第411話 始まる一回戦

「よし、じゃあ楽しんで戦おう!」


 午前10時45分、試合前のオーダー交換もシートノックも終え、まもなく試合開始の時。

 オーダーも伝え、サインの確認も終え、基本的な戦術も伝え終わり、俺は生徒たちに元気よく檄を飛ばす。

 そんな俺の言葉に生徒たちも元気よく応え、これぞ俺たちのチームという雰囲気が高まった。

 ちなみに今日のオーダーは、以前だいと話し合って決めた通り。


1.遊 柴田(星見台1年・右投左打)

2.二 木本(星見台1年・右投右打)

3.捕 国見(月見ヶ丘1年・右投右打)

4.一 飯田(月見ヶ丘2年・左投左打)

5.中 萩原(星見台1年・左投左打)

6.三 三宅(月見ヶ丘1年・右投左打)

7.投 市原(星見台2年・右投右打)

8.左 石丸(月見ヶ丘1年・右投左打)

9.右 南川(月見ヶ丘2年・右投左打)


 レフトを守ってもらう石丸さんは練習試合が組めなかった関係でこれが初の試合出場なわけだが、試合形式の練習の際、流石月見ヶ丘の生徒だけあり、ルール理解はちゃんとしていたので、大きなミスはしないことを期待している。まぁ、走塁なんかは難しいところがあるかもしれないけど、走るタイミング・走らないタイミング・盗塁練習は合同練習の際にけっこう仕込んだつもりなので、大丈夫だと信じたい。


「そら、1巡目はコース中心で打たせて取る省エネで。守るみんなの足を動かしてこう」

「おっけぃ! ってことで、みぃちゃんそういうリードよろしくっ」

「了解ですっ」


 この試合俺たちは先攻なので、まだ市原がマウンドに上がるわけではないけれど、忘れないうちに市原にも指示を送る。

 まぁ結局は国見さんへの指示になったわけだが、その方が確実性が高いと思われるので、これはこれでよしとしよう。


「みなみ、市原さんが楽できるように、どんどん声出していってね」

「はいっ!」

「みなみがんばっ!」


 だいはだいで、月見ヶ丘のキャプテンである飯田さんに助言を送り、飯田さんが素直に答え、さらにこの試合はベンチに回ってしまった戸倉さんも檄を送る。

 しかし上級生なのにベンチメンバーになり、悔しい気持ちもあるだろうに、それを表に出さないとは、立派だなぁ。

 そんな先輩の分も、頑張れよ1年ズ……!


 そして——


「双方、礼っ!!」

「「「「「お願いしますっ!!」」」」」


 午前10時50分頃、予定開始時刻より10分早く審判に集合をかけられ、両チームが並び、お互いに礼をする。

 俺とだいも合わせて脱帽し、反対ベンチ側の佐竹先生へ、双方に礼。

 密かな大人同士の戦いも、開幕ってわけである。


「夏美、好きにかましてこいっ」

「おうよっ」


 試合開始の挨拶を終え、ヘルメットを被って先頭バッターとして打席に向かう柴田とグータッチを交わして、作戦とも言えない作戦を伝える。

 だが、うちの1番にはこれでいい。好きにさせるのが、あいつは1番上手くやってくれるのだから。

 球数を稼いだり、ボールを見極めるのは、2番の木本の方が得意だしな。


「夏実ー!! がんばー!!」


 そして、不意に応援の保護者たちが集まる一塁ベンチの応援席の辺りから急に大声が聞こえたと思えば——


「鈴奈先輩だっ」

「明香里先輩も、優子先輩も愛花先輩も、みんな来てますねっ」


 俺同様その声に誘われて振り向いた生徒たちが、夏に引退した3年たちが応援に来てくれていたことに気が付いた。

 いやぁ、後輩想いのいい先輩たちだな、あいつら。

 

 それに対して、三塁ベンチ側の応援席には、俺が知ってる顔が一つもない。

 それはつまり、そういうことなのだろう。

 その光景に、思わないことがない、わけではない。


 高校生に部活顧問は選べない。

 そりゃもちろん私立を選べば、自分の指導を受けたい先生の学校を選ぶことが出来るけど、都立は異動があるから指導を受けたい先生がいたとしても、絶対に受けられるとは限らない。

 そして当たり前だが、基本的に高校生活は3年間しかないのだ。

 そんな貴重な3年間だからこそ、俺は色々なことが起こる高校生活という限られた時間を、全力で楽しんで欲しいと思ってる。その3年間を彩る部活動に参加するならば、もちろんそれも本気で楽しんでもらいたい。

 これは俺が毎年生徒に伝える、俺の信念だ。

 楽しむとは、本気で取り組むこと。だって、楽をした先には、本当の楽しみはないから。特に勝敗がある部活なら、楽をした先に待っているのは、諦めという名の自分への言い訳か、後悔のどちらかだけなのだ。

 みんなで本気で取り組んで、みんなで悩んで、時にぶつかって、そうした先に、「本気で楽しい時間」が待っていると思う。

 そして、そんな経験を得たならば、高校生は自然と人間としても成長してくれる。

 つまり教師の役割は、生徒が高校生活を楽しむことを支える存在だ。もちろん社会的な道を踏み外しそうなら、正すための言葉は言う。でも、生徒たちが自発的に考えたことは縛らない。一々口を挟まれたら楽しくないのは、大人だって同じだろ?

 ちゃんと支えて見守りつつ、のびのび育てた方が、子どもは立派に育つのだ。

 もしこんな俺の考えが、俺が生徒に望む願いが伝わらないならば、俺は歩み寄れるところまで、とことん話し合う。

 去年の4月も、もっと厳しくして欲しいって言って、俺の考えが意味わかんないって、相当赤城と話したの、今じゃもう懐かしいね。


 もちろん佐竹先生は俺とは違う。でも、たしかに規律は大事だけど、顧問は神ではない。顧問を絶対的な存在と思わせるのは、俺は反対だ。

 そんな人とじゃ、楽しめるものも楽しめない気がするじゃん?

 誰も後輩の応援に来ない部活なんて、俺はちょっとごめんだし。


 だからこの試合で、俺は俺のやり方を示す。

 先輩教員として、色んな指導があることを、伝えるのだ。


「プレイっ!!」


 そんな色々な思いが交錯する中、ついに試合が始まった。


 練馬商業のピッチャーは、エースナンバー背番号1を付けたサウスポー左投げピッチャーで、ストレートは市原よりも速くない。見た感じ変化球はドロップくらいで、基本的には制球型のピッチャーだろう。

 だがコントロールがいいなら、かえってうちの切り込み隊長には——


「「「ナイバッチーナイスバッティング!!」」」


 だよな!

 コントロールがいいならば、狙い球は絞りやすい。

 初回の先頭バッターへの初球、気持ちとしてはストライクが欲しいが、いきなり打たれたくもない場面。投げるなら制球コントロール重視で、当然アウトコースの低めだろう。

 そこならば打たれたとしても、基本的に長打はない。

 結果的に長打はないってのは正解だったが、俺が考えたようにどこに初球を投げ込んでくるか考えた柴田は、見事にアウトコース低目を読んでいた。

 打席の後ろ側から投手寄りに近づきながら打つスラップ走り打ちで、狙い澄ましたようなスイングで見事に三遊間に打球を叩き、打った時の勢いを利用したロケットスタートをかまし、相手のショートが打球を取った段階でもう一塁には投げられない内野安打が確定。

 自慢の足の速さを利用した、見事な先制パンチ成功だ。


「足はやっ!」


 そんな柴田のプレーに、石丸さんが楽しそうに驚いていた。

 この小技とスピード感は、ソフトボールの醍醐味だからな! きっとこれで、彼女もソフトボールにハマるだろう。


「理央、いつも通りいこう!」

「了解っ」


 そして俺は打席に向かうネクストバッターの木本に指示を送ってから、一塁ランナーの柴田にアイコンタクトを送る。

 もちろんサインの盗塁も決めてはいるが、あれだけ足の速い柴田なのだ。盗塁については中学時代からお手のものならぬ、お足のもの。

 行ける時にどんどん行けと、事前に話していた通りの確認を、今のアイコンタクトでしたのである。


 そして、初球ストライク、2球目ボールときた3球目、意図的に高めに外されたボールに対し、木本がわざとバントの空振りをしてみせて、支援の甲斐あり柴田の盗塁が成功する。

 しかし今の3球目、走るって読まれてたのか。

 ううむ、危ない危ない。木本、ナイスアシスト……!


ウエストわざとボール球を投げるは、たぶん佐竹先生のサインかも」

「ふむ」

「柴田さんと木本さん、二人でアイコンタクトしてるよね? たぶんそれが、バレてそう」

「なるほど。よく見てるもんだなぁ」


 そして今のプレーに対し、それこそよく見てたなってレベルの発言が、だいから発せられた。

 そうなると、やはりサインはこちらから出した方が安全、か。


 そんなことを考えているうちに、追い込まれた木本が体勢を崩されながらも、喰らいつくようにドロップボールに対応し、セカンドに緩いゴロを打ち、柴田を三塁に進める進塁打。これで一回の表としては理想的な、1アウト3塁の先制点のチャンスが訪れた。


 ここでバッターは国見さん。

 風格的には、うちのチームで最も打てそうな雰囲気を放っており、俺としてもここは結果を期待したいところなのは言うまでもない。


「みぃちゃん! 先制点よろしくっ」

「お任せをっ!」


 そんな彼女へ檄を飛ばすのは、当然俺より相応しい人物がいるので、そこは適材適所、キャプテンにその役割を委ねてみる。

 もちろんここは監督としてはノーサイン。どうすれば点を取れるのか、国見さんに考えてバッティングをさせるのだ。


 そして、ボール、ファール、ボールと続いた4球目——


「「「ナイバッチー!!!」」」


 チームメイトの歓声が、湧き起こる。

 アウトコースのストレートをジャストミートし、何とも見事にセンター返し。

 その結果柴田が生還し、この試合早くも俺たちが1点先制だ。


「みぃちゃんさすがっ!」

 

 一塁上では、明らかに市原にだけ視線を向ける国見さんが、市原に大きく手を振り喜びをアピール。

 そんな国見さんへ市原も称賛の声を送っていたから、きっと彼女も満足だろう。


「どうよーっ」


 そして満面の笑みでベンチに戻ってきた柴田と、俺やだいも含めてみんなでハイタッチ。盗塁のアシストやFor the Teamのバッティングをしてくれた木本とは、抱き合って喜んでいた。

 それはとても素晴らしい光景で、あぁ、これぞ青春だよなって、思えるね。


「国見さん、すげぇな」

「そうね。普段からバッティング技術はチームで1番高いと思ってたけど、市原さんがいるとそこに集中力も加わるみたい」

「なるほど……いやぁ、恐れ入ったよ」

「柴田さんと木本さんの1,2番コンビも相手からしたら嫌な存在だと思うわよ。柴田さんを出しちゃったら、ほぼほぼ三塁まで進められちゃうわけだし」

「中学時代からああいう役割関係だったみたいだならな。好きでやってる木本がすごいと思うよ」

「そうね。彼女あっての打線ね」


 足が速く、勝負勘に長ける柴田が出塁して、木本が盗塁アシスト後に犠打や進塁打でランナー三塁のチャンスを作り、クリーンナップが柴田を返す。

 相手次第では柴田が一人で走りまくって同じ状況を作ることも出来なくはないが、そこに確実性を与える木本の存在。

 黙っていればヤンチャそうというか、私が私が! って主張しそうなザ陽キャ系キャラの柴田と、時にさらっと毒舌を吐いたり強いこだわりを見せる時もあるが、基本的にしっかりと自分の役割を責任持ってやりとげる優等生タイプの木本。

 同じクラスだったらたぶん違う友達グループを作りそうな二人が、これがガッチリ噛み合っているのは、本当にうちの強みだと思う。

 そしてさらにランナーを返す国見さんの攻撃力と——


「「「みなみ先輩ナイスバッチーーー!!」」」


 夏はあまり成績が振るわなかった飯田さんも、チームの軸という責任が出てきた成果か、最後までしっかりとボールを見極め、見事なミート技術でレフト線に打球を運び、ツーベースヒット。

 これで1アウト2,3塁。さらなる追加点が望める状況だ。


「ここは好きにいっていいのかなー?」

「自信ないか?」

「うんやー? でも、確実に点とっておいた方が、そら先輩にはいいかなって」

「じゃあ自分の力で、確実に点取ってこいよ」

「なるほど、そうきたかー。かしこまりー」


 そんなチャンスを迎え、打席に向かうのはこれまた柴田・木本とはタイプが違う萩原。分類するならオタク系の友達とつるんでそうなタイプだから、それこそ柴田とは部活がなかったら絡みそうもないのに、ちゃんと仲が良いから素晴らしい。

 まぁプレイヤーとしては柴田、木本と比べると能力的には劣るが、それでも経験者として自分で考えてプレーすることには、問題はない。

 だからここはまだ、ノーサイン。

 

 そこでふと練馬商業ベンチを見てみれば、4,5人いるベンチの子たちが守備位置の確認や想定されるシチュエーションを共有するように声を出し、佐竹先生含めて焦った様子は見えなかった。

 ベンチの声を受けるフィールドの選手たちも、試合開始の頃と変わらず、声を出している。

 ピッチャーの子含めて、あまり焦った様子が、ない。


 ……なんだこの違和感?

 

 うまく言葉に出来ない気持ち悪さが、あるような気がした。

 今日の空と同じく、何だかどんよりしたような、よく分からない気分。

 だって先制点を取られたら、普通気を落とすが、流れを変えるためにより大きな声を出すとか、そうなるだろ?


 でも——


「「「ナイスー!!」」」


 1,2塁間の間に上手く打球を転がした萩原の打球は、三塁ランナーの国見さんを生還させるには十分で、俺たちに2点目となる追加点が入る。木本に続き、萩原の見事なチームバッティングだった。

 これで2アウト3塁だが、スコアは2-0。

 立ち上がりとしては完璧だろう。

 

「みぃちゃんさすがだよーっ」

「えへへっ、先輩のためですっ!」


 そしてベンチに生還した国見さんは、他のメンバーなんかそっちのけで、ネクストバッターズサークルに向かう市原に抱きついて、褒めてもらって嬉しそう。

 そんな二人というか、国見さんに対して何人かは苦笑いみたいだが、まぁ、この子がこういう子だってのは、もうみんな分かってそうだもんな。


 その後は三宅さんがサードゴロに倒れ、1回の表が終了。


「いい入りね」

「ああ。このままいきたいな」


 でもだいの言う通り、立ち上がりは本当に上々。

 あとは市原がしっかりと抑えてくれれば、勝ちだって見えてくる。


「頼むぜエース!」

「まっかせとけぃ!!」


 そして始まる1回裏。

 俺の声援に応える市原は、何とも頼もしい笑顔を浮かべているのだった。


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