第399話 言い訳じゃない、主張であると主張する
「結論から言えば、もちろん俺は二股なんかしてません。だい一筋です」
何故こんな夜中に、自分の住んでるアパートの階段下で、俺はこの美しい生徒の姉に弁明などしているのだろうか。
星と雲が混ざる夜空の下、俺はうみさんの目を真っ直ぐ見て言葉を発しながら、この状況へ自嘲気味に心の中で毒づいていた。
とは言え、避けては通れぬ道なのもまた真実。市原の不調はうちの学校だけじゃなく、月見ヶ丘にも迷惑をかけることに繋がるのだから。
「妹さんからだって、そう聞いてたんじゃないですか?」
だから俺は、真っ向からうみさんへ弁解するべく、怯まずに言葉を紡ぐ。
そんな俺の言葉に、うみさんはまず半信半疑のような顔で首を斜めに傾けた。
「そうですよー? だからこそ、私は自分で見たものが信じられなかったんですから」
そして首を傾げたまま、じっと俺の目に問い返してくる。
こうして目を合わせると、改めてうみさんの綺麗さとか、目力の強さとかを感じるけど、その視線を真っ直ぐに受けながら、俺は主張を続けていく。
「いや、たしかに見たものはほんとですけど、俺が二股のは信じないでいいんですって……というかアレです、夜中に歩いてて、ずっと誰かがついて来るの、想像してみてくださいよ? けっこう怖いでしょ? だから俺も、あの時は知ってる人に会えた安心感で、ちょっと油断したというか……」
「ふむー。でもそもそもですよ」
「はい」
「あの茶髪の子は、どなたなんですかー?」
首を傾げた彼女へ、俺は一気呵成に捲し立て、その勢いで押し勝てそうな、気もしたのだが。
確かに彼女の言う通り、うみさんが目にした人物について説明はしていなかったんだった。
と言うことでシンプルに。
「あれは迷惑な隣人です」
「……ふぇ?」
や、さすがにこれじゃ伝わらないか。
「正確には隣人の知人で、だいの高校の同級生で、ギルド【The】のリーダーで、LAでは〈Hideyoshi〉って名前の存在です」
ということで事細かに俺が知る限りの情報を開示すると——
「え、〈Hideyoshi〉さん、ですか?」
「あ、そうか。うみさんというか〈Rei〉さんは、だいと一緒に風見さんとプレイしたことあるんですよね」
「風見さん?」
「あ、〈Hideyoshi〉の中身です。風見莉々亜って言うんですよ」
「ほうほう……」
と、予想通り反応するかなってところで、うみさんが反応を示してくれた。
勝手に本名公開したことに少し胸は痛む気がしたが、そもそも風見さんに対する俺の貸しを考えればこの程度で返してもらえるレベルではないので、やっぱり胸は痛まない気がした。
まぁ、全く知らない人でもない、となれば、きっとこの話も入りやすいなるだろう。そんな打算の上での本名公開なのは、風見さんには秘密である。
「まぁ色々あって風見さんに俺は懐かれてるというか、そんな感じなんです。でも風見さんだって俺とだいが付き合ってることは知ってますから、俺が彼女と二股ってことはあり得ません」
そしてダメ押し的に、改めて二股を否定する。
その結果俺の話を聞くうみさんの表情にも、疑ってるような色はなくなってきたような気がするし、これで分かってくれたと、思いたい。
だが。
「でも、ちゅーしてましたよね……」
と、一瞬弁解終了を思わせたのも束の間、再度神妙な面持ちになったうみさんが、じとっとした目で俺に問いかける。
「違います。してた、じゃなくて、された、です」
「は、はい」
が、そんな彼女へ俺は断固否定。
俺から言わせればあれはもう事故なのだ。
そんな俺の言葉尻の強さが伝わったのか、うみさんが気圧され気味にちょっと引いていたが、今はむしろそのくらいがちょうどいいのだ。
とりあえずここまで分かってくれればもう大丈夫だろう。
「ってことで、妹さんには勘違いだったって、ちゃんと伝えてくださいね!」
今が何時か分からないが、間違いなく日は変わっているのだから、早く戻らないとだいに心配をかけてしまう。
ということで、話はこれで終わりと言わんばかりに、俺はうみさんとの会話を終わらせる方向に持っていく。
「うーん、二股ではないのはとりあえず理解したことにするんですけど、一緒に夜中に買い物に行ったり、倫ちゃんのお家に入ってったのは、どう説明するんですー?」
「話すと長くなるんですけど、簡単に言えば栄養指導と人助けです」
「んー……?」
だが、俺の思いとは裏腹に、なかなかうみさんは完全に納得する様子にはならず……。
ううむ。
「あの、あとでちゃんと補足説明しますので、先にだいに一言伝えてきていいですか?」
「あ、すみません、思ったより時間かかってしまいましたもんね。分かりました。ここで待ってますので、行ってきてくださーい」
「はい、すみません、ちょっと行ってきます」
悩ましい気持ちをどうしたものかと考えたが、ここにいないだいをずっと放置しておく状況に耐えられず、俺はならいっそという提案をしたところ、あっさりとうみさんの快諾が。
まぁ俺の睡眠時間は生贄に捧げることになるが、これなら最初からこうしておけばよかったなと軽く後悔しつつ、俺はうみさんに背を向け、階段を登ろうとした、のだが——
「あ」
背中越しに聞こえた、はっきりとした一音の発信者は言わずもがな。
さすがこれを耳にして、そのまま立ち去ることは、俺には出来ず。
「どうしました?」
階段を上り始めた足を一歩目で止め、振り返る。
その先にあったのは、何やらもじもじと困り顔のように見えるうみさんの姿。
その姿は、先ほどまで俺にあれこれ問いかけていた様子とは異なる、「何かお困りですか?」、「手伝えることはありますか?」と言いたくなるような、そんな可愛いらしさだった。
そしてそんなことを言いたくなった俺の気持ちに応えるように、うみさんは階段下から上目遣いにじっと俺の目を見つめてくる。
うは、可愛いなおい……!
と、思ったのと同じ瞬間、俺は彼女がこの後口にするであろう言葉を確信した。
いや、呼び止められた段階で正直、そんな気はしていたのだ。
彼女の醸し出していた雰囲気は、きっとそれを俺に頼むだろうと、言葉にせずとも俺には十分伝わっていたのだ。
そしてそのお願いは、顔見知りになってしまった以上、断れるものではないのだと、俺は俺という人間の正確を理解しているつもりなので、分かっているのだ。
ああなんか、少し前にも似たようなことがあったな、と彼女の言葉を聞いてもいないのに、俺はなぜか一人懐かしい気持ちにもなってしまう。
そんな思考を、振り返って彼女の表情と目を見た瞬間、俺はした。
そして——
「あの……」
「大丈夫ですよ」
「え?」
「あ、すみません、フライングしました。何でしょうか?」
あまりにも確信めいていたせいで思わず流れを無視して「大丈夫ですよ」なんて言ってしまったが、そのぐらい俺にはこの後の展開が予測出来ていたのである。
だから、そんな丁寧に言わなくても大丈夫ですよ、と俺は心の中で答えながら彼女の言葉を待つ。
そして不思議そうにした後、再度言いづらそうな雰囲気の口が紡いだのは——
「お手洗い、お借りしてもいいですか?」
ですよねー。
「大丈夫ですよ、どうぞ」
そんなお願いに、返す言葉は用意済み。
俺にお願いを受け入れてもらった彼女は、安心したように足を動かし出す。
なんだかまるでいつぞやの夜を彷彿とさせながら、彼女と話し出した時からは日の変わった、10月11日金曜日の、午前0時17分。
俺はトイレを貸すために、市原うみさんを我が家へ招き入れるのだった。
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