第456話 なれないキング
「王様は何を歌われますか〜?」
「何これ接待カラオケなの!?」
「そう望まれるならなんなりと〜」
「やだよ! やりづれぇよ!」
「かしこまり〜」
「全部素直に取られるのもやりづれぇな!」
歌舞伎町の飲み屋からゆめが予約してくれていた歌舞伎町のカラオケ店に移動してすぐ、
道中に打ち合わせしてる場面なんか欠片もなかったのに、移動の時は大和が俺の荷物を持ってくれたり、ぴょんが小さな段差とか、少しでも気をつけるところがあれば教えてくれたり、ゆめが受付後に部屋に入ったところで、真っ先に俺が飲みたいメニューを聞いてきたり。
それはもう甲斐甲斐しい扱いが始まったわけである。
みんなの振る舞いは召使いと言っても過言ではないもので、相手次第では本当に偉くなったような錯覚を覚えられたかもしれない。
だが、今はやってるメンツがメンツなので、正直言って王様としての愉悦に浸るよりも、怖くて気持ち悪い。
いや、これがみんななりの王様扱いなんだろうけど……いつも俺のツッコミを求めてボケ倒してくるこいつらが、俺がツッコミを入れようものなら律儀にそれに従おうとするんだから、タチが悪い。
俺としては王様になったとしても何も命令しないでやり過ごそうと思ってたのに……!
まさかこいつら、そこまで読んでいたのか……!?
そんな裏読みまでしてしまう俺なわけだが——
「王様! 飲み物きたぜ!」
「おいおいせんかん、様は敬語だぜ? 様呼びはいけねぇよ。なぁ王やん!」
「王やんって誰だよ!? そうはならんだろ!?」
変わらずボケるところはボケてくるから、なおタチが悪い。
みんな割とさっきまでけっこう飲んでたのも影響しているのだろうけど、酔っ払い×3は流石に手に余るぞ……!?
しかし、ここでももちろん飲み物はアルコール。さっきまで3時間の飲み放題だったんだから、ここはもうドリンクバーでいいんじゃないかと思っていたので、ゆめがメニューを見せてくれた時、俺は最初ソフトドリンクメニューを見ていたんだけど。
「え!? 飲まないの!?」
と、超シンプルな驚きとちょっと悲しそうな顔をぴょんに向けられて、割と簡単に折れてしまったわけである。
たぶんみんなの共通認識として王である俺が飲まないのに、自分たちが飲むなんてあり得ない、という感じだったのだろう。
……いや、ほんとなんなのこの状況。
王様権ってさ、王様ゲームの王様権じゃなかったの? 命令する権利だけのやつ。なんで待遇が王様みたいな感じになってんの?
そんな疑問が、常にある。
でも——
「王やん乾杯よろ!」
「頼むぜ王!」
「お願いしま〜す」
と、みんなノリノリに楽しそうな顔をしているから、この空気を壊せない俺もいた。
俺もだろうけど、みんな赤ら顔で、いい感じにアルコールが回っている状態。たぶんもうちょっと飲んだら誰か寝る、そんな感じ。
だから、今はとりあえずもうちょっと耐えていこう。
そのうちぴょん辺りが飽きるだろうし、たぶん。
俺は楽しそうに笑うみんなの視線が自分に集まっているのを、全員の顔を見回してしっかり確認してから——
「ええいっ。家に帰るまでがオフ会だからなっ。帰れなくなるなんてことないように、各自しっかり気をつけろよっ。乾杯!」
と、軽い釘刺し共々グラスを高く掲げて——
「「「かんぱーい!」」」
同じく高く掲げられたグラスたちと、杯を合わせるのだった。
☆
「相変わらず上手ぇなー」
俺の左隣に座るぴょんが、右手で何かしらのカクテルの入ったグラスをカラカラ氷が鳴るように回しながら、感心したような落ち着いた口調で最近流行りの女性シンガーの曲を歌い終わったゆめに賞賛を送る。
「まぁね〜」
そんな言葉を受けて、ぽすっと俺の右隣に座って、にっこり笑いながら軽く足をパタパタさせるゆめは、褒められて明らかに上機嫌。
音楽科としての専門はピアノのはずなのに、ハイトーンも何なく大きな声量で可愛く歌い上げるのだから、頭が下がる。
しかも曲調に合わせて歌う表情までも変えたりするのだから、これはもうちょっとしたアイドル級なのだ。
ゆめ、恐るべし。
「歌うのは好きにやっても怒られないから好きなのだ〜」
「え、何か怒るやついんの?」
「そうなのだよ〜。ね〜、王様〜?」
「あー、音羽さんだっけか。たしかにあの人は怖かったなー」
「あー、ゆめに執着してくるっていうねーちゃんか。なんか大変だなー」
「ほんとだよ〜。好きなことくらい好きにやらせてほしいよね〜」
だがそんなゆめでも怖いというか苦手なものがあるのだから、世の中は分からない。
いや、俺もあの人はけっこう苦手だけどさ。
やたらと強気で壮絶な勘違いをかましてきた人の懐かしい記憶を引っ張りだし、俺は一人苦笑いを浮かべながら、何となくポケットのスマホを見る。
すると——
里見菜月>北条倫『里見菜月が写真を送信しました。』20:32
里見菜月>北条倫『にゃあ』20:32
……おっつ!!
来ていた通知を開いて、その可愛さに絶句する俺。
いや、だってメッセージの可愛さもさることながら、添付された写真が、可愛すぎたのだ。
え? どんな写真がって、そりゃもう当然約束通りの写真だよ。
そう、だいの愛猫であるよもぎちゃんをだいが抱き抱えて、優しい微笑みを浮かべる写真なわけであるよ。
……やばい、天使。可愛い……!
その写真を、秒速で保存したのは言うまでもない。
「ん〜? お〜可愛いね〜、これが噂のだいの猫ちゃんなの〜?」
「うん。マジで可愛いよな……」
「どっちが可愛い〜?」
「え、そりゃだい……って、何聞いてくんだよ!?」
「あはは〜失礼しました〜」
そんなだいからの写真に心を奪われていた俺にいつの間にかゆめが話しかけてきていて、俺は完全に脊髄反射で会話をしてしまった。
そして気付いた時には恥ずかしいくらいデレデレな回答をしてしまっていて、俺は慌ててゆめを注意するが、笑ってやり過ごすゆめには何の効果もなさそうだった。
くそう、俺王様のはずなのに……!
っと、だいに返信しなきゃ。えっと……『マジ可愛い。愛してる』……っと。
そんな返事を送ったのと、場が動くのはほぼ同時だった。
「じゃあそろそろゼロやん、例のやつ始めよ〜」
「む!? 何だ!? ゆめとゼロやんの隠し企画か!?」
「ぴょんさんや、王やんじゃなくなってんぞ? でも何だ、何か計画してきたのか?」
ゆめが俺に話を振り、それにぴょんと歌い途中の大和が反応を見せる。
いや、大和は歌い続けろって思うけど、たしかに俺もスマホ見たりしちゃったし、歌ちゃんと聴かなくてごめんね。
「ずばり、先取りハロウィンでありま〜す」
大和のいれた歌のメロディが流れ続ける中、にこやかに言い放ったゆめ。
その言葉により、俺たちのオフ会は新たな局面を迎えるのだった。
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