第15章

第427話 再出発は話し合い

 大会が終わって、生徒たちを帰しきってから、俺とだいは練馬商業を探したけれど、流石に勝ち上がって明日も試合を控えているからか、既に佐竹先生の姿も練馬商業の姿も、黒百合学園内には見えなかった。

 今日の試合から佐竹先生が何を思ったかは分からないが、こちらが負けてしまったとはいえ、途中までは明らかにこちらの勝ちムードだったのだから、何かが伝わっていれば、嬉しい。……いや、これは都合のいい考えだな。

 結果は向こうが勝ちで、俺たちが負け。

 過程はどうあれ、これが結果だ。

 だから佐竹先生のやり方が正しい、世の中からすればこう思われるのが当然になるのだろう。


 とりあえず次会った時にまた話そう。

 だいは仲良いわけだから、たぶんそう遠からず会えるような、そんな気がした。


 さて——


「とりあえず、おつかれ」

「うん……素で話すって、難しいね」

「まぁなぁ。というか今回は、イレギュラーケース過ぎる」

「うん……だね」


 だいと並んで傘を差しながら黒百合学園を出て、俺は落ち着いたトーンで話し出す。

 だが、その会話はシャツのボタンが掛け違えられているように、どこかぎこちない。

 俺としては普通に話しているつもりなのだが、生憎相方の方が、通常ではないのだ。

 まぁ、それも仕方ないだろう。

 元を正せば、というところには俺にも原因があるのだが、今日の敗戦はだいが招いた部分が大きい。

 生徒たちと話したのも、だいからすれば限界一杯の試みだったろう。


 でも、さすがに今回は、その精一杯を「よく頑張ったな」で終わらせることは出来ない。

 生徒たちもいなくなった今だからこそ、ちゃんと話さないといけないのだ。


「いい子たちでよかったな、うちの部員たち」

「うん。だからこそ、すごく申し訳ない」

「全くだな」


 無意識に自分の首筋に触れながら、俺は落ち込んだ顔を見せるだいの言葉を肯定する。


「俺も悪かった。それは否定しないよ。でも今回のお前はちゃんと反省しろ」

「……はい」

「いや、俺も悪いんだから、だいばっか落ち込んでもしょうがないんだけどさ」

「……うん」


 そして少し強めな口調でだいに反省を促すと、物凄く露骨に落ち込んでいる声が返ってきて、強く言った自分に罪悪感が湧き上がる。

 でも、自分の言葉を撤回はしない。


「とりあえず、今日はこの後病院行って、帰ったらゆっくり休んで、来週に向けて切り替えよう」

「うん、分かった」


 ……はぁ。

 今まで落ち込んでいるだいを慰めるのは当たり前なことだと思ってきたのに、状況が状況だからか、フォローする気持ちが湧き上がらない。

 何だろう、むしろ周りに生徒たちがいた時の方が、普通に接せられた気がする。

 

 そこから先の会話は、ほとんどなかった。

 全く話さなかったわけではないけど、だいの心を囲う壁を感じ、俺は居心地悪いまま、その後の時を過ごすのだった。







 時刻は18時42分。


「大丈夫か?」

「……気持ち悪い」

「楽な姿勢で、水飲みたいとかあったら言ってな」

「うん、ありがと……」


 気まずかった外出を終えて、我が家に帰宅したのは15時前で、俺たちは、まず濡れて冷えた身体を温めるためにだい、俺と順に風呂に入った。

 そして風呂を上がった後、先に上がっただいが作ってくれた遅い昼食を一緒に食べ、だいは帰ってくる前に寄った病院でもらった薬を飲み、色んな疲れがあった俺たちは、ぎこちないながらも一緒のベッドで昼寝をした。

 気まずそうで、落ち込んではいるけれど、なんかちょっと話しにくい気がするけど、昼寝は一緒にしたのだ。

 風呂は一緒に入らなかったのに、とは思うけど、まぁベッドと床じゃ寝心地が違ったのも、あるだろう。

 一緒にいたくないわけじゃない、けど、どこか気まずい、でも、一緒にいたい。

 ……高校生かよ。


 気まずいんだけど、それを上手く表せられない、そんな感じ。

 そんな感じだったのだけど——


 だいの具合の悪そうな声で目を覚ますと、俺の真横には声の通り具合の悪い表情を浮かべるだいがいた。

 その様子を前にしては、寝る前に思っていたこととか、そんなことは頭に浮かばず、考えるよりも先に介抱するために身体が動いた。

 

 とはいえ、その原因が薬の副作用だろうということに気づいてからは、気遣うような声かけしか出来ていないんだけど。


 ベッドに横になっただいの髪を撫でながら、優しく声をかけて、俺はだいの様子を見守っていた。

 昨日の一件により必要が生じた薬に副作用が出る可能性があることは知ってたけど、こうも具合が悪そうだと、なんだかちょっと可哀想だな……。


「……ごめんね」

「それは、何に対してだ?」


 同情しながら、だいの髪を優しく撫でる俺に伝えられた謝罪が、何に対するものなのかは本当に分からなかった。

 昨日の一件か、今日の試合か、今日の試合後から帰宅するまでの間か、今現在のことか。

 だいの性格を考えればこのあたりが「ごめんね」を言ってくるポイントだと思うのだが、さて。


「……全部」

「ざっくりだなー」


 だが、そのどれをも指定せず、ある意味全てを含めているのだと、だいは言った。

 そんなだいに俺は苦笑いしながら、髪を撫でていた手で今度は頬をつついてみた。


「あのね……」

「うん」

「私、自分で自分がこんなに重い女だったなんて、思ってなかった」

「ほう」


 頬をつかれながら、一音一音ゆっくり丁寧に、弱々しく伝えられた言葉。

 人って具合悪くなると急に弱気になったりするけど、きっと今のだいがまさにその状態。

 怖がらないでだの、お仕置きだの、昨日俺に言ってきた時と同じ女とは思えない姿が、そこにはあった。


「……私、重くない?」

「お姫様抱っこ余裕だぜ?」

「……ねぇ」

「っと、ごめんごめん。お約束にボケただけだって。で、彼女として重いか軽いかったら、まぁ、重い方だと思うよ」

「……だよね」

「うん。それは否定しない」


 ちょっと茶かそうとしたら睨まれたので、俺はすぐに切り替えて真面目に答えたのだが、俺の言葉を受け、俺を見ていただいの目が、俯き加減に変化した。

 でも、俺が思ってる本当のことだから、そこに対する弁明なんかはしたりしない。


「だいが女だって知って、好きになって。そっからだいとのLAでの思い出振り返ってみたらさ、お前っていつも俺についてきて、俺がいないとダメダメだったじゃん? なんだったら、俺が他のやつとなんかしてたら、挨拶だけしてすぐログアウトするとか、そんな感じだったじゃん? そういうの思い返すと、付き合う前から軽いか重いかだったら、重い方だろうなってのは、分かってたよ」

「……そう、なんだ」

「そうなんです。だから、だいが気づいてなかっただけだから。俺は分かってお前のそばを選んだんだから、そんなことは気にすることないよ」

「……そっか」

「そうです」


 でも俺の思っていたことを聞いただいは、再び俺に視線を戻し、小さく苦笑い。

 でもその苦笑いは、少しだけ気が楽になったような、そんな雰囲気もまとっていた。

 表情に露骨な変化はないのだけれど、俺にはそれが手に取るように分かったのだ。

 そう、俺はこいつのこと、よく分かってるはずなんだよ。


「ゼロやんが色んな人と友達で、みんなと仲良くしたがる人だって、私は誰よりも知ってたはずなのにね」

「うん、だいも俺経由で色んな人と遊ばされてきたもんな」

「……こんなにリアルでモテモテとは思ってなかったけど」

「いや……そんなことはない、と思うんだけど……」

「どの口が言ってるのよ? ……でも、ずっと前からそうだよね。ゼロやんは誰とでも仲良くしようとして、みんなの輪を取り持とうとしてくれてたもんね」

「まぁ、俺はみんなと仲良く出来たらいいって、昔からずっと思ってるからな」

「すぐそばにいたつもりなのに、その影響、あんまり受けれてないのなんでだろ。むしろかえって重くなってったんじゃないかしら?」

「俺はお前のなのに?」

「言葉では分かってるのに、頭が理解してないのよね」

「じゃあこっから理解してくれよ?」

「善処します」

「政治家かよ」


 だいの雰囲気が少し軽くなったからか、俺たちの間に少しずつ軽口が生まれ出す。

 その空気感は、なんだか久々のような、そんな心地良さを感じさせた。

 

「足して2で割ったら案外ちょうどいいのかもな」

「そしたら二人とも同じになっちゃうじゃない」

「え、俺がだいに……いや、それはなれる気しないわ」

「私だってそうよ。……でも私は出来るようになりたい」

「誰とでも仲良く?」

「うん」

「んー……」

「何?」

「いや、だいはさも自分には出来ないって言ってるけど、LAで出会った頃のお前と比べたら、だいぶ積極的に人と関わるようなったと思うし、人と仲良く出来るようになってると思うんだよな」

「え?」

「それにリアルのだいは、なんだかんだたくさんの人と仲良くしてるじゃん?」

「でも、誰とでも、とはいかないし……」

「いやいや、俺だってどんな時も誰とでもなんかできねーからな? 好き嫌いは、あるよ」

「……そうなの?」

「いや、人をなんだと思ってんだよ……」

「んー……ゼロやん?」

「いや、それは答えになってねぇしっ。好き嫌いはあるよ、でも、それで嫌ったところにもし自分の知らない可能性があったりしたらさ、もったいないじゃん?」

「可能性……? もったいない?」

「うん。可能性って、つまり俺の知らない価値観なんだけど、俺の嫌いと思った先に知らない価値観、考え方があるかもしれない。それを知れば、俺はもっと広い考えを持てるようになるかもしれない。そう考えたら、もったいないじゃん?」

「……ゼロやんは、何になろうとしてるの?」

「何にって……何だろうな、そんなのは考えたことないけど、俺は色んな考え方が出来る人間になりたいとは、思ってるよ」

「……倫理の先生だもんね」

「まぁ、うん。それが一番分かりやすい理由だと思う」


 空気が軽くなったからか、気付けば普段しないような話をだいとしていた。

 でも、たしかにこんな話、今までしてこなかったように思う。

 長く一緒にいたからこそ、分かってくれてるだろうと思い込んでいた部分が、俺たちには多過ぎたのかもしれない。

 リアルでは出会ってから数ヶ月しか経っていないのに、お互いがお互いに甘えていたのかもしれない。

 ……いや、この比重は俺の方が大きかっただろう。いつでもついてきてくれてたから、甘えてた結果が招いたものが、昨日今日なのだ。


「そこまで不思議な人だなんて、思ってなかったかも」


 そう言ってだいがクスクス笑う。

 話してる方が気持ちが楽になるのだろうか、さっきより具合は良さそうだ。

 そんなだいの髪を、俺は再び撫でてみる。


「俺は分かってくれてると思ってたかも」

「分かるわけないよ、変だもん」

「いや、変て……」

「でも、これで分かった」


 そう言って、だいが優しく笑って髪を撫でる俺の手に、自分の手を重ねてくる。

 その手はひんやりとしていたが、すべすべしていて、心地よかった。


「私はゼロやんが私のものになったって思えば思うほど、他の人と仲良くしてるのに嫉妬したり、なんでって思ったり、どんどん自分だけのものなのに、って思っちゃってた」

「……うん」

「ごめんね」

「いやいや、それこそ変じゃないよ。俺だって、だいが色んな人と仲良くしてたらなんでって思うだろうし……。って、こう言うと、俺は自分はよくてだいはダメみたいな、モラハラ野郎なんだけど」

「うーん、でもきっとさ、私がゼロやんみたいに色んな人と仲良くしてたら、ゼロやんは私が仲良くしてる人と、仲良くしようとするんじゃない?」

「あー……それは、たしかに」

「そうなったら、ゼロやんの価値観も広げられちゃうね」

「……だな。Win-Winだ」

「うん、Win-Win」


 そして、ここで俺たちは今日初めて、一緒に笑った。

 背負った後悔は、忘れることはできないけれど、二人で同じ方向を見ることが、やっと出来た気がした。

 

 誰かが見れば、都合のいい話だって思うだろう。大人のくせに幼過ぎると指差すだろう。

 人は失敗する。後悔する。それでも前に進もうと思って、成長する。

 今日のことに区切りをつけるように、俺たちは笑い合うのだった。

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