第375話 女神のお導き

〈Kanachan〉『そろそろ4割?』

〈Hideyoshi〉『っぽいすよね!』

〈Zero〉『あと1往復したら押し切る』

〈Hideyoshi〉『り!』


 全速でタイピングした直後、乱れ撃ちを行使し、俺は向かってくる敵の巨大を視界に捉えながら、分かっているはずの残MPを確認する。

 客観的に見たら無茶じゃないか? というパーティ編成の戦闘は、想定以上に順調そのもの。途中カナちゃんの魔法が切れ、ボスが俺に向かってその鉤爪をふるって来た時もあったりしたが、それも上手く風見さんとボスのターゲットを回し合って凌ぐことができたし、その後再度移動速度を下げた後はテンポよくボスを右往左往させることができた。

 そして予定通り17回目の俺と〈Hideyoshi〉の往復攻撃でボスのHPを4割ほどまで減っている。

 ログは追い切れていないけど、概算でここまで与えたダメージは25万。俺の作戦でいけば、お互いの最強スキルを使ってここから一気に15万を削り切るわけだが、ボスの防御力とこれから使う予定のスキルの性能を考えれば、適切に命中しさせすれば、おそらくお互い8万ずつくらいのダメージを出せるはず。

 まぁここらへんの知識は全部【Vinchitore】が出してくれてる情報のおかげなんだけど、風見さんの実力を考えれば計算通りのダメージを出してくれるのは想像に難くないだろう。


 そして、ヘヴィショットとヘイト上昇スキルを使って18回目のシーソーを終え、ボスが俺の方へ向かってくるところで——


〈Zero〉『ゴー!』


 と、俺が指示を出すよりも早く、モニター状には〈Hideyoshi〉が現状最高峰の弓装備であるガーンデーヴァの固有スキル、ブラフマンの涙を発動させているログが目に入った。

 このスキルは銃の最強スキルであるサドンリーデスと同じく次の攻撃を強化するスキルで、銃が闇の奔流を放つのに対し、あちらは光の奔流放つエフェクトのため、〈Hideyoshi〉の武器に光が集まっていくのがボスの姿越しにも見て取れた。

 そしてそれを確認したのと同時に、俺もサドンリーデスを発動し、愛銃に闇のエフェクトをまとわせる。発動前のMPは367あったのが、一気に17まで減少し、これで押し切れなかったらもうほぼ通常攻撃しかできない状況になったわけだが、これは俺の想定通り。というかこの状況から逆算しての、18往復だったのだ。

 今日の感じなら、押し切れる!

 その手ごたえが、俺にはあった。


 そして――


〈Hideyoshi〉『いっけぇーーーーい!』


 威勢のいい声と共に俺の対角側から光の奔流が発射されると同時に、体感バスケットボールから野球ボールに変わったレベルに小さくなったターゲットマークに俺も照準を合わせ、その引き金を引き――


 ボスに向かって闇の奔流が突き進む。


〈Hideyoshi〉『おー!派手!』


 光と闇、2つの奔流が発生するド派手なエフェクトに風見さんが感嘆の声を上げ、俺もこれで依頼終了だなと思った、のだが!


「あっ」


 耳に入る、少し悲鳴にも近いだいの声。


 そして戦闘ログには——


 〈Hideyoshi〉のブラフマンの涙>>>>>Lord Dinosaurに62289ダメージ!

 〈Zero〉のサドンリーデス>>>>>Lord Dinosaurに78223ダメージ!


〈Hideyoshi〉『あれ?ちょいズレてたかー!』

〈Zero〉『おい!?』

〈Hideyoshi〉『てへっ☆』

〈Kanachan〉『もー!』


 中の人の悪びれない顔が浮かぶ言葉『てへっ☆』にはもう、心から毒づきたくなったが、それをいちいち言っている暇などないくらい、俺たちの状況は一変した。

 そう、だって俺たちのダメージ合計が倒せて15万に届いていないないんだから!

 スキルキャップのはずの〈Hideyoshi〉の与ダメが俺よりも少ないことから、風見さんの反応通り、風見さんが照準を微妙に外したことは明白で――


〈Zero〉『俺が引き付ける内に押し切れ!』

〈Hideyoshi〉『お兄様カッコいい!』

〈Hideyoshi〉『でもすません!MPないので時間かかるっす!』

〈Kanachan〉『回復専念する』

〈Zero〉『よろ!』


 直前のヘイト上昇スキルに加え、与ダメの多かった俺にボス恐竜さんは首ったけ。しかも当然、残りHPが少ないことによる猛攻モードも発動中。

 いかにキングサウルスの劣化版とはいえ、ガンナーの防御力でその攻撃を凌げるわけもない。

 だが悲しいかな〈Hideyoshi〉のMPない発言は、1発800前後しか与えられない通常攻撃で残りのHPを削るしかないということを意味している。

 俺が死なないために弓の攻撃阻害をやってもらったところで、わずかばかりの延命措置にしかならないだろう。

 おそらくボスの残りHPは1万前後。MPがあるか、盾役さえいればどうとでもなる残HP、なのに。

 今は、それがとても遠い。


「すみません、うちの莉々亜が……」

「あ、そんなそんな。佐竹先生が気にすることないですよ。それに」


 俺が半ば諦めつつ、この場を耐え抜くために〈Zero〉を走らせながら聞こえてきた、背後からの2つの声。

 余裕があったらね、だいの言う通り、佐竹先生に気にすることないって言えるんだが、今はだいが代わりに言ってくれたのでよしとしよう。

 でもそれはそれとして、だいの「それに」って何だ?


 ボスの動きをギリギリで確認しながら、俺の耳は変なところで切られた言葉の続きを待つ。

 そこで聞こえたのは——


「こういう時何とかしてくれるのが、ゼロやんですから」


 少しだけ弾んだような、少し楽しそうな声。

 ……ああくそ、それを言ってくれてるお前だいの顔が見たかった……!

 

 自慢気かな? ドヤ顔かな? 嬉しそうな顔かな?

 どれだとしても、きっといい顔してるに違いない。


「里見先生、何だか楽しそうですね」


 なるほど、楽しそうな顔だったか!

 

 そうとくれば……あーもう! がっかりさせるわけにはいかないじゃんな……!


 かなり厳しい逆境にも関わらず、そんな一言でかえって気持ちが盛り上がる。

 さっきまで蚊帳の外感もあった分だけ、今の言葉がちょっと嬉しい。

 だから、この状況を覆し、見事勝利を収めたい。


 そんな欲が、湧き上がる。


〈Zero〉『回復頼む!』

〈Kanachan〉『k』


 だが、モニター上にはブレス攻撃を受け、HPの3割を持ってかれた〈Zero〉が映る。

 そのHPをカナちゃんが回復してくれるけど、ウィザードの回復じゃ、一回の魔法で回復するのはせいぜい5%くらい。

 風見さんも頑張って削ってくれているけど、このままいけばジリ貧だろう。

 猛攻状態で攻撃範囲が広がって、威力も上がり、間隔も短くなったボスの攻撃を耐え抜く計算なんか、正直全く成り立たない。

 そして俺が倒れれば、後の二人が倒れるのも時間の問題で、そうなればせっかくここまで順調に進めた今回の挑戦が失敗に終わる。


 たしかに見方によれば失うのは20分にも満たない時間と言うことも出来るだろうが、このどう考えても絶望的な編成で、状況で、それらを跳ね除けたところをだいに見せたい。

 期待してくれている好きな人の前でカッコつけたいという気持ちが、俺の内心に火を灯す。

 だが現実は——


〈Zero〉『回復!』

〈Kanachan〉『k』

〈Hideyoshi〉『あと2分ください!』


 気持ちばかりは前に出るのに、具体的な対応策は思いつかない。俺に出来ているのは、そう簡単にやられたりせず、何とかかんとか足掻くことくらい。

 しかし走り回り出してまだ30秒も経ってないのに、俺のHPは残り50%ちょいくらい。

 表情にこそ出すわけじゃないが、ここから2分を凌ぐなんて、とてもじゃないが普通に考えて無理だろう。

 気持ちの反面、そんなもどかしい諦めも浮かぶ中——


「着替えは?」

「え?」


 不意に聞こえた、俺に期待をかけるだいの声彼女のささやき

 いや、こんな時に何を言ってるんだ?

 え、俺そんな汗でもかいてた?

 たしかにこの緊張感にちょっと手汗はあるかもだけど、でも手汗くらいで着替えなんて——


 そんな意味を理解できなかったささやきに、俺は戸惑ってばかりだったのだが——


「あ、もしかして忘れてる?」

「え、えーと……?」

「夏休み中の夜更かししてる時に作ってたじゃない? スキル上げ終わった後、もしかして緊急用にこのマクロ組んでたら使えるんじゃないか? って。あったら便利かなぁって頑張ってつくってたの、覚えてるよ」


 夏休みの夜更かし? 緊急用? マクロ?

 え、なんだっけそれ……。


 〈Zero〉で逃げ回りながら、俺は必死にだいの言葉の意味を考える。

 いや、それは考えるというよりも、思い出すというのが適切な表現の作業だったと思うが、また一発攻撃を受けてHPが40%を切った時、不意に思い出された会話があった。


『やっぱりガンナーでタゲ取るとあぶねーなー』

『装備の防御力が低いのは仕様だもの。しょうがないよ』

『いや、でもロバーも防御力低いけど、ガンナーよりは死なないじゃん?』

『それはガンナーよりも移動速度上げて逃げるスキルが揃ってるもの』

『うーむ……となると、いっそ逃げずに、その場で凌ぐ技があれば……』

『そんな、盾役じゃないんだから……』

『まぁそうだよなー……いや、待てよ? いないなら、作れば……』


 そう、たしかにこんな会話を、夏休み中にした記憶が、ある!!


「あっ!!」


 そ、そうだったぁぁぁぁぁ!!

 何と素敵なだいの声女神のささやきか!!


「緊急用の、マクロですか?」

「はい。ゼロやんってギルドの中で火力が高い方なので、たまにヘイト集めすぎちゃうことがあるんですけど、その時用に、攻撃に耐える用の武器変更の着替えマクロを作ったんですよ。実戦ではまだ使ったことないんですけど」

「ほうほう。でも戦闘中に着替えたら、事実上3分何も出来ないのでは?」

「スキルが使えないだけ、ですから」

「あっ、なるほど」


 そんな会話が女神だいと佐竹先生の間で繰り広げられるが、その会話の間に俺は思い起こした緊急用マクロを発動させ——!!


〈Hideyoshi〉『おお!?』

〈Kanachan〉『マジ!?』


 振り下ろされる鉤爪を——


 ガシィン!!


 と2桁ダメージ程度で受け止める!

 その姿に間違いなく風見さんも太田さんも、リアルで驚いたに違いない。


 そう、そこには——


〈Zero〉『俺が守るから、二人で押し切れ!』


 中世の騎士よろしく、十字の紋様が刻まれた甲冑に身を包む〈Zero〉の姿!!

 手には盾と剣を持ち、見事にボスの攻撃をその盾で防いだわけである!!


〈Hideyoshi〉『お兄様愛してる!』

〈Kanachan〉『これはカッコいーwww』

〈Zero〉『さぁ、さくっと倒して終わらせよう!』

〈Hideyoshi〉『おー!!』


 ヘイトは十分ガンナーの〈Zero〉が稼いだのだから、スキルが使えずとも、もうタゲが動くことはない。

 やることは盾で攻撃を防ぐだけなんだから、集中してればわけはない。

 しかも攻撃の動きは、上位互換のキングサウルスを何度も見てるから、頭の中に完璧に入っている。

 ほんともう、備えてよかった公文式、って感じだね!

 うん、ここまでくれば、あとはもう……!


 しかしほんと、さすがだい。

 こんなマクロ作ってたこと、完全に忘れてた俺ですよ。

 何というか……俺以上に俺のことを理解しているのではなかろうか?

 おかげでこの難局をクリアできたわけだし……これはあれだね、二人の勝利。

 愛してるぜ!


 そんな、ちょっとした幸福感とともに、俺は平日夜の急なクエストお願いをクリアしたのだった。

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