第449話 リクエストに応えましょう

神宮寺優姫>【Teachers】『こんばんは』17:58

神宮寺優姫>【Teachers】『私はゼロさんにあーんして欲しいです』17:58

久門しずる>【Teachers】『ゆっきーーーーw』17:59

上村大地>【Teachers】『え!それいいな!僕も!』17:59

山村愛理>【Teachers】『かしこ!』18:00


 ……あ?

 やってきたメッセージを読み、俺が怪訝な表情を浮かべたのは、必然だった。

 飲み会が始まり30分、みんな1杯目のお酒は飲み終わり、珍しくピッチの早いゆめと、俺と大和が3杯目、ぴょんが4杯目。そんないい感じに酔いが回ってきた頃合いにやってきたゆきむらのメッセージは、ほんと、俺からすれば嫌な予感がするものだったのだ。

 しかも思いっきりぴょんが「かしこ任せろ』って返したわけだろ?


「いや、俺は——」

「ゼロやんさすがの人気だな〜」


 しかし「俺はやらねーぞ」と、そう言い出したタイミングがゆめの発言と丸かぶり。俺は言葉を引き、ゆめが続けたから、俺の言葉は掻き消された。


「や、こんなんゆきむらだけだろってっ」

「あーすもだよ〜?」

「あいつはいいの!」


 そんなゆめの言葉に反論していると。


神宮寺優姫>【Teachers】『神宮寺優姫が写真を送信しました。』18:00

神宮寺優姫>【Teachers】『ゆずちゃんに撮ってもらいました』18:00


 送られてきた一枚の写真。

 妹に撮ってもらったというゆきむらの写真は——


「おおっ、ゆっきー可愛いな〜」

「さすがギルド最年少。ナチュラルにゼロお兄ちゃんがこういうの弱そうなの分かってんなー」

「さすが天然ゆっきーだね〜」


 くそ、こいつら好き放題いいやがって……!

 

 写真への反応より脳内での悪態が先に出てしまうような会話を聞かされてしまったが、たしかにゆきむらが送ってきた写真は俺が「天然で可愛いな」と思わせる力を持っていた。

 そう、それは自分の部屋……かどうか分からないが、青色のTシャツを着て、どこかしらの部屋のベッドに腰掛けて、いつもの眠そうな目をしたゆきむらが、こちらに向かって「あーん」と口を開いているバストショット。

 その姿にたしかにこれは目の前でされたら「あーん」としてあげたくなる気持ちを起こさせたが、それ以上にこれを妹に撮ってもらったというゆきむらの大胆さに俺は軽い衝撃を受けた気分である。


石神美香>【Teachers】『ゆっきー可愛い!保存した^^』18:02

神宮寺優姫>【Teachers】『それは少し恥ずかしいですね・・・』18:03

久門しずる>【Teachers】『みんなに写真送ったらそうなっちゃうよーーーーw』18:03

石神美香>【Teachers】『ゆっきーに1票!ノ』18:04

上村大地>【Teachers】『待ってて僕も撮ってくる!』18:04


 そんなゆきむらへの反応はそれぞれで、テンション上がってそうな嫁キングにゆきむらが恥ずかしがったりしているが、とりあえずあーすは無視しよう。

 しかしなんか、リアルタイムで連絡来てるとここに4人しかいなくても、みんなでオフ会してるみたいだなー。

 ……だいも早く来ないかな、って思うけど、姪っ子ちゃんの誕生日だもんな。もしかしたら甘えられて抱っことかしてるのかもしれないし、しょうがない。

 ……でも可愛い子どもを抱っこするだいかぁ……。うわ、幸せすぎるそれ……!

 むしろ俺が見たいのはその写真……!


 と、俺が妄想で脱線していると——


「じゃ、リクエストにお応えしてあたしらも撮るぞ!」


 元気いっぱい拳を振り上げて、無茶振りを言い出す女が一人。

 

「やると思ってたよ〜。じゃあ、あーんするのと、あーんしてあげるの、両方撮ろ〜」

「もちよ! とりあえずまずはリクエストにお応えしてゼロやんからか!?」

「いっ!? いやいやいや、俺と大和はもう1パターン終わってるだろって!?」

「ダメだよ〜。ゆっきーが求めてるのはきっと主観視点だよ〜?」

「面白そうじゃん! 倫、撮ろうぜ!」

「たまに思うけどお前のメンタルすげぇよな!?」

「うし、じゃあゆめゼロやんの撮影よろしく!」

「まかされよ〜」


 そして当然俺が何を言ったってぴょんの作る流れが変わることはないのは分かっているけれど、それでも一応の抵抗はしてみて、敗北する。

 まぁここでずっとゴネても何にもなんないから、もうここは腹を括るしかないわけだけど……ゆめにあーんするのもされるのも、くそ恥ずいなこれ……!


「じゃあ先にゼロやんがわたしにあーんしてきて〜」

「あー、分かりましたよ、はいはい」


 だが俺にもう拒否権はないので、こうなってはただただ従うのみ。

 ちなみに俺とゆめの反対側では、ぴょんが大和にポージングやら何やらを伝えていた。

 なるほど、反対側は反対側でイチャイチャしながら撮るわけね。

 爆発しろ。


「じゃあ、そのローストビーフでよろ〜」

「え、ガチ食べするの?」

「せっかくだし〜?」

「いや、なんだよせっかくって」

「え〜、ダメ?」

「うっ……!」


 こんなやりとりに結局俺の反論虚しく、ゆめの上目遣い+首傾げおねだり攻撃が炸裂し、それ以上俺に抗うことが出来ず。

 俺は黙ってフォークでローストビーフを食べやすいに折りたたんで——


「ほら、あーん」


 と、カメラを構えるゆめの口元に差し出すが。


「あーんする人は、自分もあーんするんだよ〜?」

「え」

「はい、やりなおーし」

「ああもう分かりましたよ……」


 見事なダメ出しを受けて、リテイクし。


「ほら、あーん」


 と、言葉はリピートながら今度は写真が撮られるまで口を開き続け。


 カシャッ、カシャッ、カシャッ


 と、小気味いい音が数回響き、1ショット目が完了した後、赤くなった頬が特徴の笑みを浮かべるゆめが、パクッと俺の差し出したローストビーフを口にした。

 あ。ってかあれじゃん、今俺もゆめの写真撮っとけばよかったじゃん。食べに来るところ、けっこう可愛かったし。


「おいひ〜ね〜」

「口に物をいれたまま食べるんじゃありません」


 だが、まぁこうしてゆめが笑ってるから、とりあえずはよしとしよう。

 じゃあ次は——


「じゃあ今度はわたしがゼロやんに食べさせてあげるね〜」

「ういうい。もうどうとでもなれだなっ」


 ってことで、今度はゆめが切り分けたステーキをフォークに刺して——


「ほら、あーん?」


 カメラを構えたままそう言ってニコッと笑って、俺は口を開いてそれを食べようとするポーズで、しばし身体を静止させる。

 

 カシャッ、カシャッ


 そして待つこと数秒、再び響くシャッター音。

 いやぁしかし恥ずかしかったな!

 口を開いて止まるってなかなかないし、ましてそれを写真に撮られるなんて初めてだし。

 まぁでも後は俺が撮るだけ。

 うん、頑張った。


 そんなことを思っていると。


「食べてくれないの〜?」

「え、あ。ごめん、ありがとう」


 ずっと手を伸ばして俺が食べるのを待ってくれていたゆめが、ちょっと寂しそうな声を出したので、俺は思わず謝りながらそれを食べさせていただいた。

 いや別に食べさせてもらう必要はないんだけど、あの顔で頼まれたらさぁ、ねぇ?

 と、モグモグしながら考えていたら。


「じゃあカメラこうた〜い。わたしがあーんしてあげるから、撮ってね〜」


 ゆめがそう言ってきたので、俺はそれに頷いた。

 でもやっぱ、これ今俺も撮ってあげれば、すぐ終わってたよな。

 そこに気づかないとは、ゆめもしかして、いつもより酔ってるのか……?

 

 そう思ってしまえば、いつもよりゆめの顔が赤くなっているような気が、しなくもない。

 既に3杯目って、今までのゆめのペースより明らかに早い気がするし。


 だがそんな俺の思いをよそに。


「はい、あーん?」


 可愛く口を開き、小首を傾げてさっきと同じステーキを差し出すゆめが現れたので。


 カシャッ、カシャッ、カシャッ


 と、俺もゆめ同様数枚の写真を撮影する。

 いやしかしこれは……分かってたけど、可愛いな。

 まるで彼女とのデートシーンを切り取ったような、そんな素敵な笑顔がそこにはあった。

 何というか、こういうのは撮られ慣れてるんだろうけど、傾ける首の角度とか、口の開き方とか、お酒のせいで赤らんだ頬と相まって、ものすごい可愛い写真が撮れたのだ。

 ううむ、さすがゆめ……。


「も〜、また言われないと食べないの〜?」

「あ、ごめんごめん」


 そしてなぜかまたしても謝りながら、俺はゆめにあーんしてもらう形で、お肉をモグモグ。

 うん、美味い。

 

 さて、じゃあ後はゆめが俺にあーんしてもらう写真か。

 ちらっと大和たちの方を見れば、大和にあーんしてもらってるのに、なぜか食べずに大和にパンチを繰り出しているぴょんの姿が見えた。

 あー、照れちゃってるんですね。

 バカップルめ、爆発しろ。

 ってか、ぴょんは自爆してるから、ある意味爆発してるんだな。

 はっはっは!

 ……はぁ。


「じゃあ、わたしにあーんして〜」

「はいはい」


 別組に対してちょっと冷ややかな思いを抱きながら、俺は最後の写真のためにさっきと同じく食べやすいようにローストビーフをフォークで刺す。

 そしてカメラを構えたまま、それをあーんと口を開けたゆめの方に差し出して——


「っ!?」カシャッ


 俺の驚きと反射的に撮ってしまったカメラのシャッター音は、ほぼ同時だった。


「あ〜、変なこと考えたでしょ〜?」


 そして明らかに狼狽えた俺を茶化すように、ゆめは悪戯っぽくニヤニヤした顔を向けてくるわけだが——


「ちゃ、ちゃんとしなさいっ」

「てへっ」


 ちらっと確認したスマホの画面に、予想通りの写真が撮れていて、変な高揚感のようなものが高まるのが自分でも分かった。そんな焦る心を抑えながら注意する時、俺はゆめの顔を真っ直ぐには見られなかった。

 そしてこの場にそぐわない反応を示す自分に、心を整えるよう必死に落ち着けと脳に命令を下させる。

 

 そうやって少し待って、ようやくちゃんとしたゆめの写真を撮れたわけだが——


「興奮した?」


 撮り終わった写真を確認しようとして俺に近づいてきたゆめが、耳に唇が触れるかどうかの距離で、ボソッと俺に言葉を告げる。その言葉は短くも、必死に自分を抑える俺の力を無効化するには十分で——


「おやおや〜?」


 横並びの席で向き合っていた配置から、俺は90度身体を捻って、ニコニコと笑って3杯目のお酒を飲み干したゆめと向き合う状態から抜け出した。

 でも、脳裏に残るさっきの写真が、ずっとチラついて離れない。

 あーんと口を開いた後、ゆめが見せた挑発的な眼差しと長く伸ばした舌のコンビネーションは、それほどまでに扇情的で……俗っぽく言えば、ものすごくエロかったのである。



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