第410話 開戦の時迫る、のに
「やっぱり強そー」
「今投げてる子背番号11だから、エースじゃないってことだよね……」
「えっ!? マジ強ってことじゃんっ」
「相手かわいそー」
「ダメだぞみんなっ! 明日私たちが倒す相手なんだからっ!」
「さすがそら先輩! 素敵なポジティブですっ」
全員ユニフォームに着替えを終えて、何だか雲行きが怪しくなっていく空の下、星見台・月見ヶ丘連合の選手たちは試合前のアップを開始する前に、既に試合を始めている王者・黒百合学園の試合を眺めていた。
そしてたった今終わった2回の表を見てだろう、みんながそれぞれの感想を言う。
ちなみに発言したのは順に柴田、木本、石丸さん、萩原、市原、国見さん。
月見ヶ丘の子の発言もあるが、全体的に緊張感のない会話してるあたりが、うちらしいよね。
黒百合学園は女子高私学の強豪校よろしく、ソフトボールグラウンドが専用グラウンドになっており、グラウンドの内外が全面高いネットで区切られているため、今いるのはライトの奥側のエリア。
ちなみにレフトの奥側では練馬商業の子たちが試合を眺めていて、うちと向こうの間、センターの奥辺りで現在だいと佐竹先生が談笑中。
遠目に見る感じも二人は笑顔を浮かべたりしながら話しているのが見えるので、俺と話した時と比べて、佐竹先生はまるで別人のようにも見える。
まぁ、元から俺は好かれてなさそうなの、分かってたけどさ。
「共栄女子って、あんまり強くないんですか?」
「ううん、黒百合相手じゃなかったら、普通に初戦負けするような学校じゃないよ」
と、俺がセンター方向に視線を向けている間に、グラウンドからは綺麗な打球音が聞こえ、そっちに視線を送れば右中間を破っていく打球を追いかけるユニフォーム姿が目に入った。
その様子を受けてだろう、落ち着いたトーンの会話をしていたのはまだ試合用ユニフォームが着慣れていない矢崎さんと、段々上級生の風格が出てきた飯田さん。
でも、飯田さんの言うとおり、今明らかに敗色濃厚な私立共栄女子は、黒百合学園と同じく私学の中高一貫女子校で、ソフトボール部だって決して弱くない。
昔俺が練馬商業を率いてた頃に公式戦で当たって、コールド負けではないが、地力の差で完敗した記憶もある、都大会出場までなら、そう難しくないレベルの学校なのだ。
でも、そんな学校が徐々に徐々に、点差を広げられていく。
黒百合学園が連打連打で押せ押せムードを作る学校ではないからか、得点はじわじわという形だが、1回の裏は1番がセーフティバントで出塁し、盗塁を決めた後、2番が手堅い犠打で確実に三塁にランナーを進めてから、3番が絶妙な内野安打で先制点奪い、その後も盗塁と4番の長打で合計2点を奪っていた。
そして7番から始まったこの会も、7番が綺麗な
そしてさらに今、2番のスクイズが決まり、スコアが5-0になった。
一挙の大量点という攻撃パターンではないものの、どこからでも出塁出来て、盗塁も犠打も小技も出来て、打順次第では長打もある。
相手とするなら、相当手強い相手だと改めて思わせた。
それでいて投手力も、守備力にも穴がないってのは本当恐ろしい。
次戦のために観察しているはずなのに、都大会は通過点、全国大会が当たり前という学校の倒し方は、正直全く浮かばなかった。
やるとすれば、正攻法に市原が全員抑える、それしかないだろう。
ううむ……。
と、何だかネガティブな気持ちになりかけたので、先ばっか見てると、目の前の石ころにつまづいたりするし、明日のことは、今日勝ってから考えよう! と、俺は自分の中の思考を切り替えた。
実際、今日負けたら明日の挑戦権も得られないのは事実だしな!
「そら、そろそろアップ開始しよう。たぶん
「あっ、そっか。おっけぃ! みんなー! アップいっくよー!」
そして予定より早く終わりそうな第一試合の展開を受け、俺が市原に試合の準備を進めるよう伝えると、素直に頷いた市原が全員に声をかけ、試合を行うグラウンドの隣にあるサッカー場へ向かっていく。
普段はサッカー部が使うらしいが、今日はアップ会場で使っていいらしい。
しかしまぁ、ソフトボールの専用グラウンドに、サッカーグラウンドに、陸上トラックに、テニスコートに、体育用の校庭とは、すげぇ敷地だよなぁ……。これが私学の資金力、か。
と、生徒たちを見送りながら改めてそんなことを思っていると、生徒たちの動きに気付いたのか、センター方向で話をしていたはずのだいがこちらへ戻ってきていた。
「楽しそうだったな?」
「うん。でもいい試合にしましょうねって言ってたよ」
「それは俺も言われたけど……なんか作戦の話とかしたのか?」
「まさか。それを話したらフェアじゃないでしょ? お仕事の話とか、部活の指導観の話はしたけど」
「ほうほう」
「んと、それでね」
「ん?」
戻ってきただいに俺は普通に声をかけたのだけど、佐竹先生との会話について聞く中で、急にだいが何か言いづらそうな、もじもじしたような様子を見せだすと——
「佐竹先生、ゼロやんの指導方針、あんまり好きじゃないんだって」
「……ん?」
「よく言えば、自由な感じ? 悪く言えば、放任的な? なんて言うか、佐竹先生はもっとキチッと部活指導はするべき、って思ってるみたい」
「あー……」
「私も最初、似たようなこと言ったよね」
「うん、言われたな」
「あの頃は生徒との信頼関係が出来てるかどうかに気づく前に、見えた範囲で判断して、ゼロやんのことちゃんとしてない人って思っちゃったんだけど」
「まぁ、だろうな。分かるよ」
「佐竹先生も同じように思ってるみたい」
「ふむ」
「ゼロやんはゼロやんで考えがあってやってるし、私よりもちゃんと生徒のこと見てますよ、って言うには言ったんだけど、たぶんそこはあんまり伝わってないと思う」
「そかそか。まぁ、この前初めて話しただけの人だからな、伝わらなくてもしょうがないさ」
「うん……」
「ぶつからないと、伝わらないこともあるだろうって」
ということらしかった。
だいとしては、友達になった佐竹先生が俺を理解してくれていないのが寂しいんだろうけど、俺からすればそんなに話したこともない佐竹先生がだいの話を聞いて、だいのように俺のことを理解してくれるとは思えない。
直接話すか、俺の指導してるとこを見せるしか、伝えようはないだろう。
……あ、これ、あれか。
俺が一方的にだいと風見さんを仲良くさせようとしてた時と、同じじゃん。
あの時の俺が今はだいで、あの時のだいが今は俺。
そして二人の件も、あの新宿の夜にぶつかったからこそ、分かり合える日を迎えた。
つまり、試合開始前の今じゃ、佐竹先生は俺のことを受け入れてくれることはない、ってことだ。
でもあれかなー。俺の教えを1年間受けた今年の3年と佐竹先生、折り合い悪かったのかなー……。
少し悲しそうなだいを前に、俺は「気にすんな」と言いながら佐竹先生に受け入れてもらえない理由を考える。
「ま、ポジティブに考えたらさ、第一印象悪い方が、印象変わった時、好きになってもらいやすいじゃん? この試合でうちのチームを見てもらって、分かってもらうさ」
「好きになってもらいたいの?」
「いや、そういう好きじゃねーよ!?」
で、だいを安心させるためにあえて第一印象は悪い方が好きになってもらいやすいなんて言ってみたら、思いっきり目を細めて聞き返され、俺は予想外の反応をしただいに思いっきりツッコミをいれる。
ってかそもそもさ、佐竹先生は俺のことを好きにならなそう、って予言めいた第六感を働かせてたじゃん君!
と、緊張感のないやりとりをしていたら——
「相変わらず仲良しですねー」
「「!?」」
急にグラウンドと反対側から声をかけられ、俺とだいが一斉に声がした方へ振り返ると——
「何の話かいまいちですけど、私は倫ちゃんも里見先生も、好きになってますよー? っと、挨拶がまだでしたね。おはようございまーす。ユニフォーム似合ってますねー。試合始まったらお話しするタイミングもないだろうと思って、ちょっと早めに来てみましたー」
「お、おはようございます……。でも、わざわざお話しなんて、ログインすればいつでも話せるじゃないですか?」
「いやいやー。文字だけで話すのと、顔を合わせて声で話すのは、違うじゃないですかー」
それが誰だったかなんて、もうお分かりだろう。
さっきまで俺の隣にいたユニフォーム姿の美少女とよく似た、ジーンズに薄手のパーカーと割とラフな格好のにこやかな笑顔を浮かべた金髪の美人さんが、俺とだいのそばに立っていた。
「応援に来ていてだいてありがとうございます。ただ、お会いして早々ですけど、一つだけ言っておきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「はいー?」
その美人の登場に俺が若干声を上擦らせてしまったのは、当然昨夜のことが思い出されたから。彼女の発言が、だいのご乱心を招いたのだから。
だが、そんな俺の様子とは対照的に、一気にクールモードに変化しただいが、怯むことなく金髪美人を見据えていた。
「ゼロやんと会って話したいことがあるんだったら、会って話したいってちゃんと私にも言ってください」
「んー……? あ、なるほどなるほど。そうかそうか」
半分睨むようにも見えなくはないだいの鋭い眼差しを受けてなお、金髪美人、市原うみさんは動じない。
それどころか一人で勝手に納得したように頷いて、にこやかな雰囲気を崩さない。
「この前みたいなことがまたあるとは思わないですけど、里見先生の要望は承知しましたー。ごめんなさい。でも、私が言わなくても、倫ちゃんからちゃんと里見先生に言えば大丈夫じゃないのかなー?」
そしてだいへ返ってきた一太刀に、だいがちょっとだけムッとする。
その表情の変化はほとんど気付く人がいないレベルだったと思うが、俺にはその変化がよく分かった。
っていうか、この会話……怖い……!
「あの日、私はひそひそ話をしたいとは言いましたけど、里見先生には内緒、とは言ってないですしねー」
そしてこの発言で、一瞬だいのヘイトが俺に向く。
視線を向けられたのはほんと一瞬だったけど、その一瞬で、俺には十分すぎるデバフが与えられた。
「その件については昨日指導致しましたので、お気遣いなく」
「あらあらやっぱり。予想通りそういうことだったんですねー」
だが、二人の会話はまだ終わらない。
まるでうみさんの手のひらの上で転がされているような会話に、俺は冷や汗が止まらない。
「レッピーも言ってましたよー。私の発言から昨日の展開でしたから、お二人が付き合ってて、同棲でもしてて、浮気バレで今頃修羅場なのかなー、って」
「えっ!?」
「あっ。もちろん私はお二人の関係については黙秘してますので、あくまでレッピーが予想しただけ、ですけど……つまりあの後、修羅場だったとー?」
「え、あ、いや……」
まさかの修羅場発言の登場に、俺は思わず慌ててしまう。そして同じく色々を思い出してだいも動揺したのか、戦闘モードが解け、視線が下がっていた。
「喧嘩するほど仲が良い、って言いますもんねー」
そんな俺たちの反応に、うみさんは上手く勘違いしてくれたのか、そんな風に言ってきたけど、喧嘩以上のことが起こっていたなんて、口が裂けても言えないよね……!
「でも何はともあれ、ちゃんと仲直りも出来たみたいですし、よかったですー」
だが、俺たちの様子を上手く勘違いしたままのうみさんが、楽しそうに仲直りなんて言葉も使ってきたことで、余計に俺は昨日のことを思い出してしまい、言葉を失う。
「里見先生も、たぶん私とご近所さんだと思うので、よかったら今度一緒にご飯とか行きましょうねー」
「え? あ……はい」
「ではでは、試合頑張ってくださいねー。そらのこと、よろしくお願いしますー」
そう言って、うみさんがどこへともなく去っていく。たぶん、まだ試合まで時間があるから、一旦外へでも行ったのかなと思うけど……。
しかしあれだな、何と言うか、完全に手玉に取られてる感が否めないな……。妹はあんな単細胞級なのに、ううむ、恐るべし……。
「ご飯行く時は、ついてきてね」
「え?」
「私ちょっと、あの人苦手……」
「あ……あー」
半分諦めのような気持ちで去っていくうみさんの後ろ姿を眺めていた俺に、だいはだいで違うことを思っていたのか、警戒心バリバリな様子で弱気なことを言っていたけど、まぁたぶんご飯行こうは社交辞令的な発言だろう。
「と、とりあえず切り替えて、俺らはしっかり戦わないとなっ」
「あ、うん。そうだね。今考えるのは佐竹先生のことだもんね」
いや、それはそれで違うと思うけど。
なんてツッコミは心の中で留めつつ、改めて進行中の試合を見れば、3回の表だったはずの試合が裏になり、黒百合の攻撃へと変わっていた。
たぶん、この回2点以上は入って、きっと4回7点差でコールドゲームが成立してしまうだろう。
そうなれば、俺たちの試合はまもなくだ。
何だか気が削がれてしまった部分もあるが、それを何とか取り戻し、俺は改めて今からのことに集中する。
雲行きがどんどん怪しくなり、一面グレーな空の下、俺とだいは試合のオーダー票を書きながら、開戦の時を待つのだった。
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