第442話 彼女に似合うもの

 ゆめに何を着せたいか、だと?

 なんだと……!?


 突如聞かれたリクエストに、俺の脳が一旦真っ白になり、その直後、奔流のように自分の煩悩が溢れ出す。

 その激流の末に俺の頭の中に残った、一つの答え。

 だが、ここでそれを即答することのほうがおかしいのではないかと、ハッとした俺の脳が判断する。


「いや、てか、俺が選ぶの?」

「ダメ〜?」

「着たいの着ればいんじゃないのか?」

「え〜、だってどうせ着るなら、誰か喜ぶ方がいいじゃん?」

「そういうもんか……?」

「そだよ〜。それにゆめちゃん、大概のものは似合っちゃうし?」

「おおう。それはすごい自信」

「それに前回のセーラーは、好きそうだと思ったのに外しちゃったしさ〜」

「あー、そんなこともあったなー」

「ってことで、わたしも選んであげるから、選んでよ〜。ね?」


 だが、あれこれ話してみたものの、結局ゆめの首を傾げながらの「ね?」というおねだりに俺は食らってしまい——


「はいはい、わかりましたよ」


 と、そのリクエストに応えることが決定する。

 いやでもね、ほら、可愛いは正義っていうじゃん? ここで断り過ぎても空気悪くなるじゃん?


 ってことで、俺とゆめは到着した店内のハロウィン特設コーナーに真っ直ぐ進み、それぞれに着てもらう衣装を物色することに。

 しかしほんと、色々あるなー。

 この中でゆめに似合うもの、か……。


 ふむ。

 俺は先ほどの脳内シミュレーションを破棄してから、目の前に並ぶナース服やら警察官の制服、セーラー服やメイド服を眺めながら、それぞれを脳内でゆめに着せてみて……って、これ相当キモいな! やめやめ!

 と脳内での想像にかぶりを振って、俺は直感による判断に切り替える。


 直感、直感で……あ、これだ!


 そうしてビビッときた衣装を手に取って。


「これ、かな」

「ほほ〜。でもこれは、だいの方が似合うと思うよ〜?」


 俺が選んだ衣装をゆめに提示してみたものところ、返ってきたのは戸惑いとまではいかないものの、疑問の色だった。

 だが俺がこれを選んだのには理由がある。


「いや、ほら。笑顔が似合う衣装じゃん? これ」


 そう、この衣装を身に纏う者は常に笑顔なのだ。だからこそ、俺はこれがゆめに似合うと、直感的に思った。

 もちろんだいにも色んな意味で似合うし着て欲しいのだけれど、でも、笑顔全開のゆめと恥ずかしそうにするだいを考えれば、似合うのはゆめの方だろう。……いや、恥ずかしがるだいも最高なんだけどね?

 っと、妄想は一旦ここでやめといて。


「ん〜?」


 そんな俺のイメージに、ゆめはいまいち納得してなさそうだったので。


「だいとゆめなら、ゆめの方がいつも笑顔だろ?」


 と、俺は追撃となる理由を放つ。

 だが——


「なるほど〜。だいに言っとくね〜」

「えっ!? ちょまっ!?」


 まさかのコール&レスポンス納得&攻撃に俺は焦ったようにゆめの肩を掴むが——


「あはっ、慌ててる〜。嘘で〜す」

「おいっ」

「さすがにそんな告げ口みたいなことはしないよ〜。でも、そっか〜。わたしそんなイメージなのか〜」


 得意の笑顔をさらに楽しそうにさせながら、ゆめがテヘペロっと可愛く舌を出して誤魔化して、その後少し、考えた様子を見せた。

 そして。


「わたしが笑顔でいるのは、自分が楽しいって思ってる時だけだよ〜?」


 と、なんだか少し意味ありげに首を右に傾けて、俺の顔を覗き込みながらゆめがそう告げる。

 でも何となく俺にはそれが照れ隠しに見えたので。


「じゃあ俺らといる時のゆめがいつも笑顔なのは、俺らと遊んでるのが楽しいからってことだなっ」


 と、掴んでいた肩から手を離し、俺は右手でサムズアップしながら軽く茶化すようなことを言ってみたら。


「自分でそれ言うって、あははっ。さすがゼロやんだね〜」


 珍しく割と大きな声を上げて笑い、思いっきり破顔するゆめが現れて。


「でもそだね〜、うん。一緒に遊んでるの、楽しいよ〜」


 笑い過ぎて軽く涙目になりながら、またゆめが笑いかけてくる。その本気の楽しそうな感じに、俺も気づけば笑っていた。


「って、あっ、もう13時なっちゃうよ〜」

「おおうっ、やべぇな! 急げ急げっ」

「後でお金払うから、ゼロやんはこれ着てね〜」

「えっ!? これっ!?」

「うん、着て欲しいな〜って」

「わ、分かった! じゃあ行こう! ゆめは大和たちに13時過ぎたらごめんって言っといてっ」

「は〜い」


 だが、そんな楽しい買い物タイムはタイムリミット付きだったので、現在時刻に気付いたゆめの焦りで、俺たちはバタバタと動き出すこととなる。

 そして二人で急いでレジに向かい、俺が二人分の衣装を買う間にゆめに遅刻してくるであろう二人にメッセージを送ってもらって、俺たちは軽く急ぎ足で再びの新南口を目指すのであった。







「ごめんね〜」

「わりっ、遅くなったっ」

「いやいや、こちらこそ遅れてすまん!」

「この度は大変ご迷惑をお掛けいたしましたこと慎んでお詫び申し上げます」

「いや重い重いっ」

「おかげで色々楽しかったから、別におっけ〜だよ〜」


 13時08分、それが俺とゆめが遅刻してきた大和とぴょんと合流した時間だった。

 歌舞伎町から急いで歩こうとはしてみたものの、あの人波を一人ならまだしも二人で急ぐのはなかなか無理があり、俺たちは逸れないように、再度俺が前で盾になり、ゆめが後ろから俺の背中を押すフォーメーションでここまで戻ってきたわけである。

 ってことで13時を過ぎたから、俺たちよりも大和たちの方が先に着いてしまっていたわけなのだが、この程度の遅刻は些末なもの、とでも言うようにぴょんは割と凹んでいて、大和が苦笑いを浮かべていた。

 そんなぴょんの様子に逆に俺は戸惑った。だってぴょんだぞ? たしかに密やかな気配りや気遣いに長けているが、みんなの前に立つ時は傍若無人の絶対君主のような振る舞いをする、ぴょんなんだぞ?

 この落ち込む様子、写真にでも撮っておこうかな、とかそんなことを思っていると。


「ぴょんはね〜、時間の約束守らない人のことが嫌いなんだよ〜」

「え、そうなの?」

「ああ。俺も今日知ったんだけど、遅刻・ドタキャンはあたしの敵、なんだとさ」

「で、その敵の行為を自分がしてしまったから、絶賛闇落ち中ってわけだね〜」

「はぁ……そうなんか……」


 うーむ、これまでのぴょんを振り返って、遅刻したりドタキャンしたりしたこと……って、ありそうなキャラだけどたしかにないな。

 もちろんLA内でのログインは、仕事の関係でできなかったことはあるけど、なるほど、やっぱ根は真面目だなぁ。


「でもそのおかげで俺はゆめのピアノ聴けたし、むしろラッキーなこともあったぞ?」

「そだよ〜。落ち込んでるぴょんとか気持ち悪いから、はい、切り替えて〜」


 そんな落ち込むぴょんへ、俺もゆめもフォローをいれる。

 しかしゆめさん、気持ち悪いってそんなどストレートに言えるのさすがです。


「あたしとしたことが……!」


 そんな俺たちの言葉に、ぴょんは顔に手を当てて悔やんでいるわけだが、何だろう、その姿が珍しくて、俺はちょっと笑いそうになってしまう。


「な? 二人もこう言ってるわけだし、切り替えてこうぜ?」


 そう言って大和はぴょんの肩をポンポンと叩く。

 そして待つこと十秒ほどで——


「くあああ!」


 と、公衆の面前にも関わらず雄叫びを上げる女に豹変したと思えば——


「今日はあたしが盛り上げる!!」


 と、キッとした目つきで、俺たちにぴょんが言い放つ。

 その言葉に俺たちは——


「いつも通りじゃん」

「いつも通りだな」

「いつも通りだね〜」


 と、思ったことは同じでした。


 そんな経緯を踏まえながら、俺たちはいよいよ青空の下、ちょっと遅めのお昼を取るため、御苑方面でのピクニックオフ会場へと向かうのだった。

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