第439話 オフ会オペレーション:P開幕

 10月17日土曜日、朝。


「じゃあ、みんなによろしくね」

「おう。だいも真琴ちゃんによろしく」

「うん。ゼロやんのこと紹介しておくね」

「え、お、おう!」

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 名残惜しそうな表情を浮かべつつ、薄手の水色のニットに白のロングスカートを履いた美人が、少し大きめのリュックを背負って改札の向こうへと旅立っていく。

 そんな彼女を安心させるよう笑顔に努めながら、俺は改札を抜けずに手を振り見送る。

 行き交う人の流れに抗うように、彼女は何度も立ち止まってこちらを振り返り、小さく手を振っていた。俺もそれに応え、彼女の姿が見えなくなるまで見守った。

 そして、ついに彼女の姿が見えなくなる。


 今日、彼女はいなくなった。


 ……って、言い方重すぎんだろ!


 ということで、房総の方にある実家に戻り、8歳年上のお姉さんの娘、つまりだいの姪っ子である真琴ちゃんの4歳のお誕生日会に参加するべく、だいが出発して行った。

 さすがに距離が距離だけあり、お姉さん夫婦もだいの実家に泊まるそうなので、今日はだいも泊まるらしい。

 オフ会への参加に最後まで未練を残していただいだったが、俺としては親戚の集まりは大事にして欲しいと思うし、ましてや成長の早い小さい子の誕生日会なら尚更ちゃんとお祝いしてあげて欲しいから、俺は一貫してだいに誕生日会への参加を促したのだ。

 ちなみにだいには10歳年上のお兄さん夫婦のところに12歳の甥っ子と、10歳の姪っ子と、5歳の甥っ子がいて、お姉さん夫婦のところには今回の主役の真琴ちゃん(4歳)以外にも、10歳と8歳の姪っ子がいるらしい。

 で、この中でも特に真琴ちゃんはだいに懐いているらしく、他の子の誕生日は別として、今回だけは姉から強制参加を命じられているようだ。

 でも今回はそれをうっかり忘れてしまっていた、とのことらしいが、どうやら前までは姉妹でよく連絡を取ってたから、こういう連絡はしっかり事前に告げられていたらしい。

 でも【Teachers】のオフ会以降友達が増え俺と付き合いだし……ということが起きたので、今ではめっきりお姉さんとの連絡が減り、今回の連絡遅れとだいの失念が発生してしまったというわけだ。

 だいとしても懐いてくれる真琴ちゃんが可愛いのは間違いないみたいで、昨日の仕事終わりに一緒にサン◯オショップに行き、お姉さんに指定されたぬいぐるみ以外にも、小物類やら何やらをたくさん買っていたのだけど、もしかしたら可愛い姪っ子の誕生日を忘れていたことへの贖罪の意味を込めての爆買いだったのかな、というのが俺の予想である。

 でもほんと、水曜と昨日と写真見せてもらったけど、真琴ちゃんだけじゃなく、お姉さんも他の姪っ子たちも軒並み顔が抜群に整っていて、だいの実家の集まりを想像しただけで、俺は呼ばれてもないのに参加するのを躊躇いたくなったりしたレベルである。

 遺伝子レベルに美しさが刻まれているのだろうか……そんな感覚を覚えさせられた。


 っと、まぁだいの実家絡みの話はこのくらいにしておいて、じゃあ俺は俺で、帰ってオフ会の準備するか。

 

 準備とは何か? それはもちろん、ピクニックの用意である。

 残念なことにだいがオフ会に参加できなくなり、このことにショックを受けたのは本人や俺だけではなかった。

 特にピクニックという点においてだいの料理に期待していたのは参加予定者のほぼ全員であり、一度はピクニックの企画自体の変更も検討されたほどだ。

 しかし、料理の全部をだいに頼るわけにはいかないと火がついていたメンバーがいたのも事実で、だいの欠席が知れ渡ってから、そのメンバーからそれぞれに今日のミッション準備担当が告げられたのだ。

 あるものはおにぎりを、あるものはサンドイッチを、あるものはおかずを、あるものはレジャー用品を。

 ……おにぎりとサンドイッチで主食被りじゃん、という指摘は置いておいて、この中で俺に課せられたミッションは、おにぎり。

 4人分計8個の作成をし、全ての味を変えることが命じられた。

 正直8種類とかめちゃくちゃ面倒だと思ったのは事実だが、この辺に関してはだいが色々協力してくれたので、意外と下準備は万端なのである。

 ちなみに俺が作るのは

①ほぐし身のシャケ(瓶詰めの市販品)

②ツナマヨ(だいが準備済み)

の、ど定番を筆頭に

③海苔の佃煮(ご飯です◯)

④牛そぼろ(だいが準備済み)

⑤刻み梅干し(だいが(以下略))

⑥ふりかけ混ぜご飯(海苔と卵のやつ)

⑦刻みたくあん混ぜご飯(刻みたくあんをだいが準備済み)

⑧塩むすび(普通の塩)

の合計8種類で、8種類の企画・監督はだいで、俺の意見を元にまとめたセレクトだ。

 ちなみに俺一人だって流石に用意は出来たと思うのだが、俺以上にだいが張り切っていて、昨日の買い出しと、今朝早朝からの準備と、俺がやったことはここまで買い物のお金を出したくらいで、他には何もない。というか、何かする隙がなかったのだ。

 俺がやるメインは現在絶賛炊飯中のご飯を、おにぎりに仕上げること。つまり、帰ってにぎるだけ。

 実際握るのすら俺がやるって言わなかったら、たぶんだいがやってくれたと思うけど、流石にそれでは俺がやることが《おにぎりを運ぶ》、だけになり、自分が居た堪れなくなりそうだったので、このメインは俺が譲らずに引き受けたのだ。

 なんと言うか、負い目や引け目を感じている時のだいの何でもやるよ感は凄まじいものがあると、そう感じさせられた一幕だった。


 ちなみにおにぎり1つ分の具作りはかなりコスパが悪いので、ツナマヨはツナ缶1個分、牛そぼろはおにぎり10個は作れそうなくらい作られている。

 うん、コスパって点で見ても、自作おにぎりの味を全部分けるのはオススメしないね。


 という感じで、俺は自分に課せられたミッションをクリアするために足早に帰宅するのだった。








 同日、11時52分、新宿駅新南口改札前。

 さすが土曜日だけあり、人の数は多いのだが、西口や東口ほどではないからとここを待ち合わせ場所に指定したのは、大和だった。

 どうせ御苑に行くのなら、たしかにそこでもいいだろうとみんなの意見も一致し、他の改札よりも綺麗な新南口に今回は集合というわけである。

 しかし、そんな集合場所を見渡すも、まだ誰も来てはいないようだ。

 そんな時——


田村大和>PピクニックOオフ会Mメンバー『ごめんなさい。リーダーが左右別々な靴を履いてきてしまったことに気づいたので、一回引き返しますm(_ _)m』11:53

田村大和>POM『1時間弱遅れること、お詫び申し上げますm(_ _)m』11:53

田村大和>POM『到着見込み時間は改めて連絡致します』11:53

田村大和>POM『ゆめごめん!byぴょん』11:54

田村大和>北条倫・平沢夢華『割とガチで凹んでるので、あんまり怒らないであげてな!』11:54


 と、今日のオフ会のためにぴょんが臨時で作ったグループに、大和からの連絡が入った。

 そしてその内容は、既にお察しの通り。

 フォローの言葉は個別に送る大和の気遣いを感じつつ、左右の靴間違えるって、どんだけだよ……と俺は一人苦笑いを浮かべてしまう。

 そんな俺に——


「あ、なんか変な顔してる〜」


 と、可愛らしい声が聞こえてきて——


「どしたの〜?」


 声のした方に顔を上げれば、いつもならふわっとしたボブなのに、今日は短い尻尾を揺らすようなショートポニーテールを作り、裾にフリルが付いた可愛らしいベージュのフード付きパーカーに、黒のスキニーデニムとスニーカーと、今までのふりふりしたザ・女の子的な装いとはまた異なった新味を出す可愛らしい女の子が、俺の前にやってきて、小首を傾げていた。

 なるほど、これがピクニックスタイルか……!

 その可愛さに、会うのは初めてではないのに、密かにドキッとしたのは俺だけの秘密。

 そんな感情を顔に出さないように、俺は待ち合わせメンバーの一人、ゆめと合流したのだった。

 

 

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