第378話 幸せな時間、と
「何だかんだ遅くなっちゃったね」
「だなぁ。まだ2日もあるのに、今日は早く寝ないとな」
「土曜日も練習だから、あと3日でしょ?」
「あー。まぁそれはだいと一緒だから、半分プライベートみたいなもんだし?」
「もう……そんな気持ちで練習しないの。ちゃんと勝って楽しいって思ってもらえるように、頑張りましょ?」
「あー、わかってるわかってるって」
「もう、返事はちゃんとしなさい? そんな返事してるから、佐竹先生に嫌われちゃうのかもよ?」
「え? いや、嫌われてるわけではないだろ……え、ないよな?」
「さぁ? それはどうかしらね」
「え、マジ……?」
だいの家が見えてきた時刻は23時13分。いつもならそろそろログアウトするか、早ければもう寝ている、そんな時間。
そんな夜更けの道を歩く俺たちは、静まりかえった夜の街を起こさないように、少しだけ声のトーンを抑えながら話していた。
でも、抑えているのはトーンだけで、お互いの表情は楽しさからくる明るさにより、どちらも自然な笑顔になっている。
何だかんだね、こうやってだいと二人で話すのが久々な気がするんだよね。
もちろん佐竹先生がうちに来る前も二人だったけど、あの時はだいの不思議な発言の影響か、何とも言えない空気が漂っていたから、笑顔で話すっていうような空気でもなかった。
だから、さっきの佐竹先生の言葉も気にはなったままだけど、それを置いておいておけるくらい、今の感じが楽しいのだ。
どちらかが軽口を聞いて、もう片方もそれに応える。
まぁ最後のクスクス笑いながら、俺が嫌われてるかも発言されたのにはちょっと焦ったりもしたけどね!
「あ、今日行けなかった分、明日はレイさんとスキル上げ行けるようにしないとね」
「ん? あー、そうな。キャップも間近だし、あと一息。……なんだけど、でもさ」
「うん?」
「ほら、明日から10月だし? みんなインしてくれたりしないかなーって、期待するのは……自惚れ?」
「あ、そっか。たしかにみんな来るかもね。やっぱりゼロやんがいないとみんな寂しそうだし」
「いやぁ、我ながら罪深いね」
「はいはい、辞めるとか言い出したくせに、調子乗らないの」
「ぐはっ。で、でもあれだよな! こういう時になぜか毎回いないのがあーすだよな!」
「そう言われると……たしかにみんな来そうなタイミングの時、大地くん、いつもいないこと多いかも?」
「明日もいないとみた!」
「そんなこと言ってると、変な仕事降ってきて自分が来れなくなったらするかもよ?」
「えっ、それは困る!」
「でしょ? だからちゃんと、みんなと会えますようにって思わないと」
「いやぁ、ほんとだいは女神様みたいだなぁ」
「はいはい、褒めたって何も出ませんよ?」
「いや割と本気……」
とまぁ、こんな会話を続けたところで、俺たちの歩みの速度が一度止まる。
話そうと思えば無限に話せるんだけど、そうするとさすがに明日の仕事に支障をきたしてしまうから。
そして慣れた手つきでだいがボタン操作を行い、ウィィィンと誰しもが進むことが出来ないエリアへの道が解放される。
ここまで来れば、目的地まであと少しで到着する。いや、到着してしまう。
「いっそ泊まってこうかなー」
「そんなことしたら明日仕事行きたくなくなっちゃうからダメです」
まもなく到着してしまう場所に着くことは、今日の一緒にいれる時間が終わることと同義である。
そこに少しばかり寂しさを感じた俺が軽口を叩くと、返ってきたのは予想以上にいじらしい顔だった。その本音がありありと伝わる表情で俺の軽口を拒否してくる愛しい人を前にして、俺は思わず少し照れながら、その右手を握る左手に小さく力を込めた。
そうやって小さなやりとりをしている内にも動かした足は今日の終わりを連れてきて、2階、3階と上がり終えて間もなく、俺たちは最終目的地へと到達する。
そこでだいが鍵を取り出す際に久しぶりに俺の左手が自由にさせられて、少しだけ感じる物足りなさがやってくる。
もちろん、そんなこと顔には出さないけど。
「遅くなっちゃったけど、送ってくれてありがとね」
「んーん。俺もしたいことをしただけだから」
「うん、ありがと」
そして落ち着く匂いのするだいの家の玄関で、どちらからともなくお互いに距離を詰め、お互いの身体を抱きしめる。
いつもの流れと言われればそれまでなんだけど、このいつもの流れは、いつまでも好き。ほんと、ホッとするひと時なんだよな。
「じゃあまた明日、LAでな」
「うん、おうちついたら連絡してね」
「いや、先に寝ててもいいんだぞ?」
「お風呂入って眠る準備してる間に、ゼロやんお家に着いちゃうでしょ?」
「あ。それはたしかに」
「うん。だから連絡してね」
「おうよ。じゃあ、おやすみ。またな」
「ん、おやすみ」
そして俺がバイバイする時のお決まりで、優しくキスをしてから、ゆっくり離れて手を振り合い、俺がそっとドアを開いて、閉じる。
毎回のことだけど、やっぱりこの時はものすごくだいを愛しく感じて、最後まで笑顔で手を振っててくれるだいの姿が見えなくなると、けっこう寂しい。
でもまたドアを開けるわけにもいかないし、だいが出てくるのを待ったりできるわけもないので、色んな名残に別れを告げて、足の仕事を再開させるのだ。
時計を見れば23時31分。
後半ゆっくり歩いたのもあるが、俺が寝るのは日が越えるのは確定か。
まぁでも、楽しかったからいいのだ。
そんなことを思いながら、二人で来た道を一人で歩く。
平日の真夜中、だいと二人だった時以上に感じる街の静けさに響く自分の足音が、少しずつ夜の寂しさを増やし出す。
空に浮かぶ月は優しい光を放っていて、今日もいい日だったと感じさせてくれる。
また明日から頑張らないと。
頑張ったらきっと明日の夜、楽しくみんなに会えるだろうから。
そんなことを考えながら夜道を歩く。
少し足早に歩くせいか、コツコツコツといつもよりはっきり、夜の街に足音も響いている。
……ん?
あれ? なんかちょっと多くない?
耳に入った足音は、まるで俺の足がもう一本あるかのような音に聞こえた気がするのだ。
そりゃもちろんここは公道だから、俺以外に誰かが歩いていてもおかしくはない。
だいの家を出発した時には近くに人が居なかった気がするけど、まぁうちまでの道中の住人さんが外に出て来たのかもしれないか。
そう決め込んで俺は気にせず足を動かすが、やはり後ろの方から聞こえる気がする足音は変わらない。
そして一度気になり出すと、どうしてこう、人間ってずっと気になっちゃうのだろうか。
ということで、もし人がいても変に思われないように配慮しつつ、俺は信号もない小さな交差点を過ぎた所で一回立ち止まり、ポケットの中のスマホを取り出すフリをして、何気なーく後方に視線を送る。
……誰も居ない。
何ともまぁ静かな街並みが広がるのみ。
まぁあれか、そこの角を曲がったのかもしれないな。
そう頭の中に思い込ませ、俺は再度足を動かし始めるが……歩き出して割とすぐ、またしても自分以外の足音が聞こえて来るではありませんか。
まぁね、さっきの交差点の向こう側から足音聞こえてないもんな!
と、なるとですよ。
急に何だか不安な気持ちになるのは、なぜなのか。
いや、人間は未知を恐れるからという理屈があるのは分かってる。昔の人は分からないことを全部神様で説明して自分たちを納得させてたんだぜとか、自分が授業で生徒に言ってるんだから。
しかし、だね。
理屈でわかったとして、それで感情が何とかなるかというと、またそれは違うお話なわけで。
コツコツコツと、相変わらず聞こえる足音は変わらない。
我が家まで残りあと3分ほど。
と、なれば……。
ここはもう何も気にせず、いつもより少しだけスピードを上げて進むのみ!
そう決め込んで足早に歩くと、段々と後ろの音も聞こえなくなってきたような、気もしてくる。
うん、こうすればよかったんだ。
そしてもう我が家の階段が視界に入り、自分の中に安堵感が沸き上がった、そんな時。
「あっ!!!」
と、夜を切り裂くような大きな声が、耳に入ったのだった。
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