第458話 ゆめかうつつか
しかしこれ、完全に変な奴じゃないか?
まだ軽くドキドキしている胸を鎮めようと意識しながら、俺は客観的に自分の状態を分析した。
カラオケの部屋の扉の前で、扉に背中をくっつけながら突っ立ってるのだ。
……うん、変な奴だよな……!
まだ幸い近くを人が通ることはないが、冷静になればなるほど今の状況の違和感が胸をつくが、しかし、ううむ。
せめてだいの写真でも見て気を落ち着かせようと、ポケットに手を当ててスマホを探すが、そこにある様子はない。
ああ、そうださっき話しかけられた時テーブルの上に置いたんだ。
となると……これはもう、秘技開き直り……!
いっそ厨二病よろしく腕でも組みながら、俯いて考え事してる感を出してこう……!
しかしほんと、酔っ払った誰かが正常思考を失ってるのを見ると、どうして自分は冷静になるのだろう。
今日のゆめはもう、明らかにキャパオーバーだ。
今日が休前日だから? いやいや、ゆめんち横浜だし、ここで潰れたら相当ダルいだろ? ……まぁゆめの場合はここまでお迎えを出してもらうのも可能なんだろうけど、でも、25になってそれを最初っから考えて行動するとか、流石にないよな。
何かやなことでもあったのかな……いや、でも今日一日、むしろ機嫌良さそうな方が多かったような?
……いや、でも待てよ? あの世話焼きぴょんが、今日のゆめの飲酒量に対して何も言ってない。
ってことは、いつものオフ会こそセーブした姿で、女子飲みの時とかだと、実はゆめってけっこう飲むのか……?
よし、だいに聞いて……って、ああ! そうだ、スマホは室内。ううむ……。
考え事してる感を出そうとしつつ、実際にあれこれ考えて、結局思考が座礁する。
これは考えてもしょうがない。
よし、思考放棄だ。
そう決め込んで、俺はもう腕を組んで頭を下げ考え込むという厨二病上等のポージングで、ゆめの着替えが終わるのを待った。
待って、待って、待った。
のだが——
……遅くない?
思考放棄をしてから体感にして5分は超える時間を過ごし、トータルで言えば7,8分ほど待機したと思えたのだが、一向にゆめからの合図がない。
……は! もしや酔い過ぎてグロッキーとか!?
いつもより飲んでいるゆめだったから、そんな不安がよぎり、俺はもしまだ着替え中だったら怒られること上等で背中を向けていた扉へ向き直り、室内の様子を観察したのだが——
「え?」
細いガラスから室内の全ては見えないのだが、中にゆめの姿が、ない。
……え?
俺が部屋を出るまで座っていた辺りに、その姿がないのだ。
いやいや何事だ!?
そう焦った俺は、もう確認も取らず扉をバッと開けて中に入り——
「ゆめっ」
と、中にいるはずの仲間を探すと——
「っ!?」
結論から言えば、ゆめはちゃんと室内にいた。
入口のガラス越しだとテーブルによって死角になるソファーの上に、横になっていた。
これがサスペンスとかだったら、「し、死んでる!?」なんてくだりが起きるのかもしれないが、横になっていたとしても、はっきりと一定周期で胸部が膨らんで戻ってを繰り返しているのが分かったから、おそらく眠っているだけ、というのがすぐに分かった。
じゃあ俺は何に驚いたのかといえば、そう。
既にコスプレ衣装へと着替え終わった、ゆめにだった。
「我ながら……これはなかなかな衣装を選んだのではなかろうか……!」
そんな言葉が、勝手に漏れる。
そう、コスプレ衣装に身を包んだゆめは、穏やかに眠る静の表情と動の印象を与えてくる衣装とのギャップを備えていたのである。
え、そもそもゆめが何を着ているのかって?
だからゆめの印象にない格好だって。
そう、普段割とふわっとした、生地多めの服を着ることが多いゆめがしなそうな格好なんだよ。
……え? 分かんない?
甘いなぁ。そんなの、チアガールに決まってんだろ!
そう、現在俺の目の前で横たわる眠り姫は、黄色と白をベースとしたチアガールの衣装にバッチリしっかり換装しているのだ。
白くて華奢な腕やおへそが丸見えのトップスに、太ももの半ばくらいまでの丈しかないミニスカート。そのせいで普段あまり見せることのないゆめの白い素肌が、これでもかとひけらかされているのである。
その姿には、正直かなり来るものがあった。
まして着替えるまではゆめにしては珍しくも割とラフな格好をしていたこともあり、今着ている衣装とのギャップがすごい。
しかも何よりさ、この衣装に加えて元から可愛いゆめの顔の寝顔モードだぞ?
これが可愛くないわけないだろう!
「いや、マジ可愛いな……」
そんな言葉が、思わず漏れる。
そして胸中で密かにサムズアップ。
そのまま数秒、俺はその姿を眺めてしまったのだが……。
っていやいやいや!
二人きりの室内で、コスプレ衣装に着替えた女友達を黙って眺めてるってやばいだろ!
我に返って見惚れてしまった自分に喝を入れ、俺は横になるゆめと目線を合わせるように床にしゃがんで、トントンと指先でゆめの肩を叩く。
「ゆめっ。ゆめっ」
着ている衣装が衣装なので、鎖骨のラインの美しさに危うく目を奪われるが、邪念を振り払って俺はゆめの名前を呼びながら、彼女が目を覚ますのを待った。
「ゆめさーん? ゆめさーんっ」
しかしこれがなかなか起きない。
いやいやもううちのギルドで寝たら起きないのとか、キャラ被りしすぎだって。
いつぞやの噛みつきだだっ子化したゆきむらや、ジャックんちに泊まった朝くもんさんが来るまで全く起きなかったロキロキが思い出され、俺は脳内苦笑い。
くそ……やっぱりお前アルコールキャパオーバーだったんじゃねぇか……!
これは起きたら説教コース、そんなことを考えながら、俺は肩トントンをやめて、いい加減なかなか起きないゆめに上半身を覆い被せるような姿勢をとって、両手でゆめの肩を掴み、それなりに力を入れて揺らし始める。
これは昔、真実がなかなか起きなかった時の起こし方。ここまでやればな、大抵の人は起きるのを俺は知ってるぜ!
まぁ起こし方としては強引だと思うけど、このまま寝られても困るしさ!
そんな俺の願いが通じたのか——
「ん……ん〜……」
明らかに覚醒はしていないのだが、甘ったるい寝起きのような声とともに、薄らとゆめの瞼が開き始めた。
そしてこれはチャンスと俺はさらに畳みかけるように、かつて妹を起こしていた時の気分で、自分の声をよりはっきり聞かせるためゆめの顔に自分の顔を近づけて——
「ほらっ。帰るまでがオフ会なんだぞっ。起きろっ」
肩を揺らしながらそう声をかけたのだが——
「あえ? ゼロやんだ〜」
半分ほど目を開けたゆめが、甘えるような声で俺の名を呼んだ後、なぜか嬉しそうに口角を上げて——
「っ!?」
何が起きたのか、一瞬頭の中が真っ白になったのだが——
唇に当たる柔らかい感触だけは、はっきりと分かったのだった。
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