第398話 噛み合わせの大切さ
「ちなみにそらは中学の頃PMSがけっこう酷かったので、高校入ってからピルを服用してますから、月のものが原因で不調って可能性は低いと思いますよー」
「えっ、いきなり!?」
横並びに歩き出して早々のカミングアウトに、俺は危うく噴き出しかける。
いや、でも1年半ほど担任しているけど、確かにあいつがそれで不調そうなのは見たことがない。そうか、そんな理由があったのか。
「ってことで、調子の悪さの理由は別、って可能性が高まりましたね」
「え、あ……はい」
「となると、理由は別にある」
「そう、ですね」
「気になりますねー」
「はぁ……」
そして市原についての一つの情報開示の後は、のんべんだらりとはぐらかされるような会話をしながら、また歩く。
コツコツコツコツと、俺たちの足音が響く街は、本当に静かだ。
まるでこの世界に二人きりだけのように……ってほどではないけど。周りの家々の明かりが全て消えているってわけではないからね。
そんな、結論を急ぎたくなるような会話も、長くは続かない。
まぁなんたって、会った場所から俺んちまで、また鼻の先だったからね。
ということで。
「とりあえず、ここでいいですよね?」
「はいー。ここなら大丈夫ですー」
ここに来るまで紆余曲折あり過ぎたが、俺はうちのアパートの2階に至る階段の下、自転車なんかも置けるスペースの辺りで、二歩分くらいの間隔を開けてうみさんと向き合う。
「いやぁ、私警戒されてますねー」
「え、あ、いや……」
「うーん、この前見た感じ、倫ちゃんのパーソナルスペース狭そうだなーって思ったんですけどー……意外とフィールド固め?」
「そんな攻防一体のフィールド持ってないですよ! ……って、この前見た感じ?」
「はいー。それが、私が倫ちゃんのお家を知ってた理由でもあるんですけど」
「へ?」
「狭くないとしたら……ふむ」
「あ、あのー?」
「それがそらの不調の理由でもあると思うんですよねー」
さっき路上で話していた時よりも少しだけ離れて話をし出したわけだが、いきなり俺たちのLAのキャラネームの元ネタをぶっ込んできたかと思えば、何やら意味深というか、トリプルミーニングありそうなことを言い出された。
この前見たと、俺の家を知っていると、市原の不調が、繋がっている?
いやいや、マジで全く分からん。
というか何だ?
パーソナルスペースが狭そうに見えた出来事って。
「あ、あの……話が見えないんですけど……」
完全に話の主導権は向こうにある。
それを自覚しながら、俺は答えを求める。
なぜなら、結論を急ぐには十分な理由があるからだ。
明日は平日で、現在時刻が間もなく日が変わってしまう時間な上に、何よりだいを待たせた状態で今俺がここにいるからだ。
だいの性格を思えば、あいつは俺が戻るまでずっと待っているに決まってる。
だからこそ俺は答えを急ぐのだ。
ということで、俺は向こうが説明したくなるように、答えが分からないからと困惑を見せて、うみさんの返事を待つ。
その返事の始まりは、すぐだった。
「パーソナルスペースが狭いわけじゃないとなると、倫ちゃんって、二股さんなんですか?」
そう。すぐだった、のだが、その始まりは、全くもって想像も付かない言葉から始まったのである。
「は? すみません、とりあえずそう思われた理由が分かんないんですけど……」
そもそも二股って……俺の愛はだい一直線だぞ? ……あ、もしやあれか? 真実とカステラ買いに行った時、実は店員うみさんだったとかか?
「もし先月一緒にカステラ買いに行った時の話なら、一緒にいたのは妹ですけど」
「え、この前以外にもカステラ買いに来たことあったんですかー?」
はい、違いましたー。
となると……ううむ、俺がだい以外の女性と一緒にいたこと自体が……そもそも……。
「まぁ倫ちゃんも教員ですしね、二股を素直に認められないですよねー」
「いやいや、だから何の話か分かんないんですって」
「私が先生やってる時もありましたよー。職場内で不倫してるのに、バレたら手のひら返したように認めない
「いや恐ろしいな小学校! でも、俺にはほんと心当たりが——」
「でもこの前、ここで抱き合ってたじゃないですか」
「え?」
心当たりがない中続いた会話の最中、不意にうみさんの視線が刺すようなものに変わり、声のトーンが一つ、下がったような気がした。
その冷たさが伝えてきたのは、俺が、ここで、誰かと抱き合っていたという話。
そんなことあるかとすぐ否定しようと思った、のだが、彼女の言葉に、俺の記憶の一欠片が、薄暗く光出す。
「そらと里見先生とカステラ買いに来た日」
「あ……」
「佐竹先生と三人でお帰りになった日の、夜」
「あー……」
「仕事が終わって家に帰って、倫ちゃんは何かしてたけど、里見先生がインしそうになかったから、これはもう今日スキル上げはないんだなって思って、コンビニ行こうと外に出たんですよ、私」
「え?」
「そしたらまさか、うちの前を倫ちゃんが通って行くじゃないですか?」
「……! あの時の、足音……!」
思い出されたあの時の恐怖心が、音を立てて崩れていく。
そしてここから、彼女の話が段々と繋がっていく。
「あ、気づいてたんですか? でも、後を尾けたのは、ちょっとした悪戯心ですよ? そらに自慢しようかなって思っただけで、お家の場所教えてはないですしー」
「いやそれが何の自慢に……なるか、あいつには」
「でしょー? で、そうやってコソコソついてったら、びっくりでしたよー。茶髪の可愛いらしい女の子が、倫ちゃんのお名前呼んで、ギュッと抱きついてきたじゃないですか」
「いや、それはですね——」
「しかもちゅーもしてましたよね?」
「いや、だから——」
「倫ちゃんは倫ちゃんで、明らかに周りを伺ってましたし、あれは見られたらまずいっていうことですよね」
「いや、あのちょっと——」
「しかもその後一緒にお買い物までして、一緒にお家に戻ってったじゃないですか」
「いや、だから——」
「あれを二股と言わずに何と言うのでしょうか?」
「あの——」
「ってことを目撃してしまった私は、何日間か悩んだんですけど、悩んだ末に私は聞いてみたんですよ」
「え?」
誰に? 彼女の言葉にストレートにそう思ったのだが、そんなん、一人だよな……!
「そらに聞いたんです。倫ちゃんって、遊び人なの? って」
ですよね!!!!!
「だって好きな人が遊び人なんて、嫌じゃないですか?」
「いや、あの——」
「そしたらそらはすごいびっくりしたみたいで、私の目撃談について説明したら、さらにショックを受けちゃったんですよね」
「でしょうね……」
「ってことで、そうやって私は倫ちゃんのお家を知って、そらの心を乱してしまったのです」
「……はい、お話は分かりました」
そして最後に何故かニコッと笑ったうみさんに、俺は最早可愛さなど欠片も感じなくなっていた。
いや、もちろん俺の非が大きいのは分かる。
でもあの日、もしうみさんが尾けて来ていたりしなければ、最初っから話しかけていてくれれば、俺は恐怖心を持たず、
そんな、あらゆる歯車が悪い方向に噛み合った結果が、今なのだ。
じゃあここからどうするのが正解だろう?
そんなの決まっている。
だから俺は一度溜め息を吐いてから。
「とりあえず、俺の話を聞いてもらってもいいでしょうか?」
俺に風見さんへの二心など、あるわけもない。
だから、正直に弁解する以外、道はないのだ。
「はい。では言い訳、聞いてあげますね?」
しんと静まり返った街までが、俺の弁解を聞く姿勢を取っているような、そんな錯覚を覚える半月の晩。
……はぁ。
何故かニコニコ顔に戻ったうみさんに俺は再度溜め息をつき、この話が長引かないように、俺は伝えるべき要点をまとめるべく、頭をフル回転させるのだった。
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