第400話 夜に誤魔化す
「そこ、使ってください」
「すみません、ありがとうございますー」
いつぞやの夜のように、トイレを貸す。
いや、あの時は貸すというか、奪われるみたいなやり取りだったから、こちらから場所を示すことはなかったか。
しかしこんな時間に、彼女でもない、教え子の実姉を家にあげるって、ほんと何が起きてんだって話だよな。
そんな風に思いながら、俺はうみさんがパタンとトイレのドアを閉めたの確認して、PCの前へ急ぎ、プレイヤーハウスで放置状態の〈Zero〉のところへ。
そしてPCデスクの椅子に座り、バッとだいからの連絡を確認すれば——
〈Daikon〉>〈Zero〉『待ってる』
ってログが、うみさんから個別で話す旨の連絡を受け、俺が承知した後に来てたのみ。
なんかこれもう、ただひたすらじっと座して待つとか、そんな武士みたいなイメージが浮かんでくる一言だよな!
むしろ家を出る直前まで一緒にいただいより、他の奴からのメッセージの方が多くきていたようである。
〈Yukimura〉>〈Zero〉『おやすみなさい。また明日』
〈Kanachan〉>〈Zero〉『やっほー』
〈Kanachan〉>〈Zero〉『んだよ離席かーい』
〈Kanachan〉>〈Zero〉『おやすー』
〈Reppy〉>〈Zero〉『おひさー。今暇?』
〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『あれ?おにーさまこんばんは!』
〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『寝落ちっすかー?』
〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『カナさんもさっちゃんももう寝ちゃってヒマー』
〈Reppy〉>〈Zero〉『いなそうだからおっけー』
〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『菜月とお話ししちゃいますからねーだ』
〈Hideyoshi〉>〈Zero〉『菜月から聞いたけど、レイさんとのお話長くないすかー?』
ってな具合。
もちろんこれ以外にも、ギルドチャットでのゆめやリダのおやすみログもあるわけだが、みんなにギルドチャットでも『おやすみなさい』を伝えつつ、俺には個別メッセージも送ってくるのは、ゆきむらの恒例行事なのである。
で、他にも最近は
〈Reppy〉ことレッピーは、線のように細い目が特徴の猫耳獣人で、いつぞや話に出た、俺の初参加ギルド【Natureless】で出会った、だいよりも付き合いの古いフレンドだ。仲の良さを表すのはなかなか難しく、こうして今でもたまに何か用があったりなかったりする時に、連絡を取ったり取らなかったりする、腐れ縁というか、割と気の置けない仲、って感じだろうか。
感覚的にいてもいなくてもおんなじ、と思わせて、実はいてくれると助かる時も多いという、メインキャラじゃないし、輝く場面もないけれど、重要な場面で影ながらいい感じの活躍をしてくれたりする主人公の仲間キャラ的ポジションな存在、そんな奴。
そんなキャラなので、おそらくみんなの想像通りプレイヤースキルはそこまで高いってわけでもない。とはいえ、長く続けているのに……なんて古参の矜持を否定されるほどに下手ってわけでもない。何というか、たまにミスはするけど、基本的に押さえるところはちゃんと押さえてくれる、指示する側としては安定性を計算しやすい奴でもある。
武器スキルもスキル上げが嫌いではないが好きでもないという性格のため、カンストしているものはない。メインの槍が320くらいで、他にも大剣や斧が300くらいのはずだ。もちろんよくそんな似たような武器だけ育てたなと言いたくなるのは山々だが、育てている武器からも分かる通り、純粋なアタッカーが好きなようで、ファイターをやらせればそれなりの活躍を見せてくれる、そんな奴。
まぁ俺にとってファイターのフレンドとしては、【Mocomococlub】時代の〈Yakob〉がいるから、ギルドメンバーを除き何か手伝ってもらう時の連絡優先順位は俺の中で2位の存在でもある。
あ、でも一度ヒーラーやらせた時、HP回復だけは恐ろしく早かった、というのはレッピーの数少ない特筆すべき点かもしれない。とはいえ状態異常を治したり、MP消費配分なんかは雑だったので、そこからヒーラーを本格的にやった、ということもないのが、レッピーらしさなのだろう。とはいえ、回復の早さを俺が褒めたら一時スキル上げはしてたから、錫杖のスキルもたしか280くらいはあるとかなんとか。
他にもだいたいの武器にも手を出したりしているので、たぶん格下相手のコンテンツ程度なら、なんでも対応出来るだろう。
つまりLAプレイヤーとしてのこいつをまとめると、ジャックの2〜3段階下位互換のプレイヤー、って感じなのである。
まぁでも話しててストレスがないし、何というか、だいのように近い距離ではなく、ほんと適当な感じに、お互いの都合がいい時に、一緒に遊んだり喋ったりする期間がずっと続いてきた、そんな間柄の奴なのだ。
メッセージが来たのは1週間ぶりくらいだから、今日は連絡返せなかった分、明日連絡してみようかなって感じである。
っと、そんな俺の旧友のことはさておき、何はともあれだいに連絡しなければ。
ということで、俺はたぶん風見さんと話をしているであろうだいへのメッセージを作成し。
〈Zero〉『ごめん待たせた!』
〈Zero〉『遅くなってごめんな。明日も仕事だから、早く寝ないとなのにごめん!』
と、俺は家を出る前のままのパーティチャットで、だいへのメッセージを送信する。
そして文面をよく考えなかったせいで、謝りに謝ったなとか思いつつ、返事を待つこと十数秒。
〈Daikon〉>〈Zero〉『原因分かったの?』
と、パーティチャットではなく、だいから丁寧に個別メッセージが送られてきた。
たしかにうみさんから聞いた話を堂々とだいに伝えているところを見せるのは、心象が悪いか。
〈Zero〉>〈Daikon〉『ああ。なんて言うか、勘違いっぽい』
〈Daikon〉>〈Zero〉『勘違い?』
そして俺もだいに個別メッセージで返事をするわけだが、ここで俺はふと思う。
これあれだな、冷静に考えれば、俺から説明するの、無理ゲーじゃね……?
これを伝えるには、先日の風見さんとの夜の邂逅を伝える必要性が出てくるわけだが、あの件については秘密にしてくれと頼まれた手前、元々だいには伝えていない。
俺としても余計な波風を立てないために、内密に済ませようと思っていたところの話なのだから。
つまり今回の市原の勘違いの原因は、だいへの隠し事なのだ。
だから俺はこれをさっきうみさんから聞いた話のまま、伝えることが出来ない。
くそ、こんなことならこの前の風見さんの約束を守らず、さっさとだいに報告しておいて、今回の勘違いの件が笑い話で済ませられるようにしておけばよかった。
そんな後悔の念は絶えないが、今からこの話を全て伝えるには時間もかかるし、今は波風立てぬように、何とかしなければ……!
そんな思考回路で、俺は全知識をフル動員させ、この難局の打破方法を考える。
〈Zero〉>〈Daikon〉『うん。どうやら俺が市原からお店を教えてもらう前から、俺とうみさんに面識があったことが気になったみたいで』
〈Zero〉>〈Daikon〉『俺とうみさんがあやしい関係なのでは?って疑心暗鬼になってたらしい』
〈Daikon〉>〈Zero〉『・・・ふむ』
〈Zero〉>〈Daikon〉『で、その相談というか疑問を、今日俺らとスキル上げ行く前に、市原本人からぶつけられたんだって。俺が聞いたのはその報告でした』
〈Daikon〉>〈Zero〉『なるほどね。まぁ、市原さんらしいと言えばらしい話ね』
〈Daikon〉>〈Zero〉『恋する乙女を相手にするのは大変ね』
〈Zero〉>〈Daikon〉『茶化すなって・・・』
〈Daikon〉>〈Zero〉『でもとりあえずそれなら、うみさんが弁明しているでしょうし、明日ゼロやんからもフォローすれば大丈夫そうかしらね』
〈Zero〉>〈Daikon〉『ああ。放課後の部活の時に話しておくよ』
〈Daikon〉>〈Zero〉『はい。じゃあよろしくね』
〈Zero〉>〈Daikon〉『おう。待たせて悪かったな!おやすみ!』
〈Daikon〉>〈Zero〉『うん、おやすみなさい』
……ふう。
だいに『勘違い?』と聞き返されてから、思考開始およそ5秒でこのストーリーを考えた俺を褒めて欲しい。
……いや、これはほとんど嘘のストーリーなんだから、決して褒められたことではないな。
でも、だいの心に余計な波風を立たせないための、必要措置なのだ。
俺は自分の心をそう言いくるめて、一連のログを振り返る。
大丈夫。この前うみさんと俺が会った時の市原の反応をだいも見ていたわけだから、話に変なところはない、はずだ。
もちろん風見さんが自分で秘密にしてって言ったことを自ら暴露してたら終わりなんだけど、俺を待つ間だいと風見さんで話してたみたいだし、だいの反応的に秘密は守られていると思われるし。
……はぁ。とりあえずこれでオッケー、かな。
だいのログアウトを確認したら、ドッと疲れが出てきたので、俺はギィと音を鳴らしながら一度椅子の背もたれに寄りかかって、一息というか、ため息をつく。
罪悪感はもちろんあるけれど、とりあえず今回はこの形で終わらせたい。
もちろんうみさんが市原に上手く伝えてくれないと、というところもあるのだが……って、そうだ、うみさんは!?
冷静になって、俺は今家のトイレに女性を一人招いていたことを思い出す。
まるで前門の虎、後門の狼。一難去ってまた一難。ぶっちゃけあり得ない……は違うか。
でも、後で話すからって頼んだのは俺だからな。
このまま寝たい気持ちを抑えつつ、俺は風見さんへメッセージを送ることもなくログアウト処理をして、俺は椅子から立ち上がる。
立ち上がって振り返っても、室内には誰もいない。
何となく前回の侵入者のせいで、トイレを終えたらそのまま部屋に入ってくるかなって勝手に思ってたけど、どうやら今回の場合はそうではないようで、俺は勝手にそう思い込んでいた脳内の彼女へ、一人脳内で謝罪をし、トイレの方へと足を運んだ。
「あ。ありがとうございましたー」
すると、俺が部屋から出てすぐ、その人の姿は目に入った。
玄関扉の前で、靴を履いて、軽く微笑みながら、立っている。
それはつまり、これ以上中には入りませんという、彼女の意思表示なのだろう。
「いえいえ。こちらこそお待たせしました」
そんな彼女の姿に安心感を覚えつつ、俺も軽く笑いながらそう答えて、彼女を外へと促していく。
冷静に考えれば相当なイレギュラーな状態なのに、誰かさんよりも彼女が良識的な人でよかったと安堵して、俺は屋外の会話第二ラウンドへと向かうのだった。
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