きびーだろ」
「あう、ごめん〜……」
間に合わないだろうな、そう思った俺の心をぴょんが代弁してくれた。その言葉にせっかく笑ったゆめの表情がくしゃっと曇る。
しかしこればかりは、どうしようもない事実だった。
着替えの必要性がなかったら、全員が素面だったら、そんなifならば間に合ったかもしれないが、現実はそうじゃない。
だから、ぴょんの言う通り。
もちろん自己責任だろって思いは消えはしないが、色々あったゆめのことを責めるつもりはない。
むしろこうなってしまった以上俺が危惧というか、恐れているのはここから派生して発生しかねないイベントフラグだ。
それはズバリそう、
というか最早その可能性しか考えてないんだけど、きっともうこれ、そうなるやつだよね!
と、俺が自問自答により微かすぎる希望を諦め出したところで——
「こんなこともあろうかと! 今日は四次会まで織り込み済みだっ」
今日最高のドヤ顔で、ズバッとぴょんが言い放つ。
その発言に、これは確定的に俺んちに移動だと覚悟し、諦念を持って天を仰ぐ。
「ってことで、みんなでせんかんち行こーぜ!」
……んあ?
天を仰いだ、はずなのに、その言葉に俺は自分の耳を疑った。
「……???」「へ?」
そしてどうやらその言葉に耳を疑ったのは俺だけではなかったようで、さっきまでの爽やかな笑顔はどこへやらという様子の大和が、訝しがる俺の視界に端に映った。
その様子から察するに——
……これ、大和も今知ったって顔、だよな。
あ……オフ会翌日は空けとけって言われた話はさっき聞いたけど、この展開は、まさかの未伝達……?
……うわー……さすがぴょん。これはほんと、さすがとしか言えない……!
南無大和。
「え、うち? は? え、聞いてねーぞっ!?」
そして先に察した俺に遅れること1,2秒、ようやく大和の脳がぴょん語を理解したようで、焦った顔で両手を広げて「聞いてねーよ」アピールが行われたが——
「うっせーなー、男のくせにうだうだ言ってんじゃねーよ!」
はい、一刀両断です。
その言葉に頭を抱えて絶句した大和だったが。
「そのために昨日の夜からせんかんち行って掃除してたんだろうがっ」
追い討ちなのかなんなのか、ドヤ顔のぴょんがそう言って胸を張って腕を組み、堂々と大和にそう伝えると。
「え、あれそういうこと!? たまには甲斐甲斐しいことしてやっかー、って、そういうことだったの!?」
俺とゆめには分からないが、この提案が大和の中で一本の線で繋がったのか、ちょっとハッとした表情を見せた。
その大和の表情に。
「うむ。出来る彼女だろ?」
両腕を胸の前で組んで、えっへん、とそんなコテコテな効果音が聞こえてきそうなドヤ顔を見せるぴょん。
このしてやったりって場面、二人きりの場面のだいなら「褒めていいのよ?」って感じで頭撫でろってしてきそうだし、ゆめなら「ゆめちゃんすごいでしょ〜」ってバッチリ決まったウインクが炸裂するんだろうな。
あまりにあんまりな大和の境遇に、俺まで軽く現実逃避したことを考えてしまったが、やはり三人娘の長女たるぴょんにはこのドヤ顔がよく似合っていた。
それはきっと、大和にも伝わったのだろう。
「いや、まぁ……うん、分かった分かった。でもあれだぞ? うちは倫んちみたく、最寄駅まで電車で数分とかじゃねーぞ?」
諦め、というよりは、ぴょんを受け入れたであろう大和が軽く肩を竦めながら、俺とゆめにも視線を送って、大和んちへの移動の同意を取ろうとしてくれた。
ま、今更この場面で俺んちの方が近いって強調しても、ぴょん案件なんだから変わるわけがないんだよな。
そんな大和の確認に。
「わたしはもう帰れないから、どっか泊まれるだけありがたいよ〜」
「うむ、泊まってけ泊まってけ。まー、何もない家だけどな!」
ゆめが一も二もなく笑顔でお礼を言って、それにぴょんが満足気な笑顔を見せるという美しい友情がそこにはあった。え? 大和んちディスってんじゃんって? いや、そんなのもう今更だろ。今更ぴょん。さらぴょん案件だって。
そんなぴょんの発言を受けちょっとげんなりした大和だったが。
「いや、俺んちだからな……? まぁいいや。倫も来るよな? 俺としては片方が彼女とはいえ、男女比1:2になるのは、出来ればちょっと避けたいんだけど」
流れとして当然俺に対しても、どうするかも尋ねられた。
ちなみに俺個人としては大和んちは行ったことないから行ってみたい気持ちが2で、みんなが行くなら楽しそうだなって思いが3で、疲れたから帰りたいが5って気分だったので、かなり悩むとこだったんだけど、とりあえず大和には伝えたいことがあった。
「そんなんで弱音吐くなよ。俺なんていつぞや男女比1:4でうちに押しかけられてんだぞ?」
そう、第二回オフ会の帰り、今日と同じく終電逃し組が発生した時、だい、ぴょん、ゆめ、ゆきむらがうちに来たのを忘れてはならない。
あの時のゆめは確信犯的に終電を見送り、ゆきむらがうっかり、って感じだったよな。懐かしい。
そんな記憶を、大和を軽く煽る感じで伝えると。
「あはは〜懐かしいね〜」
記憶を懐かしむようにゆめは笑っていたが——
「あの日かー。ゼロやん子犬みたいだったなー。あの日なんであんなんなってたんだっけ——」
「いっ!? その節はお世話になりましたがその話題はやめてくださいマジでっ」
想定外のカウンターパンチがぴょんからやってきて、予想していなかった被弾に俺は慌てふためきぴょんの言葉を掻き消した。
「話してほしくなければ、ゼロやんも四次会参加な!」
……迂闊!
「……はぁ。分かった分かった。行きます行きますってば」
そんな迂闊さゆえに拒否権を失った俺も、大和んちに行くことが決定する。
まぁ今日はだいも実家に泊まりだし、別に明日の予定も何があったわけじゃないし、うん、いいんだけどさ。
「うし、じゃあ決まりな! じゃあとっとと着替えて、0時ジャストの電車乗るぞ野郎共!」
「0時? って……いやいや、あとちょっとじゃん!?」
「わりーな倫、ちょっと歩くけど乗り換えなしで帰るのはそこが終電なんだ!」
「あはは〜、急げ急げ〜」
で、最後まで結局さすがのぴょんにみんなで驚嘆し、みんなでドタバタドタバタと対応する羽目になったのはご愛嬌。
そんな流れに俺はまずおそらく姪っ子ちゃんと一緒に眠ってしまったのかも知れないだいに、大和んちに行くことになった旨を連絡をしておいた。
そして時間のなさ故にやむを得ず全員同室のまま背中を向け合う形でバタバタと着替え、女性陣より先に着替え終えた俺と大和でカラオケ代を支払い、ぴょんゆめと合流するや否や、わーきゃーはしゃぎながら人混みをかきわけ、新宿駅へと走るのだった。
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