第382話 不思議な夢と予定調和の男
女の子が泣いていた。
猫のような愛くるしさを備え、全てに対してしょうがないなぁ、と甘やかしてしまいそうな、可愛い女の子。
そんな女の子が、泣いていた。
それを慰めるのもまた、女の子。
意志の強そうな眼差しの、出来ないことがあればなんでも、しょうがないなぁ、やったげるよ、と言ってくれそうな女の子。
そして、それを遠巻きに眺める女の子が一人。少し寂しそうな、まるで人形のように完璧に整った顔をした女の子が、何も言わずに泣いている女の子が慰められているのを眺めている。
そんな光景を俯瞰的に見る俺には、これが夢だという自覚があった。
だって、泣いている女の子と慰めている女の子には面識がないはずだから。
だから、これは、夢。
泣く姿までも可愛いと思わせる彼女へ、俺はもう手を差し伸べられないから、それを慰める彼女へ感謝を伝えることもない。
でもそんな二人に対し、どうしてあの子は近づかずに眺めているだけなのだろうか。
寂しそうにするくらいなら、近づけばいいのに。
そう思っている間に、寂しそうな子の近くにふわっとした雰囲気の子やノリの良さそうな明るい子、ぽーっとした目をした子たちが現れ、寂しそうな子を囲んで行く。
ああ、これであの子も寂しくないな、その光景に俯瞰する俺の胸に安堵が訪れる。
そう思ったのに、新たな3人と一緒にどこかへ去っていく途中、寂しそうな子が、一度振り返った。でもやっぱり、その子は寂しそうな顔をしたままで。
どうしたら彼女が笑ってくれるのか、俺は全力で考えるが、答えは出ず。そんなことを思っているうちにその姿は見えなくなり、俺の見える範囲にいるのは、泣いている子と慰める子の二人になった。
ほんと、いつまで泣くんだろう、段々この光景に俺が飽きてきたとき、二人だけになったはずの空間に、いつの間にか無邪気な笑顔がよく似合う女の子が現れた。
そしてその子が二人に話しかけだした途端、泣いていた子も、慰めていた子も笑い出す。
そうこうしていると、さっき去っていた女の子たちも戻ってきて、少し離れたところから、笑い合う女の子たちの様子を伺いだす。
少し離れてはいるけれど、泣いている子は、誰もいない。
ああよかった、これでみんな平和なんだな。
俯瞰する俺の心も落ち着いていく。
これは夢なんだけど、夢のような光景に思えたのだ。
そんな光景の中、その子が現れたのはいつだったのか。
いつの間にか、俺と反対の位置から、女の子たち全員を遠くから眺めている子がいることに気がついた。
髪の毛も肌も透き通るような色をしていて、透き通りすぎて存在感すら感じられなくなりそうな、美しい女の子。
いつの間にか俺の視線はその子に釘付けになっていた。
どうして彼女一人、一人で遠くにいるのだろう。他の子たちと一緒にいればいいのに。その方が楽しいだろうに。
けれども、透き通る子はただ一人、離れたところからみんなを眺めていて……いや、違う。その子が見ていたのは——
☆
リリリリリリリッ
耳に入ったアラーム音は、馴染みの音。
「ん……っ」
その音が求めるは、俺の覚醒。
その求めに応じて俺は手を伸ばして音を止め、固まった身体をほぐしながら目を開き、いつもと同じ天井を確認する。
現在時刻は……午前6時30分。
なんだか少し寝足りない気持ちがするのは……そうだ! 風見さんは!?
昨夜のことを思い出し、俺が床で眠ってもらったはずの彼女の姿を探すが……む?
「いな、い……?」
思いっきり寝ている方が想像のつくあの自由人の姿が、どこにも見当たらない。
スマホに何か通知が来ていないか確認するも、何もない。
何か手掛かりがないかと思って俺はベッドから身を起こし、部屋の中を探すも何もなさそうだったので、玄関側の方へ向かってみる。
すると——
『お兄様へ
親切ありがとうございました!
クズが起きたので戻ります。玄関開けっぱなしなっちゃうから、人が寄り付きたくなくなるようなおまじないかけときますね☆
莉々亜より』
てな書き置きが、玄関のドアに貼ってあった。
でも、人が寄り付きたくなくなるようなおまじない?
ぱっと見そんなものどこにも見当たらないので、俺はつっかけを履いて、ちらっと外に出てみると……。
「なっ!?」
玄関扉の外側に貼られた紙の存在に気づき、俺は慌ててそれを剥ぎ取り、くしゃくしゃに丸めて潰してやった。
たしかにコレなら普通の人は寄り付きたくない家に見えるわな!
沸々と湧き起こる怒りと虚しさと、どこか笑えるような気持ちと、色々な感情が合わさってくるが、とりあえずなんでそんなすぐに剥がしたかったのかといえば、ね。
だってこれですよ?
『今夜は♡ALL NIGHT♡』
どんな言葉のチョイスだよあいつ!!
……はぁ。
そんなことから始まった一日にため息をつきながら、俺は朝の準備を進めるのだった。
☆
授業を終えて、部活の練習を終えて、ミーティングで対戦校について少し話をし、全部の仕事を終えて学校を出たのは18時40分くらい。
昨日が出張直帰だった分、少しやることがあったため部活終了直後にすぐ帰ることはできなかったが、それでもそれなりに早く帰ることができた。
昨日だいから、
昼休みに大和と話した時にも、『今日からだな』って言ってもらったし、やはりみんなも俺のことを待っててくれているのだろう。
そう思うと、自然と家までの足取りも軽くなるよね。
そんなちょっとしたウキウキ感を抱いたまま、電車を降りて、高円寺の街を歩き、我が家へと向かう。
昨日はうみさんに会ったり、佐竹先生に会ったり、風見さんに会ったりと、色んな人に会ったせいで一日が長く、家で一人になるまで物凄い多くの時間を要したが、今日は帰宅するまで平和そのもので、そこにも少しホッとする。
やっぱり今日だけはね、少しでも早く家に着きたかったから。
そして意気揚々と帰宅をし、ささっと夕飯と風呂を済ませ、家のPCを起動したのは19時47分。
髪の毛を乾かすのをサボってるけど、今日ばかりはいいだろう。
そんな気持ちでLAへのログインを進め、〈Zero〉を呼び出し、ここ最近ずっとOFFにしてたギルド参加をONにする。
そして誰がいるかを確認するのも後回しにして——
〈Zero〉『よっす』
と、久しぶりの
〈Jack〉『お、おひさーーーーw』
〈Yukimura〉『お久しぶりです』
〈Soulking〉『やっほー!』
懐かしい面々のお出迎えログが現れて、その懐かしさに危うくちょっと泣きかけた。
ジャックとゆきむらがいるのは安定だけど、まさか嫁キングまでいるなんて。
ってことは、きっとリダもいるのかなと、俺は現在ログインしているギルドメンバーを確認すると、そこに載っていたのは予想通りの〈Gen〉の名前と、今日は早いお帰りのようだった〈Yume〉だった。
でも挨拶が来るわけじゃないからどうやら今は離席中らしい。
でも活動日じゃないのにもう5人か。
うん、やっぱりみんなに会えると、嬉しいな。
北条倫>里見菜月『無事ログイン完了!なんかすげぇ懐かしいw』19:51
そんな気持ちを抑えきれず、思わずだいにメッセージを送ったり。
いやぁ、だいも早く来ないかなぁ。
そんなことを思いながら久々の名前たちが表示される画面にまた目をやると。
〈Daikon〉『こんばんは』
〈Jack〉『やっほーーーーw』
〈Yukimura〉『こんばんは』
〈Soulking〉『やっほー!』
〈Zero〉『うぃっす』
〈Daikon〉『あ、なんか懐かしい』
〈Jack〉『いやいや二人は遊んだりしてたでしょーーーーw』
〈Yukimura〉『むむ?そうなんですか?』
俺のメッセージ送信直後だいがログインしてきて、俺のログにだいが『懐かしい』なんて言うもんだから、ジャックが反応してさらにゆきむらが反応する。
ほんと、大したやりとりじゃないのに、なんでこんなに楽しい気がするのだろう。
里見菜月>北条倫『残業なくてよかったね』19:53
そんな、人知れずモニターの前でニヤついてしまう俺の手元で、スマホが揺れる。それは先程送ったメッセージへの返事だったわけだが、こうしてみんなの前で話もしつつ、リアルでもやりとりするとかね、LA内のメッセージでもいいのにリアルでちゃんと返事するのが、だいらしさだよね。
そしてそして。
〈Loki〉『こんばんはっす!』
〈Zero〉『よっす』
〈Loki〉『あ!ゼロさんおかえりなさいっす!』
とか。
〈Senkan〉『おっす!』
〈Pyonkichi〉『我、降臨!!』
〈Zero〉『よっす。平日なのに同時登場とはやりよるな』
〈Pyonkichi〉『おー、前科者久しぶり!シャバはどうよ?』
〈Senkan〉『前科者www』
〈Zero〉『ダウトダウト!』
とか。
〈Yume〉『たっだいま〜。あ、ゼロやんおひさ〜』
〈Zero〉『おう、ゆめ久しぶり!』
〈Yume〉『待望のツッコミ復活歓喜』
〈Jack〉『このギルドはボケと天然が多すぎーーーーww』
〈Yukimura〉『そうなんですか?』
〈Daikon〉『ゆっきーは、天然カウントだと思うけど・・・』
〈Soulking〉『だいもだと思うけどね!w』
〈Daikon〉『え?』
とか。
〈Hitotsu〉『こんばんは!』
〈Zero〉『おう』
〈Hitotsu〉『あっ、お兄ちゃんおかえりー』
とか。
〈Gen〉『お、みんな来てるw』
〈Zero〉『おひさ!』
〈Gen〉『大事じゃないギルドへおかえり〈Zero〉くん^^』
〈Zero〉『ええ!?』
〈Pyonkichi〉『うお!リダがこわ!w』
〈Yume〉『いじれいじれ〜w』
とかね。
なんとびっくり、ほぼ全てのメンバーが本日ログインしてくるではありませんか。
〈Zero〉『やっぱりみんなに会わないとLAやってるって気がしないわ』
〈Pyonkichi〉『気づくのおせーなー、ったく』
〈Yume〉『私たちもね〜。ゼロやんいないと会話の盛り上がりに欠けるんだよね〜』
〈Yukimura〉『そうでしたか?』
〈Hitotsu〉『ゆっきーは、いつもいつも通りだったよねw』
〈Yukimura〉『むむ?でも、ゼロさんが来てくれたのは嬉しいです』
〈Loki〉『そっすよね!俺もゼロさん戻ってきて嬉しいっす!』
〈Jack〉『若者は素直で可愛いねーーーーw』
〈Soulking〉『でもやっぱり古株のゼロやんがいないと、うちっぽくないよねw』
〈Senkan〉『だなw昔からいっつも会話の中心にいたよな、倫はw』
〈Gen〉『リーダーを差し置いてw』
〈Zero〉『そうだっけ・・・?』
〈Daikon〉『改めて、おかえりゼロやん』
〈Zero〉『おう!』
そして【Teachers】のメンバーみんなが、俺のことを歓迎してくれる。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。胸の内がポカポカするのが止められない。
でもきっと、画面の前でみんなも笑っていてくれるような、そんな確信が俺にはあった。
だから。
〈Zero〉『またよろしく!w』
なんて、ね。
ログだけ見れば軽口だけど、俺の中では心からの感謝を込めて、俺はみんなにそう言うのだった。
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