第371話 ある意味で救済

 何の通知だ?


 相変わらずにこやかに談笑しながら夕飯を食べている二人をよそに、俺は床に置いたスマホの振動を受け、画面に目を落とせば、そこに出て来たのは「りりあからメッセージが届きました」の文字。

 風見さん? なんだ? このタイミングで何で俺に?


 そう思いながら俺はスマホを手に取ってロックを解除し、メッセージの確認すると。


りりあ>北条倫『あたしもそっち行きたかったー!』20:42


 いや、なんでそれを俺に、と思った矢先、さらにメッセージが登場し。


りりあ>北条倫『いいなー、さっちゃん!』20:43

りりあ>北条倫『あ!さっちゃんに変なことしたら怒るっすよ!』20:43


 ってな内容が届いたわけだが。


「……さっちゃん?」


 「さっちゃん」とは誰だったか、そんな疑問から、俺は思わずその名前を呟いたわけだが――


「え?」


 俺の呟きが聞こえたのか、和やかな会話をしていたはずの片方の顔が、少し驚いた様子でこちらへ向けられ。


「どうして北条先生がその呼び方を?」

「へ?」


 と、先ほどまで俺を認識していなかったであろう相手からの質問が俺へとやってきたわけである。それと同時に、そういやいつぞやの会話で風見さんが言ってた名前だな、という記憶が思いだされた。


「あ。あー、いま風見さんからメッセージがきて。そういえば佐竹先生、風見先生からさっちゃんって呼ばれてるんでしたっけ」

「そうですけど……莉々亜からメッセージですか?」

「何てきたの?」


 というわけで、少し久方ぶりに俺は佐竹先生と会話が成立したわけだが、相手が相手だったからか、だいがメッセージの内容を気にしてきたので、俺は「ほい」とだいにTalkの画面を開いたままだいにスマホを渡す。

 それを見ただいは少し苦笑いを浮かべ。


「相変わらずね、ほんと。でも何か返してあげないと、さすがに可哀想かもよ?」


 と、見せた画面を開いたまま、俺のスマホを返してくる。

 いや、別に何も返さなくてもいいだろ、とちょっと思ったりもしたのだが。


りりあ>北条倫『既読無視はひどくないすか!?カナさんに言いつけてやるっ』20:45


 という追加メッセージが増えていたようです。

 しかし言いつけてやるって、小学生かあいつ……。


北条倫>りりあ『人と一緒に遊んでる時に、よそ見するもんじゃないだろ』20:46


 だがこれ以上無視して本当に太田さんに何か言われても面倒なので、だいからも何か返してあげないとって言われたからこそ、差し障りのない注意を返す。

 すると。


りりあ>北条倫『あ、返って来た!w』20:46

りりあ> 北条倫『ちなみに今はカナさんトイレ中でーす』20:46

北条倫>りりあ『その情報はいらねぇ!』20:47


 ……はぁ。相変わらずだな、こいつ……。


「……本当に、莉々亜は北条先生に懐いているんですね」

「え、いや、懐いてるってのが適切な表現かどうかは色々思うところはあるんですけど……」


 風見さんに呆れる俺に届いたのは、さっきのさっきまで完全に俺の存在を忘れていたのではないかと思えていた佐竹先生。その彼女が今は不思議そう、な表情を浮かべて俺の方に視線を向けている。

 その理由は当然風見さんなんだろう。本当に仲が良いんだな……不思議だ。


「佐竹先生は、もうカナちゃんとも一緒にLAはやったんですか?」

「あ、はい。カナちゃんさんは元【Mocomococlub】なんですってね。装備はまだ最新のものには追い付いてないですけど、動きは所属していたギルドの名の通り、お上手な方でした」

「まぁそりゃ元選抜メンバーだもんな。でも、佐竹先生も相当な技量だって風見さんが言ってましたよ」

「それは……自分では分かりかねます。趣味でやっているだけですし、私は莉々亜にギルドへ誘われるまで、基本的にずっとソロでやっていただけですし」

「え、そうなんですか?」


 だが、風見さんの話になったからか、話題がLAの話になり、ようやく俺も会話に参加できるようになった。

 その会話の中でさらっと佐竹先生が基本的にずっとソロだった、という驚きの発言があったわけだが……ちらっとだいの方を見た感じ、なんというか、驚きもあるみたいだけど、ちょっと親近感を持った、みたいな顔をしてますね。

 まぁたしかに、俺とフレンドなるまで、だいも同じようなもんだったわけだしな。とはいえ「基本的に」って枕詞は、たぶん野良参加でコンテンツなんかには加わってたって意味だろうから、昔のだいとはちょっと違うような気もするけど……というのは言わないでおこう。


「でも、今考えればMMOなんですから、誰かと一緒に遊ぶ方が正しいんですよね。その方が面白いですし」

「うん、ですね。ギルドのおかげで、色々楽しくなったなって私も思います」

「はい。だからこそ、私は莉々亜に感謝してるんです」

「ふむふむ」

「里見先生の場合は、【Teachers】で素敵な出会いもあったわけですもんね」

「え。あ、いえ、私の場合は、順番が逆、ですね。佐竹先生にとっての莉々亜が、私にとってのゼロやんなので」

「私にとっての莉々亜……? あ、北条先生が里見先生を【Teachers】に?」


 そして、LAトークになったと思えば……結局はまたこの二人の世界の誕生である。

 これはあれだね、デート中に彼女の友達と会って、彼女と友達が盛り上がる反面、自分の居心地が悪くなっていくやつ。……え? 経験あるのかって? それは……まぁ大学時代にそれくらいは……っていや、なんでもない。


 と、二人の楽しそうな表情のかたわら、俺は今思い出すのは適切なじゃない思い出に一人こっそり蓋をする。

 夕飯も自分の分は食べ終えてしまったし……さて。


「ん?」


 何してこの時を過ごすかを考えようと、床に置いたスマホを確認してみれば、気づかぬうちに誰かさんからの新着メッセージの通知表示が。

 まぁ、当然なんだけど、さっきまでの流れからして、誰かさんったら一人しかいないんだけどな。

 今度は……っと。


りりあ>北条倫『さっちゃんも菜月も返事こなーい! 北条さん今インできないっすか!』21:13


 現在時刻は21時18分。となると5分くらい前のメッセージなわけだが、佐竹先生とだいから返信がないのは……まぁ二人が会話に夢中になってるからだろう。

 しかし今インできないかって、風見さんは太田さんとなんかしてるんじゃなかったのか?

 それに二人がいる中で俺がログインするのも……と俺が一人悩み始めたところに。


りりあ>北条倫『既読キタ!』 21:18


 うお、はや!

 え、なに、こいつ画面開いて待ってたの!?


 と、そのあまりの返信というか連絡の早さに若干俺が引いていると――


りりあ>北条倫『へるぷ!』21:19

北条倫>りりあ『君は今太田さんと一緒になんかしてるなじゃなかったのか?』21:19

りりあ>北条倫『そっすよ!でもいけると思ったけどストーリーのボス恐竜、さすがに二人じゃ厳しっす!』21:19


 ストーリー? あー……。

 太田さんがいつ一度引退したのか正確な時期は知らないけど、現段階における最新の拡張データである『太古の呼び声』が配信されるより前に引退していたのだろう。「ストーリーのボス恐竜」とは、俺らが定期的に挑んでいるコンテンツのボス恐竜と見た目は同じだが強さはそこまででもないモンスターのことで、LAの物語進行上で倒す必要が出てくる相手のことだ。

 とはいえ、強さがそこまででもないとはいえ、さすがに復帰して間もない太田さんと、アーチャーであろう風見さんと二人では、さすがに苦戦はするだろう。

 一応攻略サイトなんかだと、スキル280オーバー4人以上推奨って書いてたくらいだし。


りりあ>北条倫『あと倒すだけなんで、10分あれば終わりますから!』21:20


 風見さんからのメッセージを見て、俺がたしかに二人じゃ厳しそうだろうな、って思っている間にもさらに送られてくるメッセージ。


北条倫>りりあ『ギルドの仲間いないのか?』21:20

りりあ>北条倫『諸事情でみんな来れないんすよっ』21:21


 諸事情? なんだよ諸事情って。

 水上さんなんて同じ空間にいるはずなのに、なんでだよ?


 そんな疑問は浮かびつつも、10分くらいなら、とはちょっと思ったりもしてしまう。

 なんたって今の俺、自分の家なのに居心地がよくないというか、空気みたいなってるからね。


 そんな自分の状況を内心苦笑いしつつ、俺は礼を失せぬように、そっとその場で小さく手を上げ。


「あー、あのさ。今風見さんからちょっとストーリー進行手伝ってって連絡きてさ、10分くらいで終わるみたいだから、ちょっとインしてもいいかな?」


 と、和やかに会話をする二人の空気に、頑張って隙間をこじ開ける。


「莉々亜から? カナちゃんと遊んでるんじゃなかったっけ?」


 そんな俺の出現に、すぐに反応してくれたのはもちろんだい。だがその表情には、やはりというか疑問の色が浮かんでいる。


「でも、なんでゼロやんが手伝うの?」

「なんか諸事情でみんな来れないって言ってるけど」

「ストーリーのボス恐竜を倒しに行くとは聞いてましたけど……やっぱり二人じゃ倒せなかったんですね。メシアも二人じゃ無理だろとは言ってたんですけど、莉々亜はギルドチャットで絶対倒してやるから、と豪語した手前、ギルドのメンバーには頼れないのだと思います」

「あー……」

「なるほど……」


 そして、だいの疑問に答えてくれた佐竹先生の言葉で、俺も風見さんの言う「諸事情」に納得がいった。

 でも「来れない」じゃなくて「呼べない」じゃんな。

 まぁ、風見さんの性格を考えればそういう言動は想像するに難くないけどさ。


「じゃあ、手伝ってあげておいでよ。私たちはデザートを食べながらゼロやんのプレイを見てあげるから」

「あ、それは面白いですね。私もアーチャーでしたし、同じ遠隔アタッカーの北条先生がどんな風に動くのか、見てみたいです」

「え、見られんの!? いや、まぁいいけどさ……」


 なんというか予想外の展開になったけど、まぁ許可が出たならインするか。


北条倫>りりあ『今インする。ボスゾーン前でいいか?』21:25

りりあ>北条倫『いんすか!あざっす!北条さん愛してる!』21:25

りりあ>北条倫『りりあがスタンプを送信しました。』21:25

北条倫>りりあ『誤解を招くようなこと言うな!』21:25


 と、無駄なやりとりはありつつも、とりあえず俺はログイン作業を開始する。

 あ、ちなみに送られてきたスタンプは、いつぞやも見たLAのキャラクターが「愛してるぜ!」って言ってるスタンプね。

 ほんとこいつ……って、まぁいいか。


 じゃあ、せっかくの機会だし、ガンナーとアーチャー、どちらが強いかこの際ハッキリさせに行こう。


 そんな風に内心風見さんの腕前を拝見できることを楽しみに、俺は二人の女性に見られる中、慣れ親しんだLAの世界へ向かうのだった。

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