第465話 年下の女の子なんだよね

「さて王様さ、この困ったちゃん、どうする?」

「え?」


 そういや俺、王様だったんだっけ。そんな設定もうすっかり忘れてたけど、よく覚えてんなー。

 真っ先にそんなことを思わされたが、ぴょんがゆめを抱きしめ始めてから、およそ5分。ひとしきり話し終えたのか、ゆめをその腕の中に抱いたまま、少し離れたところに座る俺に問いかけてきた。

 それと同時に、腕の中のゆめもまだ涙目ながらこちらに顔を向けて、まるで小さい子みたいな顔を見せてくる。

 あ、最早姉妹というより母娘だな、なんてメイド服とチアガール姿じゃなかったら思ってたかもしれないのは、俺だけの秘密だぞ。


「もうこんなこと、ゆめはしない、でいいんだよな?」

「あー、そう思うけど、どうなんだ? ゆめ」


 そんな不思議な状態の二人組の、ぴょんの方に返事をし、それを受けてぴょんがゆめに問う。

 その問いにゆめは、一度ぴょんに戻した視線をまた俺に移して、コクッと首を縦に振ってみせた。

 その仕草はまるで子どもか小動物が叱られた後に反省を示すような、そんな愛らしさを含んでいて、その姿に俺も自分の毒気を抜かれていくのが分かった。


「じゃあ今回のことは反省した、ってことでいいんじゃないか? だいにはこんなことあったよって話させてもらうけど、ぴょんに怒られて反省してたってことも伝えるからさ」


 だからこそ、俺はこんな感じでこれから先について考えたことを二人に伝えた。

 色々考えたけど、やはり黙ってることは約束を違えることになるからしない。でもこれは第三者を介して解決済みになったことであることも伝える。

 だいのために、約束を守り、尚且つだいたちの友情を壊さないためには、たぶんこれがベターだろう。

 もちろんだいがゆめを許さないという未来もあるかもしれないが、そこはもう俺がどうこう出来る範疇じゃないから諦める。でも、何となくたぶん大丈夫だとは思う。

 むしろ八つ当たりのように俺が責められるような予感の方が強いからな。

 もちろんそれは愛故の八つ当たりなのだから、その場合は俺も愛で応えるしかないのだけれど。


「ん、あたしからもそこは伝えとくさ。あの嫉妬のお姫様に怒られても、ちゃんとごめんなさいするんだぞー?」


 で、俺の考えを聞いたぴょんも頷いてくれたあと、コツンとゆめの頭を小突く。


「っ」


 そんなぴょんの言葉にゆめは一旦ビビッたように身体を丸めていたが、それでも少し後に頭だけは縦に振り、「ごめんなさい」することを了承してくれた。


「ちゃんと自分でもごめんなさいするんだぞー?」


 そして追撃となる頭ぽんを受け、ゆめがコクコクと何度も首を縦に振って見せる。

 それは何とも微笑ましい光景だった。


 いやしかしゆめの退行具合が凄まじいな、可愛いけど。

 なんかもうお世話係のメイドと令嬢の構図じゃんな。

 でもほんと、あのゆめがこうなるなんて……お酒って怖いもんだなぁ。


「よかったな、王様が優しくてっ」


 と、ここまで俺たちを見守っていた大和が、ここに来て久々に会話に参加する。

 その表情は憎たらしいほどに爽やかな笑顔で、その笑顔にゆめも恥ずかしそうに頷いた。


「王様っつーよりは、王子様の格好だけどなー」

「これゆめが倫に着て欲しかったんだろ? どうよ?」

「え……えと、うん、思ったよりも、カッコいい……」

「っ!?」


 そして大和の言葉にぴょんが続いて、それに乗っかった大和がゆめに話を振ると、おずおずという感じにゆめが俺の姿に対して「カッコいい」と言ってくるではありませんか。

 その恥じらいながらの称賛が、普段のゆめに褒められるのとは比にならないほどの深度で俺の胸に突き刺さる。

 いやだって、今の言い方……ガチトーンだよな……!?

 

「おいおい、照れてんじゃねーぞ王様よー?」

「えっ、いやいや、照れてねーしっ!?」

「顔赤くなってんぞー?」


 しょうがねーだろ! こんな素直なゆめ、初めて見るんだから!

 という俺の魂の叫びは、さすがにゆめに伝えられなくて飲み込んだ。


「ちゃんとだいにもその格好見せてやれよー?」

「だいも間違いなくベタ褒めだろうなっ」


 だが俺の沈黙をどう捉えたか、茶化してくるバカップルは容赦なく俺を攻撃し続けてきて——


「あはっ、あははっ」


 その光景がどう見えたのか、しばらく俺対ぴょん&大和の構図が続いた後、久しぶりに、本当に久しぶりに、ゆめが笑った。

 その笑顔はいつものゆめの笑顔よりもずっとずっと素直な笑顔で、計算とかそんなものは微塵もない、心からの笑顔だったと思う。


「ん。ゆめはそうやって笑うのが一番可愛いぞ?」


 そんなゆめの笑顔に、なんだかんだまだずっとゆめを抱きしめたままのぴょんが、眼前のゆめに笑いかける。


「も〜、でも、うん。ありがとね」


 そんなぴょんにゆめは嬉しそうにはにかみながら、ぴょんの胸に顔を押し付けた。

 その光景は、本当にこれで一件落着だと告げるようだった。

 だからこそ俺も大和も、穏やかな気持ちで二人を見ていた、のだが。


「ま、可愛いってもあたしには及ばねーけどなっ」

「「え」」

「おいっ!? 二人分聞こえたぞっ!?」

「あ、やべっ」

「コロスッ」

「南無三」

「あはっ、あははっ。も〜お腹苦しいからやめてよ〜」

 

 ぴょんのドヤ顔の発言に俺と大和が疑問を抱いたことで、今度はぴょんがヒートアップし、抱きしめていたゆめをパッと離して、代わって大和に向かって拳を振りかざす。

 そんな光景に、またしてもゆめが大きく笑う。

 それを見て俺も笑う。

 大和とぴょんは……説明不要だろう。


 うん、これこそが俺らのオフ会だ。

 そんなやっといつも通りに戻った雰囲気に、俺の心の中が「楽しい」の感情で満たされる。


 ほんとね、ずっとこんな雰囲気だったらいいのに。

 って、ずっとだったらだいに会えないからダメか。


 とかそんなことを思いながら、何気なく眺めた左手首に——


「あ」


 つーっと、嫌な予感が直走ったのだった。


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