第440話 プランを立てよ

「これ、見た?」

「え、今着いたとこだからスマホ見てなかったけど〜……うへ、マジか〜」


 可愛らしい装いのゆめに軽くドキドキしながら、俺がついさっき大和から送られてきたメッセージを見せると、俺同様ゆめも苦笑いを浮かべた。

 今回の参加者は四人で、そのうち二人が遅刻ということは、ここからしばらく俺はゆめと二人ということになる。

 別に気まずいとかではないが、今回のプランはぴょんに一任していたため、まるっきりこれから何しようか状態になってしまったわけだ。

 そんな気持ちは、ゆめも同じだったのだろう。


「ぴょんてば本当何してんのかね〜。でも、となると何して待つ〜? お腹空いてるから、カフェとか行ったら何か食べたくなっちゃうしな〜」

「あー、じゃあ服とか、見たいのあったら付き合うぞ?」

「お〜? ゼロやん服好きなんだっけ〜? あ、でも確かに今日の格好、なかなかカッコいいね〜」

「え、いやいや、いつも通りだぞ?」


 ちなみに俺の今日の格好は、白無地のロンTの上に紺色のテーラードジャケットとパンツを合わせたもの。

 正直個性的な格好ではなく、普通の格好をしてるだけなのだが。


「ゼロやん細マッチョ系だから、ジャケット系似合うんだよね〜」

「そ、そうか?」

「うん。シンプルイズベストだし、いい感じだよ〜」


 そう言ってゆめが笑顔を見せてくるから、俺も合わせて笑って「ありがとう」と答えたわけである。

 でもやっぱりあれだね、お世辞とはいえ、女の子にカッコいいって言われるのは、嬉しいね。

 しかしこんな話をしたとて、何かやることが決まったわけではない。

 

「でもゼロやんと服とか見るのは、なんかデートみたいでだいに悪いからな〜」


 そう言って、ゆめが何か思案する様子を見せ——


「あ、そだ。せっかくこっち新南口に来たけど、歌舞伎町の方移動してもい〜い?」

「ん、俺は別に構わないけど、そっちになんかあるのか?」

「うん〜。ピアノ自由に弾いていいとこがあるんだ〜」

「おお、ゆめのピアノかっ。いいねっ」

「でしょ〜? この前と比べてどう変わったか、感想よろしく〜」

「おうよ」


 ということで、ゆめのナイス提案炸裂に、俺は両手を上げて賛同し、俺たちは移動を開始する。

 しかし休日の新宿はほんと人間ジャングルのようで、ビルの上層階とかから眺めたら、それこそ「まるでゴミのようだ」って物真似したくなるんじゃないかと思わせた。

 そんな人混みの中を、俺はぐいぐい進むゆめの先導で歩いて行く。

 そのペースに割と頑張ってついて行くわけだが、こんな時だいとだったら、間違いなくはぐれないように手を繋ぐところだよなぁ。


 なんてことを考えていると——


「お、ちゃんとついてきてるじゃ〜ん、えらいえらい」


 と、東南口辺りまで進んだところで、ゆめが少し人の流れから外れたところで立ち止まり、笑いかけてきた。

 なるほど、これはわざと速めに歩いてわけだな。そしてあわよくば俺を撒いて、何してんのさと笑おうと思っていたに違いない。

 ふっふっふ、だがその手には乗らないぜと、俺は軽くドヤ顔を決めたのだが——


「じゃ、前歩くの疲れたから今度はゼロやん前でよろ〜」


 と、さっと俺の後ろに回ったゆめが、両手で俺の背中を押してくる。


「いや、俺目的地知らないんだけど!?」

「だいじょぶだいじょぶ〜。そこの通り信号渡って、右にまっすぐだから〜。信号渡るとこまで盾役よろ〜」


 そして困惑する俺をさらにぐいぐいと押して、今度は俺が前、ゆめが後ろのフォーメーションで移動を開始。

 当然また人の流れに乗ることになるので、その波の大きさは相当なもので、俺は何度も何度も振り返りながら、ゆめがちゃんと来ているか振り返ることになる。

 そんな俺に——


「ちゃんといるから、大丈夫だよ〜。それともなに〜、裾でも掴んでた方がい〜い?」


 と、ゆめが笑いかけてくる。

 あれ、なんか前にもこんなことがあったような……。


「でもゼロやんから手掴んできたりはしないんだね〜」

「なっ!?」


 あれか! 初めてのオフ会の帰り、新宿の乗り換えの時に俺がだいにしたことか……!

 いや、たしかにだいの性格を思えば、仲良しのゆめとかにその話をしていてもおかしくないよな……!


「いじるでないっ」

「あはっ。照れてる照れてる〜」

「ええいっ」

「ほらほら、ちゃんと前見て歩かないと危ないよ〜?」


 恥ずかしくなった俺を茶化すようにゆめは笑い、振り返りながら歩く俺に注意を放つ。

 くそう、目的地着いたら、絶対文句言ってやる……!







 進むこと10分弱、ようやく目的地に辿り着く。


「はい、とうちゃ〜く」


 ちなみに最終的にはある程度人並みも減ったので、結局は普通に横並びで歩いた俺たちだったが、あの後も数分は俺が盾となり、ゆめが後ろから俺の背中を押しながら進むという時間があった。

 曰く「手を掴むとか裾を掴むとかは、だいの思い出だからしないけど、これならゼロやんにちゃんと後ろにいるのが分かるし、オッケーでしょ〜」とのことだそう。

 

「たしかここにあるんだよ〜」

「こんなとこに?」


 辿り着いたのはどこかしらのオフィスビルだったが、そこに普通にゆめが入っていき、俺もそれに続く。

 そのロビーに——


「お〜、響いてるね〜」

「ほんとだ……」

「古いピアノだけど、いい音だよね〜」

「だな」


 響いている音色は以前ゆめの発表会で聴いた時よりも拙い音に感じたが、それでも楽しそうに弾いているのが伝わってくる、心地良い音色だった。

 そしてゆめもそこに近づいていき——


「次いいですか〜?」

「はい、どうぞ」


 先に弾いていた品のいい中年女性の区切りが付いたところで、ゆめが声をかけ、その女性と交代する。


「リクエストある〜?」

「え? あー、ううん。ゆめが弾きたいのが聴きたいかな」

「ほうほう。では分かりやすいように、この前と同じの弾くね〜。ゆめちゃんの成長をご覧あれ〜」


 ってことは、あの時のあのゲーム音楽か。

 それなら聞き馴染みもあるし、ありがたいなぁ。

 そんなことを思いながら演奏しようとするゆめの姿を見れば——

 一度目を閉じ、開き、指を動かすその真剣な眼差しの横顔は……今まで見たことがないくらい、美しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る