第408話 子どもには言えないお仕置きでした

 10月10日、土曜日、時間はちょっとわからない。

 ただ、かなり夜も更けた時間なのは間違いない。

 そんな時間に、我が家では……夜更かしをする悪い子が二人、ってとこだろうか。

 何をしているかって言ったら、俺がお仕置きを受けている、である。

 具体的にどんな、って言われるとこれは筆舌し難いものがあるので、ダイジェスト版と言葉違いを丁寧にしたイメージ会話でお送りさせて頂こう。いわゆる事実を基にしたフィクションです、ってやつね。


男:気持ちいいけど、やめてください。

女:いいえ、やめません。

男:限界です。

女:我慢してください。

男:本当に限界です。

女:では一度止めます。

男:そこで止めないでください!

女:では改めて始めます。

男:気持ちいいです。

女:よかったです。続けます。

男:限界です。

女:我慢してください。

男:本当に限界です。

女:では再度止めます。

男:そこで止めないでください!

女:では改めて始めます。

(以下、繰り返し×10? 20? 記憶にない)


 まず最初にこんなイメージのお仕置きが行われた。

 言うなれば無限寸止め、だろうか。

 ……本当に気が狂うかと思った。


 あ、気づいたかね?

 俺が「思っ」と言っているということは、このステージはもう終わったということに。

 そう、このステージが終わり、次のステージを経験したからこそ、なんというか、俺は一種の賢者になっているのかもしれない。

 でももちろん、冒頭にも告げた通りまだだいからのお仕置きは続いているのだ。

 色々言いたいことはあるのだが、ここはこのまま話させてもらう。

 と言うことで、続く部分を、改めてイメージ会話でお送りしよう。

 

 おそらく、俺がある種の悟りに至っている理由も見えてくるのではなかろうか。


 シーン再開は、さっきまでの無限寸止めが続いた直後、である。


男:もう本当に限界です。

女:もう耐えられないのですか?

男:はい。もう耐えられません。

女:では、次に移ります。

(女、ここで装備を外す)

女:私が上に乗ります。あなたは何もしないでください。

男:これはいけません。

女:あなたは何もしないでください。

男:これはダメです!

女:そう思うなら、我慢してください。

男:本当にこれはダメです。

女:頑張ってください。

男:もう本当に耐えられません。

(その後両者しばしの沈黙が続く)


女:繰り返します。

男:これ以上はダメです!

女:1回も2回も今更変わりません。

男:(絶句)


 ……という一連のストーリーがあり、現在に至るのである。

 もちろんこの会話の中の言葉を借りれば、女はまだ男の上に乗ったまま、だ。その女と男が誰かってのは、当たり前に言わずもがな。

 ちなみにだいのこの位置は、途中途中の焦らし中に、休憩がてらか俺に身体を預けて休むような体勢になった時を含め、変わらない。しかもあれね、激しい運動によりお互いの身体が火照り、二人ともけっこう汗だくなのに、気にすることなくだいは俺に身を預け、さらに今は両手を恋人繋ぎというラブラブっぷりも発揮しているのだ。

 ちなみに、両手はお仕置きの途中から自由にしてもらえた。だが、だいがずっと俺の上に乗っていたので、俺は何かを取りに行ったり、何かを装備したりすることが全く出来なかった。この件に関してはもう何と言うか、何をどう言えばいいのやら、という感じなのだが、1回も2回も変わらないのであれば、3回も4回も変わらない、と言えば、想像が付くだろう。

 1と0は絶対的な違いがあるが、1以上はもう大差なし、あとは神のみぞ知る、的な?

 いや、なんか俺のこの言葉たちも他人事が過ぎるんだけど……うん。

 自重気味にそう胸の内で呟きながら、4回分の発射によりぬるついた下腹部の先に感じる疲労感が、俺が受けたお仕置きの証。だいが少し動くたびに、そのぬるつきが俺の足にもまとわりついてきて、ちょっと気持ち悪いのも、お仕置きと言えるだろうか?

 いや、というか、やっぱりさ、今回のこれは、お仕置きとはいえ、流石に一線を超えている。

 お仕置きなのがご褒美とも言えてしまう……ってのは置いておくとしても、そもそもお仕置きのベクトルに問題がある上に、本当にこれは本能的過ぎる行為なのだ。

 いや、もちろん今回悪いのは俺だ。それは間違いない。俺の行いの結果がだいの理性を抑え、本能を上回らせてしまったのだろう。

 そして今回の一連のだいの暴走が俺へのお仕置きってことは、つまりこれはだいの持つ俺への独占欲の裏返し。

 その欲が暴走して、って形だろ?

 ……だとしたら、これからの俺たちの未来を思うと、謝るところは謝るし、反省するところは反省するけれど、俺からだいに言わなければならないことは、ちゃんと言わないといけないだろう。

 無責任は、社会人としての俺たちが絶対に避けねばならないものなのだ。

 もちろん俺が個人としてはだいに対して責任を取るのは、願ったり叶ったりというか、何も問題はない。

 でも、それだけではない立場が、俺たちにはあるのだ。

 そういう仕事を、自分で選んだんだから。


 なんて絶賛スーパー賢者タイムな俺は、既に事後となった今回のことについて考える。

 そんな俺とは対照的に…… 俺の上にいる彼女は時々もぞもぞ動いたりはするものの、基本的には変わらず、くたぁ、っとお互いの体温と汗を感じさせるように俺に身体を預けている。きっと疲れてはいるんだろうけど、ちょいちょいご機嫌な鼻歌が聞こえるので、色々ご満悦な様子。

 そんな様子も、正直可愛い。

 もし尻尾があったら、明らかにご機嫌モードでピンと伸びてるんだろうな。

 いや、でもここはやはり年上彼氏としてしっかりと言わねば、と思い、俺はわずかばかり上体を起こそうとしたのだが——


「気持ちよかったにゃぁ」

「っっっっっ!!」


 仰向けになっている俺の右肩に、うつ伏せのまま自分の顎を当てているだいが発した、急な猫語。

 いや、そりゃ夜の運動会中にそういう物言いは今までもあったけど、何と言うか今の声は、心からの本音、のように聞こえた。

 そんなだいが可愛くて愛しくて、気がつけば俺は繋いでいた手を片方だけ離して、だいの頭を撫で撫でしてしまうのだった。

 

「にゃ〜」


 撫で撫でが嬉しいのか、ザ・猫撫で声で甘えてくるだい。ちなみにあれだぞ、たまにもぞもぞと動くたびに俺の胸に当たる弾力の存在がハッキリと感じられて、いい感じなんだぞ。


 って、いかんいかんいかん!


「ごほん。菜月ちゃんや」

「にゃ?」

「可愛い。……じゃなくてっ!」

「まさか、もう一回にゃ……?」

「いや、それは流石に無理!」


 まさかの切り返しに俺は思わず思いっきりツッコミをいれてしまったが、何この可愛い猫ちゃん、天使かよ?

 って気持ちが拭えない。

 可愛い、どうしよう、愛してる。


 そんな感覚が溢れるが——


「そうじゃなくてね? あのね? えっと、今日のこれは、色々まずいのは分かるよね?」

「にゃー?」

「いや、可愛く誤魔化してもダメっ」

「にゅぅ……」


 綺麗系美人の甘えたにゃんこモード、パない。

 って、違う、負けるな俺……!


「いや、だからね? その……先々ちゃんとしてからなら、俺だって何も言わないし、喜んでしてたけど、今はまだ違うじゃん? もし出来ちゃったら、どうするんだい?」


 出しといて何を今更って言葉は、今は置いておく。

 そんなことも思いつつ、俺は可愛い顔で俺を見てくるだいに、真っ直ぐ目を見返して質問した。

 質問された当人は、ちょっとバツの悪そうな、悪戯が見つかった子どものような顔をちょっとだけ浮かべてから、ニコッと笑って——


「責任取るよ?」

「いや、普通それ俺のセリフな!?」


 なんでやねん!

 っていうか、ほんと、おいどうしただい!?

 お前そんなキャラだったか!?


 そんな予想外過ぎるだいの反応に、俺は全力ツッコミ不可避となる。

 いや、そもそもお仕置き発言した時から今日は変なんだけど……え、俺の与えたショックで、まさかここまでなったのか……!?

 だとすれば……みたいなことを考えてしまうほど、俺も俺でテンパってしまったが——


「とりあえず! 今日はもう遅いから明日ちゃんと話すぞ?」

「お仕置きだったのに……」

「それはそれ、これはこれ! いや、本当に反省してるし、ごめんって思ってるけど、このお仕置きは違う。ダメです」

「むぅっ」

「いっつっ!」


 まるで小さい子を諭すように、猫化するだいへ俺が少し叱るような口調で話したところ、またしても肩を噛まれる俺。

 そして噛みついてきただいを引き離しながら、思い出すあの日。

 ほんと、今のお前あの日のゆきむらそっくりだぞ、と。


「とりあえず、今日はもう切り替えて、汗でベタベタだからシャワー浴びて寝よう」

「むぅ……」

「ええいっ、いいから行くぞっ」

「にゃっ!?」


 そんなこんなで、埒があかないと判断した俺は、ここでようやくちゃんとした反撃というか、長々続いただいのお仕置きタイムを強制終了させるように力を入れて俺の上に倒れ込んでいただいごと身体を起こし、バランスを崩しただいを抱き抱えてから、あれよあれよとお姫様抱っこで風呂場へと強制連行をかましてやる。

 幸いにも運ばれるだいは俺の首に腕を回してきて、ギュッとつかまってきてくれたので、運ぶのは存外楽だった。


 そして変わらずふにゃふにゃしているだいの髪を濡らさないようにシャワーで汗を流してやったわけだが、下半身の方を流してやった時にぼそっとだいが「ぬるぬる……」って呟いただいの言葉は、聞かなかったことにした。


 そしてそして、身体を拭いてお互い下着だけ身につけ「にゃあにゃあ」と抱っこをせがむだいを再びお姫様だっこして、俺たちは再びベッドの上へと舞い戻る。

 戻ったベッドシーツのしっとり感については、とりあえず気にしないことにして、甘えたようにずっとくっついてくるだいと共に就寝する。


 悲しませて、怒らせて、お仕置きされて、甘えられて。

 まるで百面相のように色々な顔を見せ続けただいは、どれが本物なのだろう。

 いや、きっと全部本物に違いないのだろうし、どんなだいも好きなんだけど——


 お仕置きモードはちょっと、もう勘弁して欲しい。

 いや、もちろんいい思いをした、という面も全く嘘でもないんだけど、でも……やっぱりこういう形では、なしなのだ。

 

 まぁ誰が原因かったら、俺のせいってのが自業自得で因果応報なんだけど。


 抱きしめられているだいの頭を優しく撫でれば、すりすりと擦り寄ってくる彼女は、心の底から愛おしい。

 だからこそ、ちゃんとしなきゃなと、午前3時過ぎの夜、俺は改めて心に誓うのだった。


 

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