第407話 恐怖のお仕置きと吐き出す気持ち

「じっとしててね。怪我はさせたくないから」

「えっ!? あ、あの!?」


 え、待って待って待って待って!?

 な、何!? これどういうこと!?

 一体全体何がどうなってこうなってるの!?


 頭をフル回転させても答えなど出ない暗い部屋の中、俺はまるで別人のような様子を見せるだいの姿にレベルマックスの混乱デバフを喰らっていた。

 だが、明らかに何らかのスイッチが入ったのか、あるいは本当に何かに憑依されたかのようなだいが俺に迫り——


「っ!?」

「痛かったら我慢してね?」


 そこは左手上げてくださいじゃないのかよ! なんてツッコミをする余裕もないまま、俺の視界が完全にブラックアウトする。

 何も見えなくなった後、ギュッと強く締め付けられるような感覚があったことから、バンダナか何かで目隠しをされたのだろう。

 

 って、冷静に分析してみたものの、全くもって今こうなっている意味が分からないままなのは変わらない。いや、おそらくこれが、俺がだいに隠し事をした件についてのお仕置き、というところだけは、分かっているんだけど。

 そんな何が何やら分からぬまま、目隠しされた直後、あれよあれよと俺は一旦うつ伏せにさせられ、後ろ手に両手が縛られた。

 これは……ビニール紐、だろうか?

 え、俺そんなのどこにしまってたっけ、と思ったりもするが、そんなことを考えているうちにまたしても仰向けの体勢に戻され、何というか、ドラマとかで見る、港の倉庫とかに転がされてるような、完全に捕まった奴みたいな感じにされてしまう。


 しかし、両手も使えず、何も見えないことの何と不安なことだろうか。

 お仕置き、そう言っただいにされるがままに今に至るが、果たしてこの後何をされるというのか……?


 だいのことだから、そんなきついことはない、と信じたいけど、さっきまだ目が見えた時に見えただいの表情を思うと、少し信じ切れない自分もいる。

 

 そんな不安を抱えた中、俺の肩辺りに、ひんやりとした手が触れた。

 そして着ていたTシャツがずらされて、右肩を露出させられたように感じたら——


「前は、そっち左側だったもんね」


 と、意味深な言葉が聞こえたと思ったら——


「いっ!? い、痛い痛いって!」


 右肩の肌にそっと何か湿っぽく温かい感触が伝わってきたかと思えば、その直後じわじわと増していく、痛み。

 ところどころが尖っているように感じる感触から、何をされているのかは、想像がついた。


 ああそうか、前のそっち、って、あの時のことか!


 思い出すのは俺が赤裸々な過去を語ったオフ会の日。

 たしかにあの日痛かったのは、左肩だった。

 だから今日は右、そういうことなんだろうけど……!


「いや、マジで痛いって!」

 

 記憶を辿る思考を継続出来ないほど、だんだん強くなっていくその痛みに、多分俺は涙目になったと思う。

 動かせない両手の変わりに足をじたばたさせ、そこでようやく痛みから解放される。

 前回は一瞬の痛みだったけど、今回のは継続的に痛くなっていく痛みだった。

 ああ、もう、これ絶対跡残ってるよな……!

 ジンジンと痛む右肩に、経験したから分かる、その実感があった。


 でもきっと、この痛みがお仕置きってこと、だったんだよな……?

 そんな気持ちで、俺は思っていたのだが——


「まだ始まったばかりだよ? 仕置きなんだから、ちゃんと我慢しなきゃダメだよ?」

「……え?」


 始まったばかり、だと……?

 今の口ぶり、まだまだ序の口って感じ、じゃなかったか……?


 目隠しのせいで表情こそ見えないが、聞こえただいの声には、俺が我慢出来ないことへの落胆の色が混ざっていた気がする。

 その声のトーンに、俺は絶句。


 い、いやでもあのまま噛まれたら、マジで出血とかそういうレベルだったんじゃ……。

 そんな恐怖が、頭をよぎる。


「しょうがないなぁ……じゃあ、次のお仕置きね?」


 そして次に痛みを感じたのは、左脇腹。

 またしてもじわじわと増していく痛みに、俺は再度ジタバタしてその痛みから逃れようとし——


「はぁ。全然我慢出来ないのね。しょうがないから、次にしてあげる」


 次、次、次。

 ただひたすら、この言葉が耳に残る。

 次ってなんだ? いつまで続くんだ?

 そして次はどこだ? 左肩か? 右脇腹か? どこだ?


 二度目の「次」というその言葉に、俺は全身に力を入れて身構え、今度こそ耐えなくためにある程度の痛みを覚悟した、のだが。

 

「んっ!?」


 不意に両肩を押さえつけられ、上半身に重みがのしかかってきた後、何かが這うような湿った感触があったのは、首筋だった。

 そしてその動きが首の真ん中辺りで止まって——


「や、ちょっ!?」


 だいが何をしようとしているのか、ある想像をした俺は、慌てて逃れるように身体を揺する。

 だってさっきの力で首を洒落にならないから!


「ま、待てっ! さすがに死ぬ……っ!?」


 お前は吸血鬼かと、そんな思いで必死にじたばた抵抗し、だいを止めようとしたのだが——


「……?」


 首筋にきた刺激は、痛みではなかった。

 時々甘噛みされ、チュッチュという首を吸うような艶かしい音と共に、時々少しくすぐったいような、そんな感覚がやってくる。

 ああ、なんだ。今度のは痛いお仕置きではなかったか。なんだかんだ、やっぱ俺が痛がってるのは見たくないんだよな。

 そう安心して、そのくすぐったい刺激を受け入れ、このお仕置きなら耐えられそうだと思った、直後——


「ちょっ、ストップストップっ!」


 今されていることと、場所の関連性に気づいて、俺は押さえつけられる上半身を何とか起こしてこの刺激から逃れようと試みる。 が、俺の抵抗に対応するように身体を密着させ、全体重をかけて俺を逃すまいとするだいの力に、両手を使えない俺は逃げることが叶わなかった。

 いや、でも、これは……!


「いや、ほんとそこはダメだってっ! 明日、お前もダメージだぞっ!?」


 必死にだいを止めようとする俺の声も虚しく、その後も継続的に首を吸われるような刺激が続き——


「ん……ふぅ」


 けっこうな時間の間続いた、明らかなマーキング。

 これまでも服の下とか、見えないところに付けたり付けられたり、そういうことは、たまにはあったけど、今だいが付けた場所だけは、お互いこれまでに一度もやっていない。

 だってそこは、どうやっても隠し切ることが出来ない場所だから。

 

 思い出す。

 明日の大会の集合は、黒百合学園に午前9時と、伝えている。

 おそらく今からあと8時間後くらい。

 それまでに今の強さで付けられた跡が消えることなんて……絶対に無いだろう。

 

「うん、いい感じよ」


 だが、俺の絶望感とは対照的に、そっと俺の首筋の刺激を感じさせていたところを撫でながら、どこか楽しそうな声が耳に聞こえてくる。

 俺にそれが付いていたら、付けたのはだいだって、ソフト部の生徒たちは全員分かってしまうのに、なんでこんなにだいは楽しそうなのだろう。

 その疑問は消えない。


「じゃあ、今度は反対ね」

「ちょっ!? えっ!? お、おいっ!?」


 まさか今ので終わりじゃない、だと!?

 

 そんな焦る俺をよそに、有言実行、本当に先程とは反対側の方に感じ出した、俺の首筋を濡らしていく舌の動きの後の、柔らかくくすぐったいような刺激感。

 片側だけならまだ、かなり無茶な言い訳になるが、引っ掻いて傷つけてしまったからとかで、絆創膏を貼って誤魔化すことも出来たかもしれない。

 でも両側に絆創膏を貼ったりしようものなら、あまりにも違和感だろう。


 そんな俺の絶望感などお構いなく、時折扇情的な音を響かせながら、だいのお仕置きは続く。

 ほんと、どういうつもりなんだこいつ?

 そんな思いが時々少しの不信感に変わりつつも、でも、俺が約束を守らなくて傷つけてしまったから、こうなってしまったんだよな、という後悔が錯綜する。

 疑念と諦め、反省が入り混じったことを考えつつ、俺はだいのお仕置きを甘んじて受け続けた。

 そしてそれなりの長い時間のマーキングが終わり、だいが一度俺の上半身に預けていた重みを解放する。


「ん、いい感じ」


 上半身は軽くなったが、俺の気持ちの重さは増すばかり。

 明日生徒たちは俺たちを見てどう思うのだろう? 応援にきた保護者は?

 考えただけで気が重くなる。


「ねぇ?」

「は、はい?」


 そんな憂鬱感に苛まされながら、不意に話しかけられ、俺は少し声が上擦った。


「反省した?」

「え……あ、それは、もちろん」


 そして返事をした俺へ、ものすごくシンプルな問いがやってきたのだが、だいの声は、先程までの楽しそうな様子ではなく、どこか淡々としたものになっていた。


「ふーん」


 そして、反省したかどうかについて当たり前の答えを告げた俺へ、返ってきたのは何とも気のない返事。

 そんな反応ってことは——


「私はまだ納得してない」


 ですよ、ね……?

 いや待て、納得ってなんだ?

 というかそもそも、納得させるも何も俺はまともに弁解と謝罪の機会も与えられてないんだけど……!?


 そんな珍しく論理的ではないだいの返事に、俺は戸惑うばかり。


「ねぇ」

「は、はい」

「私のこと好き?」


 だが、脈絡など今のだいには関係ないのだろう。

 突然聞かれた、これまた当たり前に答えが出せる問いは、唐突だった。

 もちろんそんな問いに対する当たり前の答えは一つ。


「好きだよ。当たり前に好き」


 これ以外、あるわけがないのだ。

 見えなくても、気持ちは真っ直ぐだいを見て、俺ははっきり言い切った。


「じゃあ、私の好きな人は誰?」

「俺」


 そして続いた問いにも即断即答した俺に、見えないけれども、少しだけだいの感情が動いた、と思いたい。

 あぁほんと、表情って色んな情報をくれてたんだな……!


 そんなことを思った、直後——


「じゃあ、怖がらないでよ」

「え?」


 予想とは違う反応と、急に開けた視界と、重みの変化。

 部屋が暗いからはっきりと全てが見えるわけではないが、目隠しのおかげで暗順応していた目は、ぐっと身体を曲げて、顔と顔をかなり近づけていただいの表情を、はっきり捉えていた。


 切なくて、今にも泣きそうな、顔。

 先程までの恐怖を覚えた表情でも、嬉々としていた表情でもない、弱く、美しく、気高い顔。

 俺の好きな人の、顔だった。


「怖がるって……?」

「怒らせることも、怒られることも、悲しませることも、嫉妬させることも、嫌な気持ちにさせることも、全部。隠し事してまで、いつでも笑っていてくれればいいとか、そんなのいらない」

「え……」


 その好きな人の顔が、今にも泣き出しそうな震えた声で、気持ちを紡ぐ。


「私は何かを隠される方が嫌。これがバレたら嫌な気持ちにさせるだろうなってことがあったんだったら、そんなこと思わないで、最初から言ってよ」

「だい……」

「私のこと好きなんだったら、私がゼロやんのこと好きだって知ってるなら、私の気持ちを信じてよ」

「信じる……?」

「うん。簡単に他のひとになんか譲らないから。ゼロやんがちゃんと話してくれるなら、嫌なこと言われても大丈夫だから。ゼロやんが巻き込まれ体質で、色んなことに首突っ込んでく優しさを持ってるの、十分理解してるから。ゼロやんのこと、嫌いになんかならないから」


 泣きそうなくせに、それに耐えながら真っ直ぐに俺を見てくるその瞳に、俺はただただ罪悪感が募っていく。

 その場凌ぎの日和見な考えで、だいのことを想っていたと思っていた自分が恥ずかしい。

 

「私と付き合ってからのゼロやんのことは、全部知ってたい。もうゼロやんのことを、他の人から知らされるのは、嫌……」


 そう言って一瞬だけ俯くような視線になったものの、すぐにまた俺の目を真っ直ぐ見つめてくる瞳に、俺はひたすらに胸が痛む。


 他の人から知らされる、その言葉にはきっと色んな記憶と経験が込められているのだろう。

 ならば、俺に出来ることは、何だというのか。


「ごめんな。だいの気持ちを考えず、一方的にだいの気持ちを考えるふりをしてて。本当に、ごめん」

「うん……」


 だいに隠し事は、もうしない。

 そう心に決めて、俺は抱きしめたり、頭を撫でたりしたいのに出来ないもどかしさに耐えながら、顔のすぐ前にあるだいの顔へ、額をくっつけながらこう言った。


 そして頭に浮かぶ、まだだいに伝えない隠し事。


「あのさ」

「うん」

「伝えたいことが、2つある。どっちも言ったら、それこそ嫌な気持ちになるかもしれないけど、ちゃんと言うよ」

「……うん、聞く。怒ったり悲しくなったり、またお仕置きしたくなるかもしれないけど、ちゃんと聞く」


 隠し事があるから、ちゃんと言う。

 そう決めて俺が切り出した話に、だいは少しだけ唇を噛みながら、そう言った。


 そこから俺が切り出したのは、2つの話。

 一つは前にゆきむらを送る帰り道、ゆきむらからキスされた話。

 もう一つは、市原騒動の発端。

 風見さんと夜に会って、キスされて、夜の買い物に付き合って、何時間かうちに泊めた時の話。


 そんな俺の話に、一つ目の時は少し困った顔を見せ、二つ目の時は、少し怒ったような、拗ねたような、口を真一文字にした表情が現れた。

 どっちもそれぞれの相手から秘密と言われた話だったけど、俺はこの隠し事をだいに伝えた。

 優先順位を考えたら、だいに隠し事をしたくない方が強いから。

 だから、俺はこの二つの話を、だいにした。


 そして、俺の話がひと段落すると——


「っ!」


 だいは何も言わず、近づけていた顔をさらに近づけてきて、俺の唇に自身のものを重ねてきた。

 それは軽く唇を合わせるようなキスではなく、俺の下半身を刺激するような、艶かしい、お互いを貪るような、1分以上続く激しいキスだった。


 そしてしばらく続いたキスの後、お互い呼吸を乱しながら、お互いの瞳を見つめ合う。


「簡単に唇奪われないでよ」

「う……ご、ごめん」

「私のなんだから」

「ん、お前のだ」


 そして、甘い甘い空気が、俺たちの間に漂っていく。手の自由が効くなら、間違いなく今ギュッとだいを抱きしめているのに。

 というか、甘い雰囲気の中、いまだに両手を縛られた状況ってのは、ちょっと滑稽だよな……!


「話してくれてありがとね」

「いや、俺こそ黙っててごめん」


 でも、今のだいの表情を見るに、ちゃんと伝えることができてよかったんだと思う。

 これにて一件落着、雨降って地固まる、そんなハッピーエンドで今日という日を終えられる。

 そう、思ったのだけど——


「うん、でも黙ってたのは許さないから、お仕置きするね」

「うん。……って、え?」

「隠し事してた悪い子は、お仕置きです」

「え? え? えっ!? や、ちょ! まっ!?」


 あれ!? 仲直りで終わりじゃないの!?


 そんな俺の想像を超えて、ニコッと可愛らしい笑顔を見せ、さらっと「お仕置き」と告げてきただいが、顔を離して身体を起こし、俺の身体の上に座ったまま少しずつ後ろに下がって行って、俺のズボンとパンツを脱がしていく。

 そして現れるマイサンひゃっはー!

 

 って、えっ!? マジ!?!?!?!?


 その予想外の展開に、俺は思いっきりテンパるけど——


「キスしながらおっきくなってたの、気づいてるからね?」


 と、恥ずかしさの極みなことを告げられて、万事休す。


「これからするのはお仕置きだからね? 抵抗したら、噛みちぎるかもよ?」

「いや、こわっ!」


 ナニを噛みちぎるのかなんて、聞き返したりするまでもなく、だいがそれに触れてきて——


 後は野となれ山となれ。

 

 この後されるであろうお仕置き(?)を前に、俺は軽く恐怖を覚えたのは、言うまでもない。





———————————

操作間違えて下書きに戻してしまいました。

失礼しました(2023/03/17)

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