第396話 エースの調子

 10月8日、木曜日。

 大会2日前の、練習後。


「そら先輩、なんか調子いまいちですか?」

「えっ、そ、そんなことないよ?」


 空の色がオレンジ色からだんだん暗くなる時間帯、練習後のミーティングという名の雑談や連絡を始める前、何やら不穏な会話が聞こえてきた。


「む、理央はどの辺でそう思ったんだ?」


 その内容が気になったので、俺もその話題は参加する。


「んーと、いつもより手が痛くなかったから」

「理央が捕るの慣れたからじゃないのー?」

「あたしにはいつも通りに見えたよー?」


 俺の質問に答えた木本に、柴田と萩原も反応を示し、会話に全員が参加していく。

 こうなるともうミーティングの開始と同義になるわけだが、まぁなんだかんだいつもこんな感じで始まってるのは秘密である。

 え、誰に秘密って、そりゃだいですよ。

 あいつほら、真面目だからミーティングとかもキッチリ色々やりたがると思うから。

 ここらへんの空気感は、俺とは違うからね。


「私的には普通だったと思うのですが、夏実ちゃんが言う通り、理央ちゃんのキャッチングが上手くなったからだと思うです!」

「……は?」


 で、話題の中心たる市原その人は、まるで日本語が不自由になったかのようなリアクションを見せてくる。

 相変わらず整ったその顔立ちに浮かべる表情もぎこちないし、そもそもこいつは嘘をつけるタイプじゃない。だからこそ、木本の発言の真実味が増す。


「そら、どっか痛めたりしてないか?」

「う、ううん! 元気元気ですよ!?」

 

 そんな市原に俺は心配した雰囲気を出しながら追質問をしてみるも、やはりこの反応は、変だ。

 自分で言うのもなんだが、いつもの反応を考えれば「心配してくれるの!? 好き!」くらいきてもおかしくないのが市原のはずだし、俺に対して敬語を使うのもありえない。

 うーむ……これは……。


 脳裏に浮かぶ、先日のだいの言葉。

 

「明日俺が捕って確認してみるか」

「そら先輩がダメならあたしが投げるからねっ」

「まー、それも案の一つとして、かな」

「だ、大丈夫だって!」

「そら先輩投げてくれないと、内野問題が起きますもんね」

「あ、そっか。たしかにその代案がないか」

「ま、なるようになるっしょ〜」


 でも市原が俺に何か隠すということは、俺には話しづらいことなのだろう。

 前に俺がだいと付き合ってることを知った時の市原もどう対処すべきか分からなかったが、正直あの時と同等にどう対応すべきか分からない。

 みんなに「大丈夫だよー」って可愛く笑う市原の表情は、明らかに作り笑いに違いないのだが……ううむ。

 でも、そんな不安をみんなに伝えるわけにもいかないから、俺は明日また確認しようって方向で今日のミーティングという名の雑談をまとめていく。

 

 暗くなる景色の中、胸に残るもやもやを抱いたまま、俺はその日の業務を終えるのだった。



 同日、23時頃。


〈Zero〉『っしゃー!』

〈Ikasumi〉『おめ!w』

〈Honeysoda〉『おめでとー』

〈Rei〉『おめでとうございますー』

〈Daikon〉『おめでとう』


 21時過ぎから集まったいつものメンバーで行った、山脈エリアでの恐竜狩りによるスキル上げの途中、俺はあるログを確認し喜びの歓声を上げる。

 そのログは他のメンバーにも見えただろうから、俺の喜びの意味も伝わっただろう。

 口々に返ってくる、みんなからの祝福の言葉。

 いやぁここまで長かった……!


 俺のモニターに現れた、『〈Zero〉の銃スキルLv.UP!349>>>350』のログに俺はここまでの道のりを振り返り、ちょっと感慨深い気持ちにもなる。


 だが。


〈Daikon〉『釣り』

〈Honeysoda〉『あいさー』

〈Ikasumi〉『ゼロさんのカンスト余韻を与えないのウケるなw』

〈Rei〉『でも上がりたてで死んだら、すぐ下がっちゃいますもんねー』

〈Daikon〉『うん』


 イカさんの言葉通り、俺への祝福もそこそこに、本来俺の役目である釣り役をだいが代わりに行って、すぐさま次の戦闘が開始される。

 そうなったらみんな高スキルプレイヤーだけあり、今までの流れ通りに戦闘をするわけだが、銃の仕様上俺はロクに話したりすることも出来ないので、余韻に浸る暇もなく、ついさっきまでと変わらず恐竜モンスターに照準を合わせ攻撃するのみ。

 まぁたしかに上がりたてで死んだらデスペナルティーによる装備武器スキルの経験値ロストが発生して、スキルダウンしてしまうので、スキルレベルはカンストでも、経験値カンストも目指すのがここからやるべきことなのだ。

 もちろんだいがまだ短剣スキル345だから、まだまだだいとのスキル上げは続くしね。


 とはいえ、やはりやっとカンストしたことは感慨深い。

 次のバージョンアップではスキルレベルの上限解放はないって話だし、どんなコンテンツが追加されても俺の銃は強いままなのが嬉しいよね。


 そんな、ちょっとウキウキな気持ちになりながら残り30分弱黙々とスキル上げを続けるだった。



〈Zero〉『じゃ、今日もお疲れっした!』

〈Ikasumi〉『おつおつw改めてゼロさんおめ!俺ももうすぐカンストだーw』

〈Honeysoda〉『おめおめー。しかしイカさん頑張ってんなー。だいさん今いくつだっけ?』

〈Zero〉『345』

〈Honeysoda〉『おー、一緒だから、これは私もカンストが約束されてるね^^』

〈Rei〉『おかげさまで、私も順調に育ってますー』

〈Zero〉『明日も集めると思うから、よろしく!w』

〈Ikasumi〉『うぃっす!じゃ、おつー』

〈Honeysoda〉『待ってまーすwおやすみ!』

〈Rei〉『おつかれさまでしたー』

〈Daikon〉『おつかれさまでした』


 23時42分、狩場から帰還し、パーティ解散前に改めて祝福を受けたり、みんなのスキル値の確認をしたりしてから、俺たちのパーティが解散していく。

 と言ってもこの流れはいつも通り、俺が解散させずとも、イカさんが抜け、ハニーさんが抜け、レイさんが抜け……となると思ったのだが。


〈Rei〉『明後日大会って聞いてますけど、明日もスキル上げするんです?』

〈Zero〉『急にリアルの話題w』

〈Zero〉『まー、戦うのは生徒っすからね』

〈Rei〉『それはたしかに』


 今日は他の二人に続いて抜けなかったレイさんが出してきた話題は、思いっきりリアルの話で、先日顔見知りになったことを改めて思い出させられた。

 流石に他のメンバーがいる時はこんな話題は出して来ないけど、これまでにも何回か、スキル上げが終わった後レイさんが残って話をしてくることはあった。でも、こうもドストレートにいきなりリアルの話題を持ちかけてきたのは、顔見知りになって以来のことだった。

 でも、この話題ってことは、市原から話を聞いてるってこと、だよな。


〈Zero〉『妹さんとは、けっこう連絡取り合ってるんですか?』

〈Rei〉『そこそこですねー』

〈Zero〉『最近ちょっと調子を落とし気味に見えるんですけど、そらさん何かあったりしましたか?』


 市原と連絡を取り合っているなら、今日の変な様子についても何か知っているかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は今日の部活中の市原のことを思い出して、レイさんに聞いてみる。

 もちろん同居してるわけではないから、そこまで細かく把握してないかもしれないが……仲良し姉妹だったのはたしかなのだから、何か分かれば儲けものだ。


〈Rei〉『調子悪そうなんですか?』

〈Zero〉『そう、ですね。ちょっといつもと違う雰囲気もあるというか』

〈Zero〉『何かあったのかな、って感じなんですけど』

〈Rei〉『ほほう』

〈Rei〉『調子悪いなら、毎月のもののせいかもしれないですけどー』

〈Rei〉『うーん』

〈Zero〉『心当たりが?』

〈Rei〉『だいさん』

〈Daikon〉『はい?』

〈Rei〉『ちょっとゼロさんとひそひそ話してもいいですかー?』

〈Daikon〉『あ、はい』

〈Daikon〉『市原さんはゼロやんのとこの生徒ですし、どうぞ』

〈Rei〉『ありがとですー。でも、私も市原ですけどねー』

〈Zero〉『え、ええと』

〈Rei〉『今個別メッセ送りますー』


 何か分かれば儲け物。

 そう思って聞いてみたところ、何やらレイさんに思うところがあるのか、まさかの展開になったけど、もしやあれか? 家庭的な話なのか?

 だとすれば、たしかにだいにはあんまり聞かれたくない場合もある、か。

 そう思って俺はレイさんからのメッセージを待つ。


〈Rei〉>〈Zero〉『こんばんは』

〈Zero〉>〈Rei〉『あ、はい』

〈Rei〉>〈Zero〉『ちょっとお話したいので、今からお外出て来れますか?』

〈Zero〉>〈Rei〉『え?』

〈Rei〉>〈Zero〉『えーと、何があっても誤爆は避けたいので』

〈Rei〉>〈Zero〉『お外出て、階段降りたとこで待っててくれます?』

〈Zero〉>〈Rei〉『え?え?』

〈Rei〉>〈Zero〉『あ、でもちょっとだけ阿佐ヶ谷方面に歩いてくれてもいいですよー』

〈Zero〉>〈Rei〉『え?阿佐ヶ谷方面?え?』

〈Rei〉>〈Zero〉『はいー。私のお家、ゼロさんのお家の近くですので』

〈Rei〉>〈Zero〉『それにこのお話は、お顔見て話したいなーって思うので』

〈Rei〉>〈Zero〉『あ、ログアウトすると変ですから、インはしたままで来てくださいねー』

〈Rei〉>〈Zero〉『では、また後ほどー』

〈Zero〉>〈Rei〉『え、マジすか?』


 やってきたメッセージは、俺の想像しなかったもの過ぎて、俺は思わずモニターの前で絶句する。

 だが、何も返ってこないメッセージが、これが冗談ではないことを暗に告げてくる。

 ……ええい! 夜道に女性を一人歩かせるわけにはいかないだろう。


 時計を見れば、現在時刻は23時51分。

 まさかまさかの展開に、まだ頭はついていっていないけど、俺は風呂上がりのジャージ姿のまま、スマホだけを手に持って、我が家を後にするのだった。

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