第376話 その笑顔にはかなわない

〈Hideyoshi〉『お兄様マジ神っ』

〈Hideyoshi〉『パないっヤバい!』

〈Hideyoshi〉『あんなマクロ用意してるとかもうエグいwww』

〈Kanachan〉『だねー、打ち合わせなしにリリアの技に合わせて属性合わせ完璧だし』

〈Kanachan〉『最後のエグい攻撃の前、空砲入れてたっしょ?何あれ?』

〈Kanachan〉『押しきれなかった場合の保険?』

〈Kanachan〉『自分がタゲ持ってればあの着替えで凌げるからっていう読み?』

〈Hideyoshi〉『カナさん早口w』

〈Hideyoshi〉『ちなみに属性合わせってたしかダメージ微増の奴でしたっけ?えー、わたしに合わせてくれたとか、もう愛っすね!』

〈Hideyoshi〉『でも、空砲って何すか?』

〈Kanachan〉『え!?リリア知らないの!?』


 俺がガキンガキン恐竜の攻撃を防ぐ間に、〈Hideyoshi〉と〈Kanachan〉の攻撃が続き、地道な削りではあったが、それでも俺が着替えて盾になってから、1分強の時間でボスは他に伏せた。

 〈Zero〉の残HP4割くらいで着替えたわけだけど、この間ボスに減らされたのはさらに2割くらいで、戦闘終了直後の今、俺のHPバーは残り30%以下を示す赤色に変わっているものの、正直盾になってからは、死ぬかもしれないという焦りはなかった。

 銃の方が盾よりスキルは5,60高いのに、盾になった途端この防御性能だから、如何にガンナーが紙装甲かが分かるよね。

 とはいえ、そんな紙装甲のガンナーには、なぜか不思議にもヘイト上昇スキルがある。紙装甲でヘイト上げてどうすんだって実装当時はよく言われたもので、実際に使われることなんかほぼ皆無のスキル、それが今カナちゃんが話題にあげた“空砲”だ。

 銃専用の即時発動型のヘイト上昇スキルであり、消費MPはわずかに5。再使用間隔も5秒と激早で、これを攻撃系スキルの直後に使えば、与えたダメージ以上のヘイト上昇が見込めるため、消費MPの少ない弱いスキルでも威力の高い他のアタッカーの攻撃とヘイト上昇率で張り合うことができるようになるのだ。

 とはいえ、ヘイト上昇はむしろアタッカーにとっては悪手であり、基本のパーティプレイではいかに盾役のヘイトを高く維持したまま、他のアタッカーがヘイトを上げないか、が戦闘の基本なのだから、こんなことが出来ても大して役に立つわけではない。

 さらに言えばノーダメージで攻撃を続けられることにガンナーの利点があるのだから、ヘイトを上げるなんかもっての外、ガンナーの利点殺しスキルと言っても過言ではない。

 実際この空砲が使われる場面ったら、盾役が死んでパーティが壊滅しかけたりした時に、立て直しの時間を稼ぐためガンナーが生贄になる、って使い方が大方のプレイヤーの認識だし。

 だからこそ、俺がMP管理とヘイト管理のために適宜使用していた光景は、カナちゃんからしても珍しかっただろう。

 というか風見さんなんかはスキルの存在自体知らなかったみたいで、空砲の説明をたった今カナちゃんから聞いてるわけだしな。

 でも、実は俺からすれば空砲はそこまで使用頻度が低いわけでもなく、【Teachers】の活動でリダ以外が盾役をやる時——最近は減ったけど——あーすが盾役を務める時なんか、ゆめやゆきむらのヘイトが上がり過ぎたのを調節するため、これまでも割と使用機会はあったりする。

 あいつらが気づいているかは知らないが、そういう調整役は俺の役だからね。まぁ当然だいが知ってるのはもちろん、防御力アップ魔法なんかを時折くれるジャックは気付いてただろうけどね。

 とまぁそんな感じなスキルなんだけど、今回俺が考えたこの戦法が、意外といい感じに嵌ったのは正直嬉しい。風見さんたちも攻略サイト運営してるんだし、この戦法を紹介したりして、これでさらにガンナーの有用性が広まれば……なんて思うが、でもさすがに録画なんかはしてなかっただろうから、今回の死闘の内容が広まることもないだろうし、だいや佐竹先生が他の人たちにわざわざ伝えることもないだろう。

 この戦い方はまたの機会があるまで、今日の見た人だけの思い出、かな。


 カナちゃんから風見さんが空砲についての説明を受けている間、俺はパーティ揃って排出された見慣れたフィールドエリアにて、今回の戦闘の功労者である〈Zero〉を見慣れたガンナーの格好に戻しながらすぐ帰れるように転移魔法使用の準備をしつつ、一人こんなことを考えていた。


「お見事でしたね」

「ゼロやんならこのくらいは、ですよ。それに道中は莉々亜とカナちゃんの上手さもありましたし、この前も一緒に遊んで思いましたけど、二人とも上手ですよね」

「いえいえ、そんなそんな」


 そして、背後では背後で、佐竹先生とだいの賞賛と謙遜の両方が聞こえてくるけど、まぁ、この勝利はだいの助言のおかげでもあったから、その謙遜には何も言えません。


 さて。


〈Zero〉『じゃ、ストーリー進行おめでとう。依頼はこなしたから、俺は落ちる』


 そう、既に時刻は22時を回り、明日が平日の社会人たちが、集まって遊んでていい時間ではない。


〈Hideyoshi〉『えー!夜はこれからなのに!』

〈Kanachan〉『いやいやwわたしも明日も仕事だからw』

〈Kanachan〉『手伝ってくれてありがとねー。今度なんかお礼するねw』

〈Zero〉『いやいや、俺も色々試せてよかったから』

〈Hideyoshi〉『あれ?わたしスルー!?』


 と、残り続けるとまだあれこれと会話が続きそうな二人を置いて、俺はさっさかパーティを離脱し、転移魔法でホームタウンへと帰還して、手早くログアウト作業を完了させた。

 その直後スマホに誰かからの通知が来てたけど、おそらく、というか十中八九風見さんだろうから、その確認は後回しでいいやと判断する。


「お疲れ様」

「私も拝見させていただき、勉強になりました」


 で、ログアウトを完了し、ちょっと背伸びをした俺に、見学していた二人の声が届けられる。そういや食事中は佐竹先生なんか俺の事ガン無視だったのに、今はちゃんと話してくれるんだな、とか、ちょっとそんなことも思いつつ。


「いや、だいのアドバイスが無かったら負けてましたからね。とはいえ、何かしら役に立ちそうな動きを見せられたならよかったです」


 と、得意の笑顔を浮かべつつ、二人に言葉を返してから。


「それより、もういい時間ですよね。遅くなっちゃってすみません。片づけとかは俺が後でやるんで、そろそろ帰りましょう。駅まで送りますよ」

「いえ、さすがに来た道くらい分かりますし、一人で帰れますので大丈夫ですよ」


 と、さすがに夜道を女性に一人歩かせるわけにもいかないので、俺が佐竹先生へ駅まで送る旨を申し出るも、佐竹先生は顔の前で手の平を横に振りながら、それを断ってくる、が――


「私もゼロやんにおうちまで送ってもらうので、佐竹先生も一緒に行きましょう?」

「あ……なるほど。でもそうすると、お二人のデートのお邪魔になってしまうのでは……」

「私たちはいつでも会える距離ですから、大丈夫ですよ」

「あ……は、はい」


 だいの満面の笑顔の誘いに、佐竹先生が陥落する。

 しかしあれだね。人前で「私が送ってもらう」とか「いつでも会える」とか、本人は自覚してないんだろうけど、彼氏からすれば言われて嬉しいだいののろけだよねこれ!

 正直、言われた俺の方が恥ずかしいもんね!


「じゃあ行きましょうか」

「はい、夕飯ご馳走様でした」

「いえいえ、よかったらまた是非来てくださいね」

「いや、一応ここは俺んちな……?」


 と、いうことで新しい友達ができたことによる上機嫌のせいか、いつもより天然度合いが高い気がするだいの仕切りで、俺たちは我が家を後にすることに。

 明日が休みだったら、このままみんなでLAで夜更かしもできたんだが、そこはまぁ、しょうがない。

 でもぜひとも次回は佐竹先生の、噂の〈Cider〉さんの技量も見てみたい。元アーチャーだけど今は本職パラディンってことは、きっと俺の盾っぷりにも思うところはあったかもしれないし。

 え、その感想を今聞けばいいじゃないかって?

 いやいや、それは、ねぇ?


 我が家を出て、階段を下りて、街頭と月明かりの照らす道を、高円寺駅に向けて進む俺たちなわけだが、当然のごとくフォーメーションは前にだいと佐竹先生が横並びで、後ろに俺が一人のトライアングルフォーメーション。

 そんな後方で二人を見守る俺の視界には、本当に楽しそうに佐竹先生と話すだいの姿があるんだから、ここに割って入るのは、野暮ってものだろう。


 俺のことを好きにならなそうだから、怖くない、か。

 

 二人の後ろを歩きながら、楽しそうな彼女だいの横顔を見て思い出す、佐竹先生がうちに来る前に行っていた、だいの言葉。

 その楽しそうな感じは、もしかしたら【Teachers】のオフ会の時よりも気楽そうというか、楽しそうな感じもしなくもない。

 まぁギルドのオフ会には一応ライバル、というか「争奪戦」継続宣言のゆきむらがいるもんな。

 そういや一番最初の頃なんか、ゆめもぴょんもノリと勢いで参加宣言してたっけ。

 となると、もしやあの頃のオフ会も、楽しみつつ、どこかで何かしらの不安を覚えたりもしてたのか? ……って、その頃はまだ俺とだいが付き合う前の話だし、何より初オフ会の女子3人衆は別格の仲の良さだから、さすがにそんなことはないか。

 みんなと会うときのだいだって、自然体ですごく楽しそうなんだから。


 次にみんなに会える17日のオフ会も、きっと楽しみにしてるだろう。


 暗い夜道を照らすかの如く美しい横顔に見とれながら、俺はこの笑顔がずっと続きますようにと、密かに月に願うのだった。

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