第445話 ぶらり男散歩

「うし、じゃあその方面で決定な!」

「またね〜」


 予定通り、俺と大和が西に行くことを伝え、ぴょんとゆめが東で決まる。

 そして二人が先に出発し、俺たちはその背中を見送った。

 

「じゃ、行きますか」

「おうよ。とりあえず、この池の方行こうぜ、池」

「ん? なんだ倫泳ぎたいのか?」

「意味のないボケはやめろっ」

「俺はさすがに池は泳がんぞ?」

「だから入ることを前提にすんじゃねぇ!」


 で、残った俺たちもいざ出発となったので、俺は大和にマップの北西部にある池に行こうと伝えたのだが、これがもう話が進まない進まない。

 この水泳部顧問めが。


「池ならなんか生き物とかいそうじゃん。だい動物好きだし、なんかいたら写真撮れるじゃん」

「あー、なるほど、だいファーストね」

「基本だわ」

「それも愛だな」

「そうだよ」

「おお……眩しい!」

「お前に言われたくねーわっ」


 そしてその後も会話もこんな感じで、ほんといつ動き出すんだって話だったのだが、なんやかんやまるで中学生のように、お互い自慢げに自分の彼女のいいところやら好きなところを話しつつ、俺たちは先に向かうのだった。







 15時32分、御苑内北西部に位置する池にて。


「これは、見事な池だなー」

「いやぁ、俺も池だなー、しか言えんわ」

「これくらい広ければけっこう泳げそうだけどなー。ちらっ」

「自分でちらっとか言うな! 泳がねーよ!」


 そもそも泳いだらルール違反だろうがバカ。

 目的地の日本庭園ゾーンに広がる池を前に、早速俺と大和の無駄なくだりが発生する。

 このくだりで俺たち以外の誰かが笑ってくれればまだ報われる気持ちにもなるが、何だって大和を楽しませるためにツッコミを入れねばならんのだよ。

 

 そんなことを胸の内で毒づきながら、俺は青空の下、陽光に照らされてキラキラと光る深緑の湖面、ならぬ池面に目を送る。そこには穏やかそうに泳ぐカルガモの姿や、すいーっすいーっと泳ぐ鯉の姿が見えた。

 

 その光景は実に牧歌的だったのだが。


「まぁ、どこの池でも見れそうな光景だなこれ」

「俺も今同じこと思ってたよ」


 大和の真っ当なコメントに、俺は同意せざるを得なかった。

 そこには特別な光景は何もなく、ただただ平和な、ありふれた光景が浮かぶのみ。

 いや、もちろんこういう平和な光景こそ尊いんだけどさ。


「あ、亀」

「え、どこどこ?」

「ほら、あいつ。甲羅干しかね?」

「おー」


 とりあえずそんな泳ぐカモ、人の方に寄ってくる鯉、甲羅干しをする亀の写真なんかは撮ったりしてみたが、これはなんかもう、後で振り返って何で撮ったんだろうってなる写真だろうなぁ。


「いや、しかしこれ予想以上に特別感何もないぞ?」

「まー、この平和さが一番尊いものって考えることも出来るけど、それなりにぴょんとゆめの写真と戦えないと、それはそれで怒られそうだからなぁ」

「うむ。しゃーない、ここで作戦会議だ。倫、スマホで映え写真調べようぜ!」

「え、そんなんありか?」

「今の時代普通だろ。映える写真、みんな撮ったりしに行くじゃん?」

「あー、そうか……。そういうのあんま馴染みないからなぁ」

「ま、とりあえずサーチサーチ!」

「はいはい」


 そういうことで、俺はスマホで「御苑 映える写真」と検索すると。


「ほぼ風景写真ですぜ大和さん」

「まぁ、そうよなー」

「とはいえ、ただの風景撮っても、ぴょんたちにバカにされて終わるし……ふむ」

「いっそ組体操でもするか?」

「それを誰が撮るんだよ……」


 検索結果は想像の通りで、そんなどうしようもない展開に、俺は大和のボケに対するツッコミを入れる気持ちにすらならなかった。


 まぁ和を感じるいい感じの写真でぴょんとゆめにけなされてもいいんだけど、何となく負け確イベントでも、それくらいは避けたいよな。


「とりあえず、散歩でもするかー。なんか浮かぶかもしれないし」

「そうな」


 でも何も浮かばない俺たちは、とりあえずひたすら歩くことで妥協する。

 いや歩くことで何か見つかるかもしれないし、これは現実逃避ではない。戦略的撤退。可能性は捨ててないからね!




「今日本史ってどの辺教えてんの?」

「ん? 今は一次大戦終わって、どんどん大日本帝国が中国で暴走していく辺りだな」

「ほうほう。そっか、明治はもう終わっちゃったのか」

「あー、明治の文化史で明六社とかその辺の話した時は、何人か去年倫に習ったって言ってるやついたぞ?」

「おお、それは一安心。でも何人かかー。全クラスやったんだけどなー」

「そんなもんだべ、受験で使うやつなんてほぼいないんだし」

「まぁそうよなぁ」


 そして穏やかな自然に囲まれた場所に来たのに、話すのは仕事の話っていうね。

 でもこの辺は、同じ社会科でよかったな。


「倫の政経クラスは、今経済か?」

「うん。需給曲線とか、そのへんこの前教えたよ」

「ほー。戦後の政治史って、反応どうだった?」

「まー興味なさそうだったな。うちの生徒に過去の政党とか言ったって意味なさそうだよなー。今の時代の政党も知らないのに」

「おいおい、そこは主権者教育担当の公民科の出番だろ?」

「そっちは俺がメインじゃねーし。羽村はねむら先生任せだよ」

「ハネじぃかー。あの人朝読んだ新聞の話で15分くらい使うんだろ? すげぇよなー」

「まぁ、ベテランなだけはあるな。そのやり方が正しいのかは知らんけど」


 そしてさらに続く仕事の話。

 ちなみに羽村先生は星見台の進路指導部主任を務めるベテランで、俺と同じ公民科で政治・経済を専門とする先生のことである。

 就職活動の生徒はきっと頭の上がらないおじいちゃん先生だ。


「でもほんと、俺らよく先生やってるよなー」

「何だよ急に?」

「いやだってさ、子どもの頃自分が先生してるなんて、イメージ出来たか? 先生のイメージはあっても、子どもと関わらない仕事のことなんか全然知らなかったわけじゃん? それなのに今それをやってるって、すげぇよなー」

「あー。でもほら、誰かがやらなきゃいけない仕事じゃん?」

「まぁな。それに、それなりの倍率くぐり抜けて受かったんだし、頑張らないとだよなー」

「そういうことさ」


 ほんと、大和との会話には面白みもくそもなかったが、こんな会話をしながらふらふら歩いていたら。


「あれ? これ来たとこの門じゃね?」

「あ、ほんとだ。お、売店あるじゃん。疲れたし、なんか買おうぜ、男気で」

「お、倫からの挑戦とは珍しい。よかろう、受けて立つぜ」


 やってくる時に通った新宿駅に一番近い門付近で見つけた売店前で、俺と大和の戦いが幕を開ける。

 そして。


「「男気ジャンケンジャンケンポンッ!」」


 二人で声を揃えて勝負をし——


「さすが倫の兄貴! 男前!」

「ま、まぁな……!」


 ほんの一瞬でついた決着。

 その結末に、大和が俺を讃え、俺は不自然なドヤ顔でそれに応える。

 まぁつまり、俺がジャンケンで勝ったから何か大和に奢るってことなんだけど——


「ソフトクリームいいな。バニラよろっ」

「あいあい。じゃあ俺はチョコレートにしよっと」


 売店前に並ぶのぼりに描かれたソフトクリームの存在に気づいた大和が何が欲しいか伝えてきたので、俺もそれに合わせて、合計2種類のソフトクリームを購入する。

 しかし危ない、16時ラストオーダーだったんだな。

 買った時刻は15時57分。あぶねぇ、超ギリだたった。


「ほれ」

「あざす!」


 そんなギリギリに買ったソフトクリームの片方を大和に渡して、とりあえず近くのベンチに座る俺たち。

 しかしいい大人の男同士がこうやって二人並んでソフトクリーム食べてるとか、はたから見たらそういう関係に見えそうだよなぁ。

 ……いや、ならいっそ割り切ってそう思われそうなところを利用して……?


「なぁ大和くん」

「ん? なんだバニラ食いたいのか?」

「いやそうじゃなくて——」


 この状況のツーショットでも撮れば、ネタとしてはありなんじゃないかと思った俺が大和に話しかけると、何を勘違いしたのか、バニラソフトを食べる大和が俺が食べやすいようにソフトクリームを差し出してきて、俺はそれを否定しようとしたのだが——


 カシャッ


「っ!?」


 聞こえたその音の方へ、俺と大和が振り返ったのは、同時だったと思う。


 

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