第393話 試された愛

 長い長い前置き。

 蘇らせてもらった、数々の思い出。

 この問題に辿り着くまでに交わした、みんなとの言葉たち。


 目の前に現れたたった四文字は、それらを束ねて一気にまとめ上げた。そして大きくなったそれが、俺の胸に突き刺さる。


 最後の試練の答えは、すぐに分かったのに。

 今日既にみんなに伝えた言葉だというのに。

 たった四文字を打つ指先が、やけに震える。

 それと同時に、何だかモニターが滲んで見づらくなってしまう。


 あー、もう……!

 何で俺はあの時、簡単に抜けるなんて言えたんだろう。

 大切なものは目には見えないって、いい大人なんだから知ってるはずなのに。

 俺がしがみつくのなら、そんな俺にみんな笑って手を差し伸べてくれる場所だって、何年も前から分かってたはずなのに。


 さっき自分で言った言葉を、俺の戒めにしよう。

 何があっても、俺はこのギルドを見守るんだ。

 

 そんな覚悟を持って、俺の震えた指が、7回だけキーボードのボタンを押して答えを入力し、エンターを押す。


〈Zero〉『ただいま』

 

 【Teachers】は、リダの願った形のギルドだ。

 だからここは、みんなが帰ってくる場所なんだから、この言葉が一番似合うんだ。

 

〈Pyonkichi〉『いやー、さすがリダ、締めるとこ締めるなー』

〈Yume〉『だね〜。このメンバーで最後いい話っぽく締めれるのはリダくらいだよ〜』

〈Jack〉『ほんとだよねーーーーw』

〈Senkan〉『なんだかんだ全問突破か?w』

〈Loki〉『さすがっすね!』

〈Soulking〉『よかったねっw』


 そして俺の答えにみんなも反応し、まるで大団円のような空気が漂い出す。

 でも……あれ?


〈Zero〉『・・・リダ?』

〈Daikon〉『判定は?』


 リダの性格を思えばすぐに「正解!」って言って、よかったな! とか、長かったな! とか言ってきそうなのに、その言葉が、なかなか来ない。


〈Pyonkichi〉『おいおいまさかのまさかかー?w』

〈Yume〉『えー、でも他に答えある〜?』


 そんなリダの対応に、ざわめきが広がる。

 いや、さすがにもう日が変わっちゃったし、ここで正解発言を引っ張る意味は……って思ってしまうのだが——


〈Gen〉『☆Z★A☆N★N☆E★N☆』

〈Zero〉『何だと!?』

〈Loki〉『ええっ!?』

〈Soulking〉『なんという星の無駄遣い・・・でも、なんでなのさー?』


 ざわめきは悪い結末へ姿を変え、まさかまさかの不正解が告げられた。

 その言葉には嫁キングですら意味が分からないようだったのだが——


〈Gen〉『今日一回でも言ってればなー。大目に見てやろうかと思ってたんだけどなー』

〈Zero〉『え?な、なにを・・・』

〈Gen〉『1発目にしては、軽すぎないかなー』

〈Gen〉『ギルドリーダーに対して^^』

〈Zero〉『え?一発目?』

〈Zero〉『ただいま、が・・・?』

〈Zero〉『え?』

〈Yume〉『急にリダが偉そうだ〜www』

〈Jack〉『でもゼロやん言ってなかったっけーーーー?』

〈Zero〉『久々なんだし言った、と思ってたんだけど・・・』


 リダのまさかの発言に、俺は速攻で過去ログを辿る。

 幸い今日はプレイヤーハウスから出ていないから、余計なログがない分、今日ログインしてからの会話ログ全てが残っていた、のだが……!


〈Daikon〉『ほんとだ』

〈Jack〉『たしかにーーーーw』


 俺より先にログを確認した二人のログが、その真実を証明する。

 完全に言った気になってたのに、「おかえり」は言ってもらってたのに、俺ってば一回も「ただいま」って返してないじゃんね!

 いや、でもだよ? あの流れだよ? あの流れなら、「ただいま」こそが正解じゃない?


〈Yume〉『たしかに言ってないね〜w』

〈Senkan〉『うむ。たしかに』

〈Pyonkichi〉『リダよく見てたな!w』

〈Loki〉『初ただいまでしたね!w』

〈Soulking〉『言われた気になってたよーw』


 だが、ログの確認を終えた皆も口々にリダに一本取られたことを認めていき。


〈Pyonkichi〉『そう考えっと、たしかにかりーな!w』

〈Yume〉『偉大なるリダであらせられるぞ〜w』

〈Pyonkichi〉『平伏せよ前科者!』

〈Senkan〉『ログ見返して思い出した言葉使ってやがるw』

〈Daikon〉『でもそうね、リダの言う通りかもね』

〈Jack〉『だいの一票入りましたーーーーw』

〈Loki〉「ってことは、正しい正解は!?w』


 【Teachers】お得意の悪ノリラッシュが始まって、まさかまさかのだいの寝返りも受け、俺はもう一人苦笑いしかできなかった。

 こうなったらここまで出番のなかった、泣きのもう一問か、そう思ったのだが——


〈Gen〉『うむ!正解はな!』

〈Yukimura〉『すみません、ただいま戻りました』

〈Gen〉『礼儀に則り、ただいま戻りました、だ!』

〈Gen〉『!!』

〈Yukimura〉『考えごとをしている間にたくさんのログが流れてましたので、読み返してました。・・・むむ?』

〈Pyonkichi〉『マジ!?』

〈Jack〉『正解だーーーーw』

〈Senkan〉『なんと激アツな展開w』

〈Loki〉『すごいっすね!!w』

〈Yume〉『ゆっきー天才すぎるよ〜w』

〈Soulking〉『びっくりだねっw』

〈Daikon〉『おかえりゆっきー』


 ……何だと!?

 全員が間違えたリダの問題。その正解発表直前に戻ってきたゆきむらのログと、リダの正解発表ログが見事なまでのタイミング一致を見せ、奇跡のシンクロを果たす。

 そのまさかなタイミングに、一名を除いてみんなが驚嘆するが、俺なんかもう、言葉も出ないよ。

 目の下あたりの肌の乾燥した感じすら、なんというかもう、ね。


〈Gen〉『まさかゆっきーに正解されるとはな!!wwwww』

〈Pyonkichi〉『ゆっきー奴隷獲得おめ☆』

〈Yume〉『仲間だね〜w』

〈Yukimura〉『むむ?』

〈Yukimura〉『あ』

〈Yukimura〉『そういうことですか』


 そしてこの衝撃のタイミングと結末をかましてきた当の本人も、ログの内容を理解したようで。


〈Yukimura〉『よろしくお願いします、奴隷さん』

〈Senkan〉『奴隷さんwww』

〈Jack〉『ストレートーーーーwww』

〈Pyonkichi〉『よっ!奴隷!!w』

〈Yume〉『奴隷さんよろしくね〜w』

〈Loki〉『こんな奴隷って言葉見るの初めてっすw』

〈Daikon〉『でも、ルールだものね。頑張ってね、奴隷さん』

〈Soulking〉『だいまで!w』

〈Gen〉『正解してればよかったのに^^』


 他人事だったら、きっと俺も笑っただろうその発言に、みんなが笑っているのが手に取るように分かる。

 って言うかだいまでなんて、さすがにちょっとひどくない?

 でも、何だろうなぁ、この締まり切らない感じとか、予定調和で終わらないとことか、これもまた【Teachers】って感じは、否めないんだよなぁ。


〈Zero〉『ただいま』


 そんなことを思ったら、気づくと俺はまたこの言葉を発していた。

 ログの流れなんか完全無視。文脈なんかありゃしない。

 それなのに。


〈Pyonkichi〉『なんだなんだー?ショックで頭いかれたかー?』

〈Yume〉『でもこんな締めも、わたしたちっぽくない〜?』

〈Daikon〉『うん。締まらないって締まり方、ゼロやんが帰ってきたって感じがする』〈Senkan〉『言い得て妙だが、分かるw』

〈Jack〉『見た目は二枚目、中身は三枚目、だもんねーーーーw』

〈Pyonkichi〉『うちのギルドそんなんばっかだな、メンズども』

〈Zero〉『一括りにすんなっ』

〈Loki〉『でもおかえりなさいっす!w』

〈Gen〉『うむw改めておかえり&ようこそ【Teachers】へ!w』

〈Soulking〉『おかえりっ』

〈Jack〉『おっかえりーーーーw』

〈Yukimura〉『おかえりなさい』

〈Yume〉『おかえりは一回目じゃないけど、わたしからもおかえり〜』

〈Pyonkichi〉『OKAERI』

〈Senkan〉『おかえり!w』

〈Hitotsu〉『はっ、寝てました・・・ってあれ?わ、わかんないですけど、おかえり!』

〈Daikon〉『これでめでたしめでたし、かしらね』


 ってな具合にね、優しい仲間たちが、俺の言葉を汲んでくれて、締め切れない男を改めて迎え入れようとしてくれた。


〈Zero〉『ほんと、ただいま!』

〈Zero〉『試練は、合格もらえるのかな?』

〈Pyonkichi〉『どうするリダー?』

〈Gen〉『締まりがいいし、俺の問題も部分点は入るから、合格だな!w』

〈Gen〉『いやぁ、長かった!!w』

〈Pyonkichi〉『ホントにな!いっちゃん寝ちゃってたじゃんな!』

〈Jack〉『お前らが言うのかよって、みんな思ってると思うよーーーーw』

〈Soulking〉『でも、久々にみんなでこんな話したんじゃない?』

〈Yukimura〉『ですね。全員でお話は、あまりないですもんね』

〈Senkan〉『一応、あーすいねぇけどなw』

〈Yume〉『そういえばいなかったんだね〜』

〈Loki〉『忘れてましたね!』

〈Zero〉『いや、ひでぇなw一応あーすにも、今度ただいまって言っとくよ』

〈Daikon〉『うん、そうしてあげて』


 そして、今度こそしっかり、今日のイベントに幕が降りる。

 現在時刻は24時23分。完全にもう日が変わってしまった。

 俺に付き合ってもらったばっかりに、この時間になってしまったわけだが、今日が木曜日で、明日が金曜日だからこそ、幕が降りれば、そこからはもう、あっという間だった。


〈Pyonkichi〉『じゃ、寝るわー』

〈Pyonkichi〉『みんな今日はせんくー』

〈Senkan〉『おなじく!おやすみ!』

〈Loki〉『同じく!お疲れ様でした!おやすみっす!』

〈Gen〉『うむ。寝ようw』

〈Soulking〉『みんなおやすみねっ!』

〈Yume〉『おやすみ〜』

〈Hitotsu〉『おやすみなさい!』

〈Jack〉『おやすみーーーーw』


 ってな感じで、明日も平日なわけだし、みんなのログアウトを告げる声おやすみなさいが飛び交った。

 でもみんな、俺の復帰日にわざわざ来てくれたわけだからさ。


〈Zero〉『みんなおやすみ!今日はありがとな!』

 

 と、しっかりとお礼は言っておく。でも、ギルドリスト確認したら、もうジャックとゆきむらしか残ってないのね。

 というか、そういやゆきむらのおやすみって聞いてないな、って思ってたら。


〈Yukimura〉『ゼロさんが戻ってきてくれて嬉しいです』


 タイミングよく向こうから話しかけてくれました。


〈Zero〉『いやいや、俺こそ迷惑をかけたなって感じだよ』

〈Yukimura〉『でも私はゼロさんが抜けるって言ったのは、聞いてませんので』

〈Yukimura〉『理由はお聞きしましたが、急にいなくなったみたいで寂しかったです』

〈Zero〉『あー・・・そっか。うん、なんかごめんな』

〈Yukimura〉『いえ。また遊びましょうね、奴隷さん』

〈Zero〉『っておい!w』

〈Yukimura〉『目指せ一番。おやすみなさい』


 そして少し俺とゆきむらのログが続いたんだけど、ちょっと俺と話したかった、って感じなのかな。

 奴隷さんはあれだけど、こうも素直に寂しかったって言われると……ちょっと可愛いなとは、思っちゃうね。

 なんて思ってると。


〈Jack〉『ゆっきーは健気だねーーーー』

〈Daikon〉『うん、すごくいい子』

〈Zero〉『なんか、盗み聞きされた気分だわ・・・』


 だいはいるの分かってたけど、やはりジャック、まだいたか。

 しかしだいさんや、あの子一応俺の一番を狙ってるわけだけど……まぁ、相手にもならない、って自信か。確かに今日、俺が愛してるのはだいって何回も言ったしな!


〈Daikon〉『あ、そうだジャック』

〈Jack〉『なにーーーー?』

〈Daikon〉『何かゼロやん使いたくなった時は、私にも言ってね』

〈Jack〉『ほーーーー。どんな時もゼロやんといたいっていう愛だねーーーーw』

〈Zero〉『いやいや茶化してやんなって・・・』

〈Daikon〉『別に、間違ってないし・・・』

〈Zero〉『!?』

〈Jack〉『おおっとーーーーw』

〈Jack〉『いいもの見させてもらったなーーーーw』


 いやいやいや、可愛いかよこいつ……!

 え、何これ? みんないなくなったから? 残ってるのがジャックだけだから?

 ああもう、愛おしいなおい……!


〈Jack〉『じゃ、なんかあったらだいにも言うねーーーーw』

〈Daikon〉『うん、よろしくね』

〈Daikon〉『じゃあ、そろそろ寝よっか』

〈Jack〉『あれ?まさか今日一緒にいたのーーーー?

〈Daikon〉『あ、ううん。そう言うわけじゃないけど・・・』

〈Zero〉『寝るまで電話はするかもってとこかな!』

〈Jack〉『おおっ、ラブラブだねーーーーw』

〈Jack〉『なんかもう、一緒に住んじゃえばいいじゃーーーーんw』

〈Zero〉『いやぁ、それはまだ・・・なぁ?』

〈Daikon〉『うん。まだお互いの両親にも挨拶してないし』

〈Jack〉『その気は満々なんだねーーーーw』

〈Zero〉『あ、あはは・・・』


 いやぁ、今日のだいはヤバいな。可愛くてたまらんぞおい。

 でも、一緒に住んだら……かぁ。


 ……悪くないよな。


 なんてことを思ったりしたのは、たぶん俺だけじゃなかったと信じたい。


〈Zero〉『じゃ、改めて今日はありがとな!』

〈Daikon〉『ありがとね』

〈Jack〉『いえいえーーーーおやすみねーーーーw』

〈Zero〉『おう!おやすみ!』

〈Daikon〉『おやすみジャック』


 そしていよいよ俺たちも、ログアウト。

 今日は一日プレイヤーハウスに篭りっぱなしだったから、明日は〈Zero〉を冒険させてやんないとな。

 そんなことを思いながら、PCのシャットダウン作業を終えて、ベッドの上に移動し、だいへ電話をかけようと思った、瞬間。


Prrrrr.


 と相思相愛すぎるタイミングでだいから電話がきたので、ワンコール以内にそれを取る。

 いやぁ、ほんと愛だねこれは。


「今かけようと思ったのに」

『全然こないんだもん……』

「え」

『すぐ来ると思ったの』

「あー……そかそか。ごめんな」

『ううん。怒ってないよ』

「うん。ちゃんとベッド横なってるか?」

『うん。なってる』

「よし、えらいな」

『うん』

「今日は楽しかったな」

『うん』

「でも、恥ずかしがらせちゃったのはごめん、かな?」

『ううん……好きだから、いい……』

「はは、ありがと」

『うん……』


 そして、明らかに既に限界な感じに眠くなってる可愛い声とお話しをする。

 この眠る寸前のだい、明らかに幼くなって、可愛いんだよなぁ。

 そんな可愛さのせいで、俺はちょっと眠気がいなくなってしまうのだけど。


〈Daikon〉『明日は、一緒ね……』

〈Zero〉『ん、もちろん』

〈Daikon〉『ん……すぅ……』


 そしてその可愛い声も、全てが寝息と変わっていく。

 この感じだとたぶん、結構前から眠かったんだろうけど、俺と一緒に寝るために、俺が落ちるの待っててくれたんだろうな。

 ほんと、可愛いなぁ。


 彼女がこんなに可愛くて、仲間にも恵まれていて。

 俺は幸せ者、だな。

 目を閉じながら、その思いを胸に抱きしめる。

 そしてうっすら浮かぶ、今回の件のきっかけになった奴のこと。最近は名前を出すことも、思い出すことさえ避けようとしてたけど、でも、あいつは——

 

 幸せに、なれるのだろうか?


 俺が考える必要はないのだが、そんなことも少し浮かんだしまったのもまた事実。

 

 いつもなら「ま、何とかなるだろ」って思い込むのに。自分ごとじゃないと、さすがにそんなことを簡単に言ってしまえる自信もない。


 でも、これはあいつが何とかしてくれないといけないから。


「俺が幸せにするのは、だいだから……」


 だいの可愛らしい寝息を聞きながら、自分に言い聞かせるように小さく呟いて、俺はそっと通話オフのボタンを押す。

 

 何はともあれ、これで土曜日からまたみんなも遊べるのだ。

 まずはその喜びを噛みしめよう。


 色々浮かんだことを打ち払いながら、俺はだいに続いて、夜の闇の中、眠りへと意識を落とすのだった。

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