第447話 よく見てくれる仲間は大切です

「おせーぞっ」

「割と時間かかったね〜」

「いやー、わりわりっ」

「ったくよー。16時半閉園だから、さっさとずらかるぞっ」

「え、マジ!?」

「レジャーシートせんかんのリュックにぴょんが詰め込んでたから、すぐ行こ〜」

「おう!」


 荷物を置いていた芝生ゾーンに戻れば、既にレジャーシートは片付けられており、俺のリュックをゆめが、大和のリュックをぴょんが持っている形となっていた。


「荷物重いな〜」

「ああ、ごめんごめん。芝の上に置いといてよかったのに、ありがとな」

「ん〜ん。別にいいよ〜」


 そして俺も大和もそれぞれリュックを受け取って、俺と大和からすればたった今戻ってきた道を引き返すことに。

 その道中空を見上げれば、まだそこまで夕暮れって感じもないけれど、たしかに太陽は西の方に傾き出していた。

 来た時は太陽が真上くらいだった気がしたけど、なんだかんだ割といたんだなぁ。

 そんなことを思いながら、ナチュラルに前を歩く大和とぴょんの後ろを、ゆめと並んで歩く俺。

 しかし後ろから見る感じ、なんとまぁ大和の方に顔を向けて話すぴょんの横顔の、楽しそうなことかね。


「すっかりせんかんの彼女だね〜」

「だなぁ」


 どうやら俺の隣の子も、同じことを思ったようで、その感想に俺も素直に同意した。

 元からよく笑ってよく怒る、感情豊かなぴょんだけど、なんだろうな、大和の隣にいるときはすごい穏やかに見えるんだよな。

 もちろん言動とかそういうのはいつも通りだし、具体的にどうって言われても上手く説明はできないのだが、初めて会った時から大和と付き合うまでの頃と比べると、何となく穏やかに見えるのだ。

 恋が人を変える、ということだろうか。

 

「せんかんがいい彼氏なんだろね〜」

「あー、うん。だな。元々大和はいい奴だしな」

「だいもゼロやんのこと話す時、楽しそうだよ〜?」

「え、あー。そう、なんだ」


 でも、急に話題を変えて褒められて、俺は軽く照れてしまったのだが——


「まぁでも、ぴょんより色々相談もくるけどね〜?」


 上げて落とすとは、こういうことなのだろう。

 ガクっと肩を落としながら、俺はそれを告げてきたゆめに苦笑い。


「う……何となく想像できるなそれは。……話聞いてあげてくれてありがとな」

「ん〜ん。ぴょんと違って色々経験ないわけだしね〜。話聞くくらいなんでもないよ〜」

「うん、ありがとな」

「いえいえ〜。でもだいもだいでズレてるとこあるし、心配しすぎなとこあるからゼロやんも大変だな〜ってたまに思うかな〜」

「お? あー、まぁそういうとこはあるけど、でも俺のこと想ってくれてのだいの考えとか行動って分かるから、別に大変なんてことはないよ」

「お〜。でもこの前隠し事バレたんでしょ〜?」

「いっ!? な、なんでそれを!?」

「具体的には内容聞いてないけど、隠し事されてて悲しいって連絡きたからさ〜。だいにはどっちも難しいだろうな〜って思いつつ、別れるかお仕置きして分からせてあげな〜って言ったんだけど、どうやって仲直りしたの〜?」

「えっ!? あ、あー、あはは……」

「ん〜?」

「な,何でもない、何でもないよ! しっかり話し合って仲直りした、それだけさっ」

「ほほ〜?」


 後列を歩く俺たちは俺たちで当然二人で話すことになるわけだが、この会話の中で知った、あの日のお仕置きイベント発生の原因。

 なるほどそうか、ゆめだったのか。

 とはいえゆめからすれば難しいと思ってたってことは、割と冗談半分でアドバイスしたのかもしれないけど……あの日のだい、けっこうノリノリだったよな……。

 その辺はゆめの予想外、だったのかな……。


「でもさ〜、隠し事するならバレちゃダメなんだよ〜?」

「え?」

「ゼロやんは詰めが甘いタイプだから気をつけないと。まただいを傷つけちゃうよ〜?」

「あ、あー。そう、だな。うん、気をつける」


 俺がだいとのあの日のことを思い出していると、改めてゆめからの忠告が告げられる。

 その時のじっと俺の目を覗き込んできたゆめの瞳は、透き通るように綺麗で、なんだか不思議な力があるような、そんな気がきた。

 でも詰めが甘い、か。

 思い当たる節がありすぎて、だんだん自虐的になっていく内心を抱えながら、俺はそれを悟られないように一度笑って。


「でも、ゆめはそういうの上手そうだよな」


 と、話を変えるように、軽口を叩いて言ってみた。


「まぁね〜。って、それ褒め言葉なの〜?」


 すると一回はいつものゆるい感じで言葉を受けたものの、改めて気付いたのか、小さく頬を膨らませて不満を示すゆめに変化して、俺はその表情にまた笑う。

 

「でもさ〜、人間誰だって、100%情報フル開放なんて出来ないじゃ〜ん?」

「うん、そりゃそうだ」


 100%なんて出来るわけがない。

 自分でも忘れていることもあるし、自分の全てを語るということは、関わってきた人のことも語るに等しいのだから。

 そんな無遠慮なこと、出来ようはずもない。

 前にうみさんが言ってた「心の壁」とはまた少し違うけど、自分がどうしても言いたくない一線とか、言ったら周りに迷惑をかけたり人を傷つけることに繋がってしまうから、自分の中にしまっているものは誰にだってあるだろう。


「それが出来る奴がいたら、心が広い、じゃなくてバカだな」

「そだね〜。でも、上手く隠せなかったり、自分の心の中から溢れたりもあるから、難しい時もあるけどさ〜」

「それは、まぁあるか」

「でもせめて誰かから伝わってバレるは、起きないようにしたいよね〜」


 グサッ


 少し前までの頬を膨らませる可愛らしい表情から、少し真面目そうな表情に変わり、話も少し真面目なものになった中でゆめの放った言葉が、ストレートにノーガードで俺の心に突き刺さる。

 でも、正論だもんな……!


「だ、大丈夫。仲直りの話し合いの時、これから先は全部話すって約束したからっ」

「? 何の話〜?」


 ったー! ミスったー!

 完全にミスった!!

 そうじゃん、これが確信犯としての一撃だったなら、きっともっとニヤニヤしながら言ってきたはずなのに、そうじゃない!

 ってことは、今のはこの前のお仕置きの一件がどうやって起きたのかを知らずに言ったってことだよね……!

 墓穴掘った……!


「あ〜……残念な子だなぁ〜」


 そんな俺のテンパりに気付いたからか、ゆめが嬉しそうに笑って、手を伸ばして俺の頭をポンポンと慰めてくる。

 くっ……屈辱……!


「でもほら、ダメな子ほど可愛いって説もあるじゃ〜ん?」

「おいっ、ダメな子認定すんなっ」

「事実だしな〜」


 そして追い討ちフォローを放ち、さらにゆめが楽しそうに笑う。

 3歳年下相手に、こうも手玉にされるとは……くっ……!


「でもこうも言えるかもよ〜?」

「ん?」


 だが、目が細くなるくらい楽しそうに笑っていた笑顔から一転、ピンと右手の人差し指を立てたゆめが、楽しそうな顔には違いないのだが、何かを見透かすような瞳と表情を見せて——


「ゼロやんはゼロやんの価値観で動いてるんだろうから、そんな頑張ってだいに合わせなくてもいいんじゃない? って」

「え」


 予想外の言葉を伝えてきて、俺は苦笑いすら忘れて、間の抜けた声を出してしまう。

 でも合わせなくていいって、どういう——


「なんか、そういう風に見える時あるからさ〜? だいを傷つけたくないが先行して、変なことなってる時多くな〜い?」


 言葉の真意を計り兼ねたのも束の間、追い討ちとなる言葉を言われ、俺は反論する言葉が浮かばない。


「変になってるって……いや、でも……ううむ」

「心当たりあるよね〜」

「いやまぁ、うん。そうだな。その度結局傷つけて、何回も反省してきてるな」

「やっぱり大変じゃないの〜?」

「いや、さっきも言ったけど、俺はそう思ったことないよ。……だいは、分かんないけどさ」

「そか〜」


 そして続けられた会話の中で、改めて大変じゃないかと聞かれたけれど、俺が望んでだいの隣にいるのだから、本当にそんなことはないのだ。

 その場その場ではそう思うことがあっても、他の人に大変だとか、そんなこと言うようなレベルではないし。

 そう思って俺はゆめに軽く笑って見せたのだが——


「ゼロやんなりに頑張ってるんだね〜」

「なっ、だからダメな子扱いすんなってっ」


 今度はにやついた顔で俺の頭に手を伸ばしてきて、結局俺の笑顔はすぐにどこかへ行く羽目になる。


「あはは〜」


 だが、そんな俺が面白いのだろう、ゆめが屈託ない笑顔でまた笑う。

 でもほんと、だいから色々聞いてくれてるし、俺たちのことよく見てくれてるんだなぁ。

 ゆめにも迷惑かけないようにしないと、か。


 一連のやり取りから、俺が思うのはそんなこと。

 ほんと、俺はいい仲間たちに恵まれた。

 だから出来る恩返しは、していかないと。


 隣で笑うゆめに苦笑いを見せながら、だんだんオレンジ色に染まっていき、自分の影が伸びていくのを感じながら、俺たちは次なる会場へとその足を動かすのだった。

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