第446話 堂々とする奴・しない奴

 撮られ、た?

 突如聞こえたその音の方に目を向ければ——


「やっぱり倫ちゃんと大和ってそういう関係だったの!?」

「明香里っ、その写真私にも送ってっ」

「おっけー。いやぁ、これはいい写真が撮れたなー」

「おー、明香里たちじゃん。まさかこんなとこで会うなんてな!」

「え、いや、待て黒澤っ!?」


 キャッキャした表情を浮かべる、私服姿の若い女の子が3人。その姿は、全員見覚えがあり、特にその中の一人は見覚えどころじゃなくよく知った子だったのだが——


「えー、引退したら苗字呼び戻るの切ないなー?」

「えっ、倫ちゃんってソフト部の子名前呼びなの!?」

「なんかずるーい」


 そう、そこにいたのは、夏に部活を引退し、既に推薦入試で大学合格を決めた、黒澤明香里と——


「千尋と真希ってことは、なるほど。既に進路決定組かー」


 俺はパッと名前が出てこなかったが、うちの学校の3年生たちだったのだ。

 えっ、てか大和のやつ、写真撮られたって気付いてないの!?


「いえーす。でも倫ちゃんさー、里見先生がいるのに大和と浮気はダメだよー?」

「は? いやいや! そんなわけねーだろっ」

「わっ、慌ててるっ! これはあやしいっ」

「いやだからなっ!?」


 さっき撮られた時のタイミングを思い返せば、明らかに大和が俺にソフトクリームを差し出しているところだったのは間違いない。

 そして3年ってことは、大和の学年の子たちで、去年俺の授業を受けているから俺と大和の仲の良さを最も知っている学年の生徒たちってことだ。

 そんな3年たちの一部で、俺と大和が出来てるんじゃないかと妄想する女子生徒がいるってのは飲み会の席で聞かされていて知っている。

 つまり今の写真は、広まると割と怠いことになる気がしてならない!


「見て見て、タイミングばっちしじゃない? この写真」

「ん? おぉ。なんだよ倫、やっぱりアイス食べたかったんじゃん」

「は!?」


 焦りを感じる俺をよそに、何も動じない大和は立ち上がり、今し方写真を撮った黒澤のスマホの画面を見せてもらって、何故か楽しそうに笑っていた。

 だが全くもって勘違い甚だしい発言に俺も黒澤の方に近付いてその画面に目を落とせば——


 ソフトクリームを俺に差し出す大和と、ちょうどそれにツッコミを入れたせいで、そのソフトクリームに向けて口を開いているところの俺の姿が写っていて……多少俺の目つきがご機嫌斜めではあるものの、まるで大和がなかなか食べさせてくれなくて拗ねてしまっている俺、という風に見えなくもない様子になっていた。

 いやいやいや、なんだこの見方によっては危険な解釈が出来そうな写真は!


「いい写真でしょ?」

「肖像権の侵害だぞそれっ。消せってっ」

「嫌でーす」


 俺に対してもにこやかに言ってくる黒澤に、俺は不適切な行為だと訴えるも効果なし。ソフト部だと優等生だった黒澤も、こうしてプライベートになれば、一女子高生ということか……!


「これはそらに送らねば」

「いや、それは週明けが怠い! やめい!」


 と、完全に楽しんでいる黒澤に、俺は全力で制止をかけるも、どうやら効果はなさそうだった。


「明香里ありがとー!」


 というか、既に今一緒にいる友達には送っているみたいだし、なんてこったい。

 そもそも今時の女子高生が休みの日に御苑に来るとか、もうちょっと華やかなところ行きなさいよと、そんなことすら思えてくるのに——


「あ、じゃあそれ俺にも送ってくれよ」

「いいよー」


 大和はというと、平然と黒澤からその写真をDropしてもらったようで。


「この感じ大和の方が倫ちゃん好きなのかなっ!?」

「いやいや、これは倫ちゃんの照れ隠しってパターンもあるかも!?」


 黒澤と一緒にいる子たちは、既に何かしらの妄想を始めているではありませんか。

 なるほど、君らが一部の生徒ってわけなのね……!

 そんな生徒の様子に何を思ったのか。


「ま、俺らくらいの仲良しだとな、こうやって休みの日に手料理食べあうくらい当たり前だからなっ」

「いやお前は何も作ってきてねーだろっ」


 と、ツッコむ俺をよそに笑顔で俺と肩を組んできて、その写真をまた生徒たちに撮影される羽目になった。

 だが——


「えっ、倫ちゃんがお弁当作ってあげて、二人で食べたの!?」

「えー、やっぱり倫ちゃんも大和好きなんじゃんっ。てか、倫ちゃん尽くすタイプなんだねっ」


 と、女子高生たちの妄想は止まらない。

 しまった完全に俺のツッコミミス……!

 完全に盛り上がった生徒たちに、俺は顔に手を当てて後悔する。


「ははっ! でも冗談はさておき、俺ら今日は二人じゃねーんだ。連れがいるからさ、そろそろ合流しに戻らねーと」

「あ、もしやダブルデート? 里見先生も来てるの?」

「いんや、今日はオフ会ってやつでな、倫の愛しの里見先生はいないけど、他のゲーム友達とピクニックに来てんだよ」

「えっ、何それ楽しそう!」

「てかてか大人同士でもピクニックとかするんだねっ」


 そんな俺をよそに、何も包み隠すことなく説明した大和の言葉に、生徒たちが目を輝かせる。

 しかしすごいな大和、そうもあっさりプライベートの話をするなんて。

 俺もゲーマーってことは生徒たちに言ってるし知れ渡ってるはずだけど、そこまで抜け抜けとオフ会って単語とか誰と来てるかなんて、口に出来る気がしない。

 でも、この裏表なく堂々とするところが大和の良さなんだよな。だから生徒たちに好かれる。うん、よく分かる。

 今会ったのが大和の学年の子たちってのもあるが、すっかり大和を囲んで楽しそうに話してるわけだし。


 ……俺もこのくらい、堂々とオープンでいた方がいいのかなぁ。

 ううむ。


「ってことじゃ、また来週なっ」

「はーい」

「ばいばーいっ」

「じゃあね、大和、倫ちゃんっ」

「あー。気をつけて帰れよー」


 俺が一人大和と自分を比べていると、気付けば一通り大和と生徒たちの談笑も終わったようで、にこやかに黒澤を始めとする生徒たちが手を振って帰っていった。

 ほんと、予定外の遭遇だったというのに見事な大和の生徒対応だ。


「すげぇやお前」

「ん? 何が?」

「いや、別になんでもねーよ」

「なんだ? 結局俺の方のアイス食べれなくて拗ねたのか?」

「なわけねぇだろっ」

「ははっ! まぁなんだ、とりあえずけっこう時間も経っちゃったし、俺らもそろそろ戻りますか!」

「うん、そうだな」

「いい写真も手に入ったことだしなっ」

「えっ、まさか黒澤にもらった写真で勝負するってのか……?」

「おうよ! ネタとしては十分だろ?」

「えー……だってあれ撮ったの俺らじゃないぞ?」

「なんだよあんなに無理だと思ってたくせに? それにさ、被写体が俺らなら、俺らの写真には違いないだろ?」

「それはそうだけど……」

「ぴょんにはああいうふざけたものの方が有りだろって」

「あー……まぁ、うん。そうだな」


 いい写真かどうかなんてことは置いといて、たしかにネタとしては十分だろう。

 でも、うーん……なんだかなぁ。

 棚ぼた写真みたいで、これでいいのかなぁと思うところがないわけでもないが、ぴょんのことを一番理解している大和が言うのだから、それでいいの、かな。

 まぁ、いいか。元々俺たちだけでいい写真なんか撮れる気してなかったんだしな。うん、割り切るしかないな。


 そんなことを考えながら、俺は大和と二人横並びになって、ぴょんとゆめの元へ戻るのだった。


 

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