第380話 近くて遠い
「こっちの方、全然来たことないっす」
「まぁ駅とは反対だしな。俺も基本買い物は駅前で済ませるから、普段はほとんど来ないよ」
「そうなんすねー」
現在時刻は0時2分。残念ながらついに日付が変わり、10月1日を迎えてしまった。
いつもならもう寝ているか、寝ようとしている時間なんだが、今日は色々イレギュラーなことが連発したせいで、なぜか今隣に上下スウェット姿の茶髪ギャルを伴って静けさに支配された夜中の街を歩いている。
「で、なんでさっきからそんなキョロキョロしてるんすか?」
「え、べ、別にそんなことないけど……」
「いや、さすがにそれは嘘っしょー。あ、もしやあれっすか? わたしと歩いてるとこ誰かに見られたら、浮気してるとか思われないか心配してるんすか?」
「いや……」
こんなところ誰かに見られたら……とかは正直全然思っていない。時間が時間な上、そもそもこの辺に知り合いなんて住んでないし、何より風見さんはだいの友達だから、説明すれば分かってくれるだろうから。
だから、俺が今彼女に言われた通り、周囲を伺い続けてるのは、風見さんと合流する前に感じていた気配が近くに来ていないかの確認である。
とはいえずっと周りを見ているわけにもいかず、なるべく勘付かれないように歩いていたつもりなんだけど、どうやらバレバレだったらしい。
「え、心配してないんすか? ……え、それはつまり、わたしのこと浮気じゃなくて、本気……?」
「……君は馬鹿なのかね?」
「なにおぅっ」
で、俺が曖昧な返事をしたばかりに、風見さんが何故か顔を赤らめながら意味の分からぬことを口にしてきたので、俺はため息をついて切り返す。
そんな俺の答えに頬を膨らませた彼女が俺の肩らへんに軽くグーパンチしてきたりするが……正直この明るさというか能天気な雰囲気は、夜道を警戒している俺にはありがたかった。
「佐竹先生みたいに、風見さんも夕飯食いにくればよかったのに」
「莉々亜っ」
「あーはいはい、リリアリリア」
「棒読み過ぎっすよっ」
「うるせえ、深夜に騒ぐなって」
「ぬぅ〜……」
だが、一体全体どうしてか、彼女のことを風見さんって呼んだところ、この反応である。
なんでそんな名前で呼ばれたがるのか、俺には全く分からんよ。
「っていうか、わたしだってほんとは行きたかったんすからねっ!? 急に誘ってくるのが悪いんすっ」
さらに何だかご機嫌ななめなご様子で、何とも理不尽なことを言ってくるわけだが、急な誘いに驚いたのは俺だって同じなのだ。
まさかだいがいきなり佐竹先生を夕飯に誘うとは思ってもなかったし、佐竹先生がそれに乗っかってくるとも思わなかった。
だからそう。そんなこと言われたって、っていうのが俺の本音である。
「次誘われるのはいつっすかっ!?」
「いや、知らねーよっ」
しかしまぁ、余程残念だったのだろう、ってことは、伝わった。
食生活も不安だし、次回があるならば、だいに誘ってみたらと言ってみようかな。
そんなことを思いながら、俺たちはもうしばし、夜の街を進むのだった。
☆
買い物を終えて来た道を戻り、辿り着いた我が家への階段上った頃には、時刻は0時43分になっていた。
早くシャワー浴びて寝ないと、仕事に影響が出かねない。幸い明日……っつーか今日は1限の授業がないけど、朝のHRという仕事があるからな。明日の連絡なんだったっけかな……。
なんて、そんなことを考えながら、階段を上り切り、我が家のドアの前あたりで、俺は右手に持っていたビニール袋を一緒に戻ってきた風見さんへ渡す。
中身はとりあえずすぐ食べれそうな温めてから食べる中華まんと野菜スティック、後は普段食べてないという果物とか、簡単に使える野菜炒めミックスやら一度加熱済みのカレー用の野菜セットと、カレー作りのためのカレールー、そして飲むヨーグルトなんかを買っていた。
しかし野菜炒めミックスとかカレーとか、絶対今使うとは思えないもの買ってたけど、水上さんちにどんだけ来てるんだろうって正直疑問に思うよね。まぁちゃんとご飯食べてくれればなんでもいいんだけど。
「荷物持ってくれてあざっすっ」
「まぁそれくらいはな。ほんと、ちゃんとご飯食べろよ?」
「あはは〜、気をつけまーす」
「はいはい。じゃ、もう時間が時間なので、俺は寝る」
「あ、添い寝します?」
「あ?」
「うわっ、
「やかましい。か……リリアも早く寝るんだぞ」
「相変わらず棒読みだなー。でも、あざしたっ。また一緒にLAでも遊びましょーね、お兄様っ」
「ん、機会があればな。じゃ、おやすみ」
「はいっ。おやすみっすっ」
お互いが帰るドアの前で、最後にこんな会話を交わし、俺たちはそれぞれの家に戻ろうとする。
今は時間も時間だからか、風見さんも変に絡んで来ることもなし。いや、買い物の件は絡まれと言って差し支えないような気もするが……まぁでも、前より素直になったというか、いい子に見えるようにはなったよな。
そんなことを思いながら、俺が鞄の中に入れた鍵を取り出そうとしている時に聞こえた、不穏な音。
ガッ、ドンッ
その音はまるで何かが引っ張られ、何かに衝突したような音で……。
恐る恐る、その音のした方に目線を向けると……。
「うはっ、開かねっ」
割とガチ目に焦った様子の風見さんが、その後も何回かガチャガチャするも、当然ドアは開かず。
「あいつ閉めやがった! 開けとけっつったのに!」
「……鍵は?」
その様子を無視できず、俺はほとんど答えが分かってるような質問を投げかけたが——
「持ってないっす!」
ですよねー。
しかも。
「やば、あいつ寝落ちしてそ……起きろー!」
ピンポンピンポンピンポーンッ
ドンドンドンドンドンッ
と、その後もインターホンを押したり電話したり、メッセージ連打をする風見さんだったのだが……5分ほどの抵抗虚しく、全ての試みは意味を為さなかった。
たった1枚の扉の厚みが、なんと遠いことか。
さすがの風見さんもこの状況に少し俯き加減で、どうしたものかと困った様子が見てとれる。
そして——
「……お兄様……あの……またこんなこと言うのも正直恥ずかしいんすけど」
「……ん?」
「今わたし、めっちゃトイレ行きたいんす……」
あー、流石に裸足じゃ冷えたかなー。
って……マジか……。
前とは違い、正々堂々、そして珍しく少し恥じらう様子を伴いながら、軽い上目遣いをして、懇願するように風見さんのお願いが伝えられる。
「……はぁ」
いや、さすがに……いや、でも……これは……はぁ。
そんな彼女に、俺はため息をつきながら、扉を開けて返事を示すのだった。
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